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□バレンタイン短編集
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短編【本命チョコ】



壁にもたれてスマホを眺めてると、白くて細い腕が顔の真横に伸びてくるのが視界に入る

とん、と壁に手がついたとき、漸く状況を呑み込む。

これは所謂、壁ドンというやつだ


「鞘師さん、そろそろ本命くれてもいいんですよ?」


…そう、今日はバレンタイン

女の子が好きな人にチョコを贈る日

けどここ最近の私のバレンタインの印象は、“皆に買ったチョコを配る日”とかその程度でしかなかった

だから本命チョコなんてものは当然用意してない訳で


「ごめん、皆同じチョコしか用意してない」

「えー。じゃ、チョコじゃなくていいっすよ、ほら。」


えー、なんて言われても無いものは無いんだってば


「はやくー」


はあ、仕方ないなあ…



「はい」

「なんすかこれ」

「日本のお金です」

「でしょうね」

「ほら、これで好きなチョコ買ってきなよ」

「はあ?」

「…足りない?」

「足りるわけないじゃないですか!」

「もう…手持ち少ないのに」


でもまあ可愛い後輩にお小遣いあげるのも偶には有りかなーって考えながらポケットから財布を取り出す


「ちーがーうー」


財布を開こうとする手を止められる

あ、壁ドン回避?


「お金なんて欲しいわけじゃないんですよ、ハルのこと焦らして楽しんでるんですか?」

「焦らしなんてそんな、妄想もいいとこだと思」

「さやしさーん?」

「…はい。でもほんとにそんなつもりないよ、申し訳ないけど普通のチョコしか持って…」


ん?待てよ…そういえば今朝お母さんが持たせてくれた妹からのチョコが鞄に入ってたような

うん、間違いない。それに賭けよう


「くどぅー、あげる。あげるからちょっと待って」


「もー。早くしてくださいね、散々焦らされてガマンの限界なんで」


だからそんなつもりじゃないのに…

えーっと、確か鞄に入れたよね。あったあった、丸い筒が包装されてリボンまでかけられてる

妹には悪いけど仕方ないよね?


「まだですかー?あ、もちろん口にですよ?」


く、口に?食べさせろってこと?

こればかりはやむを得ない、包装紙をそっと開く

中に入ってたのは大きいサイズのマーブルチョコ

なるほど、見たことある。


この際値段とか関係ないよね、買ってないけど

急いでマーブルチョコを指で挟んでくどぅーの口に

ピンク色のリップで潤った、ぷるぷるの唇に…

つやつやの唇に…

あああだめだ。どこ見てるんだ私は


…でもくどぅー、さっきからなんで目瞑ってるの?



もしかして

もしかすると

こういうこと?



柔らかい唇に口付けて

吐息が漏れたその隙間からチョコを押し込む



マーブルチョコ味のキスも思った程悪くない。

寧ろ甘くてなかなか良いかも


「うっわあああ鞘師さん大胆!」

「えっ、キスしろってことじゃなかったの?」

「そうですけど、そうなんですけど…口移しとか…わああ鞘師さんえっろい!」

「そんなつもりじゃなくて」


赤くなった顔を手でパタパタ扇ぎながらやばいやばい!と騒ぐ君は、私の言い訳なんか聞いてくれそうにない

まあいっか。ホワイトデーはこれ以上のこと、期待してていいよね?
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