エル・フェアリア

□第27話
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「パージャお願い!コレーを離して!!」
 広間の隅で、天空塔の蔓に守られたクレアが懇願する。ファントムの狙いの姫だと言われ続けたコレー。幼い妹はようやく目覚めたばかりなのに。
「無理無理、今はまだね」
「すぐに騎士団の精鋭達がここに来るわ!!あなた一人でどうする気よ!!」
 いくらパージャでも、多くの騎士を前にどうするつもりだ。今のように結界を張り続けるにも限界があることは、魔力を持つ者なら充分に理解している。それでもパージャは、まるでとるに足らない事であるかのように微笑んだ。
 全てを理解しているかのような微笑み。
 それこそが目的であるかのような。
−−目的?
「−−いけない!」
 叫んだのはコウェルズだった。
 パージャの目的。
 パージャはファントムの“仲間”だ。
「コウェルズ様!?」
「パージャの狙いはここに主力を集める事だ!コレーを奪う為ではない!!」
 確信して宣言するコウェルズに、しかしパージャはどこまでも微笑んだままだ。
「だから遅いって」
 コウェルズは気付いた。気付けたことは奇跡に近いだろう。しかし遅すぎた。
「−−コレー!!」
「クレア、お兄様!!」
 突如扉から響くのは、この場に居てはならないはずのミモザとエルザの声だ。
 コウェルズを含めた広間内の全員が一斉に扉に目をやる。
 そこにはガウェを含めた第一、二姫の騎士達が続々と集まって。
「なぜミモザ様とエルザ様をお連れした!!」
「私達が無理を言ったのです!!」
 リナトの激昂を遮ったのはミモザだった。
 王族付き騎士達は、万が一の場合は護衛対象を優先させることになる。
 いくらコレーがファントムの手中に入ってしまったとしても、正式な命令が無い場合は護衛対象の側を離れられない。
 だからミモザとエルザは天空塔に訪れた。コレーを守る為に、護衛騎士達を引き連れて。
 それこそがパージャの狙いとも知らずに。
「パージャ…お願いです、コレーを離して…」
 エルザが瞳に涙を浮かべて両の手を握り締め訴える。
 誰もが叶えてしまうであろう美貌の姫の願い。しかしそれも、目的があるパージャには通じない。
「天空塔組は打ち止めか…」
 通じはしない。
 それでも、パージャの狙いがここで打ち止めとわかれば、コレーをいつまでも拘束しておく必要はなかった。
 パージャは彼の出来る範囲で優秀な騎士達を天空塔に集めた。
 幼い姫を危険に晒すのは、ここまでだ。皆の睨む中で、パージャはコレーをスカイに向けて離した。
「コレー様!!」
 投げ捨てられたコレーを、スカイはすぐに抱き寄せて隅へと移動して。
「−−−−」
 ニコルとセクトルが動いたのは同時だった。
 ニコルは片刃の長剣、セクトルは鎖付きの両刃の剣。互いに手に馴染んだ魔具を生み出し、同時にパージャへ。
 それは二人のコンビネーションだった。
 セクトルの鎖がパージャの首を絡め取り、ニコルの剣が肩を刺し貫く。
「ぐっ…」
 苦痛に歪むパージャの太股をさらにセクトルが貫いて。
 大量の血がこぼれ、パージャは悲鳴を押し殺すように唇を噛みながら両腕を横に開く。とたんにパージャやニコル達を含めた全員の肩に留まっていたフレイムローズの魔眼蝶が形を変えて大量の黒い百合の花となり、騎士と魔術師達を押さえ込んだ。
「なっ」
「うわぁ!」
 攻撃を繰り出したニコルとセクトルも例外ではなく、ひとつひとつが鉛のように重い黒百合に押し潰される苦痛に呼吸が疎かになる。
「皆!!」
 黒百合の下敷きになったのはコウェルズも同じで、唯一の難を逃れたのは天空塔の蔓に守られるように拘束された姫達だけだった。
 辺りに呻き声が響き渡り、誰もが立ち上がろうと歯を食い縛る。
「いったー…」
 その中で唯一まともに立ち上がれたのはパージャだけだ。
 ふらりと立ち上がる彼の貫かれた傷口から溢れる血液が黒い霧となって浮かび上がり、パージャに吸収されていく。同じく傷もみるみるうちに塞がり消えた。
「バカな…」
 あまりの光景に、誰もが唖然と口を広げる。
 傷が治るなど。だがどう見ても、治癒魔術師のような清らかな力ではない。
 まるでパージャが死ぬことを許さないと告げるような、憎しみじみた力。
「…あー俺さ、死ねないの」
 癒えていく傷に驚く者達への説明は、簡単なものだった。

 
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