エル・フェアリア

□第27話
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−−−−−

 アリアの手を引いて、天空塔から離れる。
 離れながらレイトルは強く歯を食い縛った。
 なぜ自分はここにいる?なぜあの場から逃げなければならない?
 決まっている。アリアを守る為だ。
 だが、天空塔にはまだ…
 20歳で王族付きに任命されてから三年間、クレアを守ることだけに心血を注いできた。
 アリアの護衛に回ると決めたのは自分自身だ。
 だが長年従え続けたクレアを置いて天空塔を後にする行為が、それが任務であろうが、アリアに思いを抱いていようが、胸を掻きむしるように苛んだ。裏切り行為であるかのように、全身が叫びそうになる。
「レイトルさん!!」
「走って!!」
 それでもレイトルは走った。胸に抱く思いはいくつもある。その中で今最も重要なのは、アリアを守り抜く事だ。
 安全な場所へ。たとえ、仲間が−−
「でもっ、兄さんが!!」
 アリアの声が涙に滲む。
 焦るように甲高くなる声は、レイトルの腕を拒絶しようとする。
 アリアにとって唯一の肉親がまだ天空塔にいる。それはアリアにはどれほど悲しい思いなのだろうか。
 戦闘が始まっているかもしれない。誰かが傷付いたかもしれない。
 アリアは治癒魔術師だ。怪我人を癒すことがアリアの任務なのだ。だがアリアはエル・フェアリアの現存唯一だ。
 場合によっては、怪我人を放置してでも生き長らえさせなければならない。たとえクレアが、ニコルが死んでしまっても。
「兄さんに何かあったら!!」
「君に何かあったらどうする!!」
 足をその場に踏み留めたアリアを、レイトルは強く引き寄せる。
 アリアに何かあれば。
 ようやくエル・フェアリアが手に入れた治癒魔術師だ。
 失うわけにはいかない。なのに。
「兄さんに何かあったら!?あたしがそばにいればすぐに傷を治せる!!」
 レイトルの手を払おうと、アリアはがむしゃらに腕を振るう。レイトルが知る女の子の弱さはそこにはない。
 王城に来るまでは一人で生きてきた貧しい平民の娘だ。力仕事も何もかも、全て自分でやってきたのだろう。何もかもがレイトルの知るようなか弱い女の子とは異なる。それでも。
「頼むから言うことを聞いてくれ!!」
「っ…」
 恫喝に近い強い声で、アリアを黙らせる。
 掴んだ手首は絶対に離さない。
 アリアを天空塔に戻さない。
 そんなことは許されないのだ。
「…君を失う訳にはいかないんだ」
 レイトルだけではない。エル・フェアリア全土の為にも。
 莫大な国土を誇るというのに、エル・フェアリアにはアリアしか治癒魔術師がいない。
 今まで二度、アリアの力が必要になる場面があった。それらの全てで、アリアは倒れるまで力を使い続けた。
 アリア以外にも治癒魔術師がいたなら。だが現実には、アリアしかいない。
「君にもしもの事があったら、国がまた危うくなる…。君という存在があるだけで、エル・フェアリアは平和を更に維持できるんだ!」
 大袈裟なほどに説得してみても、未だに治癒魔術師の重要性をあまり理解していないアリアに全ては伝わらない。
 なぜメディウム家は城を離れたのだ。かつてエル・フェアリアに存在した、治癒魔術を操る一族の女性達。
 離れさえしなければ、アリアは生まれつき王城で育っただろうに。そうすれば、自身の重要性を理解しただろうに。
「…でも…」
「アリア…私だって、天空塔に留まりたかった…」
 なおも天空塔に目を向けるアリアに、レイトルも己が内を呟いた。
 天空塔に留まりたかった。クレアを、姫達を、コウェルズを守りたかった。
 セクトルを、ニコルを、仲間達を残したくなかった。
−−自分も戦いたかった。
 全てがごちゃ混ぜになって、頭が白く染まろうとして酷く苛立つ。

 
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