図書館

□え、そこで照れんの?
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 左端から白い腕が視界に入り込んで来た。

 あ、とその色に魅入っている間に右肩を柔らかく掴まれ、引き寄せられるがまま俺は身体を捻って向かい合う。
 視界いっぱいに広がる白と赤の配色に目を奪われ、少しの動作も逃すまいと目を見開いているともう片方の腕が伸びて来て、薄い掌で目の周辺を覆われた。どうやら見過ぎだ、という事らしい。
 残念だ。彼の纏う色が好きなだけなのに。
 ぐい、と目を覆った手に押され、上向きで無防備に喉仏を晒した状態で口に何かが触れ、すぐ離れた。
 いや、何をされているか気付いてるし触れた物の正体も分かるのだが、それを口に出すには勇気が足りないし何より恥ずかしい。
 その後も“何か”は上唇だけを食んでみたり耳朶を噛んだり首筋を舐めたりとやりたい放題である。視覚を奪われている為、何をされているのか触覚で感じ取るまで分からない不安と、次は何をされるのだろうかという恐怖が、情欲を掻き立てていつも以上に背筋がぞわぞわした。
 それでも彼の思い通りに反応をするのは何だか癪で。必死に下唇を噛んで息を殺していると、くつくつと息が含んだ可笑しそうな声が耳元で響く。それだけでぞわわと脳髄から足先まで痺れが走り、より強く噛み締めて痛みで相殺しようと試みるが、右肩に触れていた掌が喉仏を隠すように首に這わせて来たので、その手の冷たさに驚き思わず小さく悲鳴を上げてしまった。
 すると再び耳元で押し殺したような色気のある声が響いてきて、何とか声を上げずに堪えたものの、身体は元々無理な姿勢である事も相まって小刻みに震える。
「……なァ、随分と必死に頑張ってるみてェだが」
 嫌に楽しそうな調子で耳元で囁かれる。コイツ絶対わざとやってる。俺がその声に弱い事に気付いててわざとだ。それが分かっても尚素直に反応してしまう自分を恨みがましく思いながら唇を噛んで快楽を逃がす事に集中する。
 首筋を指先だけで撫ぜられる。耐える。耐える。耐える。
「喉の動きでぜーンぶ丸分かりなンですけどォ」
 今まで視界を覆っていた手が外された。最初の内はこれの所為で余計に感度が増していたように思え恨めしかったが、途中からこちらの表情が彼に伝わらず逆に助かっている事に気付いていた為、酷く名残惜しい。
 何度か瞬きしたら、嗜虐的な笑みを浮かべ至近距離でこちらを見る彼の顔にピントが合う。
「……ヒッデェ面」
 熱に浮かされた自分の顔が容易に想像出来て、お前の所為だろ、と羞恥混じりの非難に目付きを鋭くさせるとますます愉快そうに笑みが深まった。

 そりゃあ俺だって思春期真っ盛りの男子高校生である身故、好意を持っている相手との接触は望む所なのだが、こうも彼ばかりが有利な立場でいるのは面白くないし、何しろ男としての面子が保てない。
 まぁ、彼も同じ男なのだが。それでも俺だけが翻弄されて相手は余裕綽々という状況が毎度続くのは如何なものだろうか。
 同性同士である俺達はどちらかが女側に回らなければ性行為もままならない事はよく分かっている。彼が俺を女側にしたいと思っている事も、不本意ながら惚れた弱みでそれを半分受け入れてしまっている俺が居る事も分かっている。
 けれども面白くない。顔を真っ赤にして取り乱す彼を見た事がない自分が面白くない。しかし何をしたら彼の余裕を崩せるのかが分からない自分が面白くない。
 まるで俺ばかりが彼の事を好きみたいでモヤモヤする。
「い゛っ!?」
 首筋に思いっ切り噛み付かれた。今までの甘噛みの比ではない、明らかに悪意のある痛みに顔を歪ませて彼を見ると、不満そうな瞳が俺を睨んでいた。集中しろと言いたいらしい。
 考え事をしていたこちらにも非があるだろうが、何もここまで強く噛む事はないじゃないか。しかも一番目立つ場所に。
 クラス連中に指摘されたらなんて答えればいいんだ、と頭を悩ませている間にも彼の行動はエスカレートしていき、右手がシャツの裾から入り込み脇腹に直に触れて来た所で、慌ててその手首を掴んで離させる。すると彼は重ね合わせた口を少し離し、眉を寄せて不機嫌に舌を打った。
 現在地は俺の家でいつ誰が来てもおかしくは無いし、尚且つ隣人が土御門だという現状で出来る訳がないというのが俺の言い分なのだが、彼はそんなのお構いなしで中断された行為を続けようと掴まれた右腕に力を込めてくる。
 このままだと流されてしまう、と咄嗟に掴んだ手に指を絡ませて強く握り込み必死の抵抗をする。所謂恋人繋ぎという奴だが、キスまでした相手に今更羞恥心は沸かない。しかしこれでは簡単に外されてしまうと気付き焦るが、いつまで経ってもその手が振り払われない事に疑問を抱く。
 恐る恐る彼の表情を伺った俺は、呆然と目を瞬かせる事になる。
 俺の指に絡め取られている自身の右手に視線が釘付けとなり、白い肌を耳まで真っ赤に染め上げた彼の姿があったから。
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