IN HEAVEN

□honey trap
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「じゃあね、いってくるから」
「いってらっしゃい」



もうすぐ日付が変わろうという時間、夜勤へと向かう母親を見送る

パタン…ドアが閉まり、ガチャリと鍵をかける音がした

その音を聞くや否や、読んでいた本を放り投げ、急いで部屋へと向かう


落ち着いた色味、シンプルな形の服が並ぶクローゼット
その奥隅、隠すように突っ込まれている黒いタンクトップと黒い細身のスキニーを引っ張り出す

これまた隠していた、鈍い光を放つ重そうなアクセサリーをたくさん付ければ
鏡には、先ほどの自分はどこへやら、厚い教科書が並ぶこの部屋には似合わない妖艶な男が映る

「よし」

ドアを開け、足早に暗闇へ溶け込んだ




ーーー





「ギョンスじゃあなー」
「お疲れー」

いつもの塾の帰り道
みんなと分かれ、トボトボと歩く

「まだ21時…」

腕時計を見て、溜息をつく
極力、家には帰りたくない
今日は学校のテストの結果が返ってきたから

ゴソゴソと、一枚の紙を取り出す

「2位…か」
くしゃり、手の中のそれを握った


僕は、ここらでは一番レベルの高い進学校へと通っている
幼い頃から、教育に熱心な両親に言われるままに生きてきた
期待になんとか応えようと死に物狂いで勉強し、そこでいい成績を保てている

けれどいつも二番目

どれだけ勉強しても、1位をとれたことはなかった
両親には、何故一番になれない、と怒鳴られる

僕がこの成績を保つために努力してることなんかどうでもいいんだ
結果が、全て
…そういえば、最後に両親に褒められたのはいつだっけな…もう思い出せないや…


ボンヤリ考える
ふと気付けば、クラブやバーが立ち並ぶ、裏道へと入ってしまっていた

わ、やばい

目つきの鋭い男たちに、ジロジロ上から下まで見られる
一人が近づいてきて

「お前、超坊ちゃん高校じゃん。俺たちに遊ぶお金くれないかな〜」

…最悪、こんなとこに制服でいたらこうなるに決まってるよ

何も答えず踵を返せば、ケラケラと馬鹿笑いが聞こえた
追いかけてはこないのか、助かった

もうこんなとこから早く帰ろう
そう思い、来た道を返す…と

ピタリ、足が止まった
目の前を歩くチャラチャラした男たち
その中に知った顔を見つけた


「ジュンミョン…君?」


タトゥーが入った男が、その人の肩に手をまわす
その横のピアスを至る所につけた男は、その人の髪を撫でる
当の本人は、ヘラヘラと笑っている


無理矢理連れられているような感じには見えない
それにジュンミョン君の格好…学校での雰囲気と随分違う
黒いタンクトップからでた真っ白な腕がとてもセクシーだと、無意識的に思った


ジュンミョン君…
僕の通う学校のクラスメイト
そして、テストは万年一位、僕がどう足掻いても越えられない人


なんでこんなところに?
目で追っていると、ジュンミョン君達は一つの建物に入った
慌てていってみると、そこはクラブのようだった
ドンッドンッと外までリズムが聞こえる



ドアを凝視する
どくんどくんと胸が鳴っている
何やってるんだ、見間違いかもしれないだろう、帰るんだ
…心の中の僕は叫んでるけど
体は、素直だ、ドアに伸びる震える手を止めることが出来なかった
心配なのか?好奇心なのか?…それとも…




あの時素直に帰っていれば、そもそも塾から直帰していれば
あの人を見つけなければ、ドアを開かなければ
…僕は今でも平凡な人生を送っていたんだろうな…
思えばあの時に落ちたんだろう
あなたの、闇に






ドアをそっと開ければ
ぶわっと中から溢れてくる重い音
暗い廊下をゆっくり歩き、突き当たりのドアを…開けた


「…!!」
目に入ってくる、人、人、人
皆派手な服を着て、リズムに合わせ踊っている
初めてみる光景に唖然とする

あっ…ジュンミョン君は…
見渡すが見つからない
恐る恐る中へ入り、探してみるがやっぱり見つからない

ビクビクしながらも、唇にピアスが光る男に声をかけて見た

「すいません、ジュンミョン君は…」
「あ?聞こえねえよ」
「ジュンミョン君を!知りませんか!!」

声を張れば、男はハハッと笑った
「必死かよ(笑)ジュンミョン?…ああ、スホか」

怖い見かけによらず、笑顔は優しそうだった
…スホ、って?
「スホなら、奥だ。…お前もあいつに落ちたのか」

なんのことだろう
ニヤニヤと笑みを浮かべる男に礼を言い、男に言われた方へと向かう



周りの人からの視線に耐え
奥へ奥へと進んでいく
溢れる人の間をくぐり抜け…ついに見つけた

「ジュンミョン…君…」

一つのテーブル
薄暗いクラブでもよく分かる白い肌
周りを囲む厳つい男たち
その中に彼はいた

肩を抱き、頬を撫でる男たち
酒に浮かぶチェリーをジュンミョン君の口へと運ぶ
それを妖艶に食べる、彼

明らかに異質なこの状況
けれど目を離すことは出来ない
真っ赤なチェリーが真っ白なジュンミョン君に飲み下されるのを呆然と見つめていた


ふと、こちらをちらりと見たジュンミョン君と目が合った
一瞬目を開き、周りの男に何か耳打ちする
するとバラバラとどこかへ散って行った

一人になった彼が…ゆっくり、こちらを見る
真っ直ぐ僕を見つめる

一歩、足を踏み出す
もうまた一歩、何かに吸い寄せられるように彼に近づく

目の前にいる彼が…口を開く
「君も、平凡な人生に飽きた?」
微笑みを浮かべ、そう問われる
…何も答えられない
あなたを追ってきただけなんだ

「君は、僕と似ている」
似てる?…あなたの方が何倍も出来るし、似てるところなんて…
思いを悟ったのか、ジュンミョン君が続ける
「親が敷いた人生のレールを進むのが嫌になったんじゃないの?だからここへきたんでしょう?」

ニコリ、薄い唇が上がる
思わずドキッとしてしまう

「褒められたくて頑張ってきたんでしょう?わかるよ、僕らは似てるんだ」

スッ、白い手が僕に伸び頬に添えられる
澄んだ目が僕を捉えた
「君は、頑張ってるよ。えらいよ。本当にすごいよ」



………あれ
頬を涙が伝った
褒めて、褒めてくれた…僕は…そうだ頑張ってる、頑張ってるのに頑張ってるのに頑張ってるのに…!

細い指で涙を拭われる
「…僕の前では何も我慢しなくていい…おいでこっちへ」


微笑むジュンミョン君が腕を開く
フラフラとその胸に顔を埋めた
「頑張ったね…」
鼻をつく香水の匂い
薄い胸に、ギュ、としがみついた

「これからは僕がいるから…何も恐れなくていい…」
「ジュンミョ…スホ君…」

顔を上げ、スホ君を見つめる
こんなに近くで見たのは初めてだ
艶めかしい顔がどんどん近づいてくる
…僕はそっと、目を閉じた














「お」
スホの周りから散らばった男たちが、二人を見つめる

「さすがスホ…あんなのもオッケーなのか」
段々深くなる二人のキス

「あのちっこいのがどこまで堕ちるか見物だな」
フラつくちっこいのをスホが手を引き、奥の部屋へと消えた


この世界で彼を知らない人はいない
“あいつには近づくな”
人を集める魔性の魅力
気付けば堕ちている、彼の魅力

堕ちたら最後
元の平和な世界には戻れない

それでも人は言う
「彼と一緒なら、どこまで堕ち果てても構わない」…と。

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