エル・フェアリア

□第21話
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「ユナディクスは40年前、初めてファントムに狙われた国です。奪われた宝具は首飾りで、虹の赤を宿していると伝えられています」
「…よく古い文献なんか貸してくれたね?」
「いずれ私が嫁ぐ国ですの。半月ほど前に文献が存在するなら見せていただけるようお願いしていたのですが、先ほどちょうど」
 友好関係が実を結んだという事か、それともいずれ嫁ぎに訪れる大国の姫のご機嫌をとっておきたかったのか。
 恐らくは前者だろう。ユナディクス国の大らかな気質はパージャもよく知っている。
「ふーん?でも何でそんなものを?」
「ファントムとエル・フェアリアの繋がりを見つけ出します。…必ずあるはずですから」
 掴んでいた袖を離して、フェントは拳を握り締めた。どこが意地のようにも見えたので、性格は内気なだけではないのだろう。
「…今まで奪われてきた宝具とエル・フェアリアの繋がりを見つけたのも君だもんね?」
「私は私に出来ることをしているだけです」
 言葉は謙虚だが、醸し出す様子は当然の事を今さら口にするなとでも言いたげだ。事実、フェントが気付かなければ誰にも見付けられなかっただろう。
「偉い偉い」
「きゃ…」
 誉めてやろうと頭をワシワシと撫でてやれば、短い悲鳴が聞こえると同時にパージャは身体を羽交い締めにされてしまった。
「パージャ殿!先ほどからの無礼な物言いには口を閉じていましたが、その態度は許せませんぞ!!」
「頭撫でただけじゃーん」
 王族付きの二人は額に青筋を浮かべており、完全にパージャにキレている様子だ。
「王家の方の頭部に触れるなど言語道断!」
「いいじゃん嫌がってないんだし」
「貴様っ!!」
「やめなさい三人共!書物庫では静かにするものです!」
 喧嘩の始まりそうな様子を止めたのはフェントの強い叱責だった。やはりただ内気なだけではないらしい。
 その強い口調に、二人の騎士が一気にシュンと項垂れてしまった。
「…申し訳ございません」
「…失礼いたしました」
「ごめんねー」
 三人の謝罪をそれぞれ聞いてから、フェントは盛大なため息をつく。その貫禄は完全に子供などではない。
「…パージャ、気安いのは構いませんが、時と場合を考えて下さいませ。私が何も思わなくても、それを見て不愉快に思う方々はいるのですから」
「お姫様が良くても?」
「勿論です。和を乱す事は許しません」
 さくりと注意して、ユナディクスの古代文字の文献と白紙の紙を手元に用意する。
「へー?年齢のわりにしっかりしてるのね?まだ13でしょ?」
「はぐらかさないでください。では早速ですが−−」
「あー、ちょい待って……」
 注意したなら次は古代文字の解読だと早々にこき使ってくれそうな様子に、パージャは少しだけ待ったをかけた。
 首をかしげるフェントをそのままにして、パージャは意識を他方に飛ばす。
 求めた返信はすぐに訪れた。
「……うん、いいよ。どこを訳せばいい?」
「最初“から”です」
 許可が降りたのだからどんと来いと解読の手伝いをしようとしたパージャは、フェントの言葉に静かに口を閉じた。
 聞き間違いだろうかとも思ったが、フェントは気にする様子を見せてくれない。少しは気にしてくれ。
「書き写しますので、ゆっくり読んで下さいませ」
「……」
「…パージャ?」
「え、これ全部?」
「勿論ですわ」
 フェントが指定する古代文字の文献は分厚い。しかも文字も細々として、たかが一行にも時間を使いそうだ。
 だというのに。
「…可愛い顔して鬼だね」
 心から思った本心を口にした瞬間、背後から大の男二人分の容赦ない拳がパージャの頭に落ちた。

−−−−−

 ファントムの噂はたったひと晩で王都を覆ってしまった。

“エル・フェアリア虹の七姉妹、最も強大な魔力を持つ姫を私は手に入れる”

 虹の七姉妹−−七姫の中で最も魔力量が多いのが第六姫コレーであることはエル・フェアリア全土、周辺諸国にも周知の事実だ。
 ずば抜けた魔力量を持つ為に魔術師団も護衛に加わった唯一の姫。
 一人ぼっちを極端に嫌い、常に誰かが側にいなければ魔力が暴発して、自分を傷付けてでも構わず泣きじゃくる。
 コウェルズと共に、暗殺されたエル・フェアリアの王子ロスト・ロードに匹敵するほどの魔力と謳われるが、精神的な幼さからか強力すぎる魔力のせいか、完璧には力を操ることが出来ない姫だ。
 まだ11歳の愛らしい姫君。
 ファントムの噂が流れてすぐにコレーを天空塔に隔離したのは魔術師団だった。
 炎の矢を打ち上げ、騎士達が炎の矢に気を向けている最中の出来事だったのだ。

 
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