図書館

□ハロウィンの前日
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「ハロウィンですね」

 カボチャが喋った。
 数秒、両者の間に沈黙の対立が生じる。
 オレンジ。オレンジ色だ。オレンジ色の頭から胴体と二本の手足を生やした、大きく立派なカボチャの化け物だ。カボチャの化け物が部屋の入口付近で仁王立ちしている。そいつがぐぐもったような不気味な声音を用いて親しげな雰囲気で話し掛けてきた。怖い。というかそもそも何処から現れたんだ。ただただ怖い。
 余りの衝撃に一瞬飛びかけた思考を必死に手繰り寄せると、ここはとある学生寮の一室で、目の前にいる化け物は首から上はともかくそれ以外の胴体や二本の手足は、確かにこの部屋の家主である上条当麻の物である事が確認できた。

「……何やってンだテメェ」

 まさか新種のカボチャに寄生されたとか? つい先程まで会話していた知人がほんの数分目を離した隙に寄生生物に乗っ取りされるとか悔やんでも悔やみきれない。

「ハロウィンですね」
「違ェ」

 そんな風にいくら現実逃避をしようが、このふざけた格好でふざけた言動をしているのは悲しいかな上条当麻本人に間違いないのである。いっそ本当に乗っ取られていれば良かったのに。
 ちなみに、先程からアホのようにハロウィンハロウィン繰り返されているが、今日は十月三〇日。ハロウィンは明日だ。そして上条の首から上をすっぽり覆うカボチャは、察するにジャック・オー・ランタンのつもりなんだろう。目も鼻も口も無いただのカボチャのままだが。
 つまり、ハロウィンでもない日に中身をくり抜いたカボチャを被っただけの変質者が何を言おうが、ただ単に腹が立つという事だ。全てが少しずつズレていてボケと解釈するにはかなり杜撰である。

「ハロウィンとは、毎年十月三一日に行われる、古代ケルト人が起源と考えられている祭りの事で、元々は秋の収穫を祝い、悪霊などを追い出す宗教的な意味合いのある行事だったんだけど、現代では特にアメリカ合衆国で民間行事として定着し、祝祭本来の宗教的な意味合いはほとんどなくなっているんだよね。でもねとうま、ハロウィンだって元は宗教なんだから、例え原型は無くなっていても私は神に仕える修道女なんだから、こういった催しには参加せざるを得ないんだよ! という訳でハロウィンの日には皆で仮装してカボチャ料理がお腹いっぱい食べられると嬉しいな! ……という訳なんでカボチャの顔くり抜くの手伝ってくれ」
「つまりテメェの顔面も一緒にくり抜いてもいいって事だよなァ」
「そんな怖い事言いつつも手伝ってくれそうな一方通行さんマジ優しい」

 がぼっとオレンジ色の野菜から出てきた見慣れた頭を見受けて、少しだけ苛立ちが治まるのを感じる。きっとただのカボチャ野郎が余りにも気持ちが悪かった所為だろう。夢に出てきそうな類だ。

「つゥかあのガキ共がご機嫌に出て行ったのはソイツの買い出しか」
「あれ、打ち止めに聞いてなかったのか? 黄泉川先生ん家でハロウィンパーティーするんだって言ってたけど」

 上条の言葉を聞いた途端、苛立ちが眉間に集まるが分かる。家の連中が朝から妙に機嫌が良く、尚且つ含み笑いを隠しきれていなかったのはその所為か。何か企んでいるとは分かっていたが、こんな事とは。

「……テメェも参加すンのか」
「うーん。誘われたんだけどな、女の子が仮装してお菓子パーティーしている中に、男が混じんのはちょっとなー、肩身が狭そうで断った」

 久しぶりのお一人様を満喫すんのも悪くないしな、と笑いながらカボチャを渡してくる。抑えているだけでいいらしい。

「一方通行は参加した方がいいんじゃねぇの?」
「……オマエは俺に肩身の狭ェ思いをしろっつゥのか」

 お前なら絵面的に違和感なさそうだけど、とぼそりと呟かれた言葉を聞き逃さず、ウニ頭目掛けて重いカボチャを振り下ろした。

「仮装、って意味なら年中ミイラ男にゃ言われたかねェな」
「いやいや、上条さんは一方通行さんが女の園に混じってても違和感ないって意味で――っ嘘ですごめんなさい!!」

 もう一度振り被ると情けない声を出したのが愉快だったので止める。きゅ、きゅ、とマジックを鳴らしながら描かれた意地悪そうな顔をどう? と聞いてくる。どうってマジック動かしている途中で振り上げた所為か、片方だけ口角が上がってて凄いムカつく仕上がりになっているとしか。

「俺がミイラ男なら一方通行は……狼男?」
「獣耳フェチって奴ですかァ上条クン」
「いや、何となく? 色繋がりだったら雪男だろうけど、ぽくはないよなぁ……いっその事女子に対抗して野郎だけでハロウィンパーティーしちまうか?」
「ゼッテェ嫌だとだけ言っとくゥ。つゥか誰が得すンだよ」
「一方通行さんのコスプレ姿なんざ中々見れるもんじゃないからちょっと興味あったんだけどなー……じゃあさ、仮装は無しで良いから浜面達とか呼んで焼肉でも行こうぜ」

 少し、違和感を感じた。チラリと大きなカボチャにナイフを差し込む上条を見やる。

「……オマエ、何でそンなに騒ぎたがってンの?」

 一瞬、手が止まった。しかし何事もなかったかのように再開される。

「いや、せっかくのハロウィンだし野郎会でもしてぇなーって」
「さっきと言ってる事全然違ェけどなァ」
「う、うーん」

 再び手が止まった。そろりそろりと顔色を窺う視線と重なった後、ふいっと気不味げに逸らされる。

「……うん。いや、余計なお世話だとは分かってるけどね? 多分一方通行ってハロウィンパーティーとかした事ないだろ?」
「……で?」
「だから多分、打ち止めはお前にも楽しんで欲しくて内緒にしてたんだろうけど、俺がばらしちゃったし。こうなったらお前絶対に行きそうにないから、せめてものお詫びに大人数でワイワイ出来たらなぁ、と」
「余計なお世話だな」
「だったら打ち止め達と一緒に楽しんでやったら?」
「ゼッテェ嫌だとだけ言っとくゥ」

 やっぱり、と肩を竦ませて上条は作業に戻った。

「だがまァ、この部屋でテメェと焼肉ってンなら考えてやらンでもない」

 やはり手を止めてしまう上条に呆れ、役割を交代させる。沈黙が積もる部屋の中でナイフを動かす音と揺れる机の音がする。
 暫くした後、とりあえずカボチャはあるから他買い出し行かないとな、と上条当麻が真剣な表情で呟いた。
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