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□軽い彼の軽いセリフ
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 上嬢当子は知っていた。
 己は不幸の星の下で生まれた人間だという事を。
 上嬢当子は知っていた。
 己の女子力が最低ランクであり、にも関わらず主婦力のみは現在も上昇中という悲しき現実を。
 上嬢当子は知っていた。
 以上の事例により、己が置かれたこの状況は決して――、
「君って可愛いね」
 “ナンパ”などではない、と。


 落ち着け、COOLになれ。ポーカーフェイスを忘れるな。平常心だ。平常心を取り戻せ。Let's 平常心!
「あれ? ……もしかして警戒されてる? こういうの慣れてないんだね、ますます好きになっちゃうなー。ね、メアド教えて?」
 そうだよ慣れてねーよ、こちとら彼氏いない歴=年齢だバッキャロー。ちなみに好みの男性のタイプは近所に住む大学生のお兄さんです!(社会人でも可) ナンパ男なんてチャラそうなのお呼びでないわ!!
 ……と、叫び出したい衝動を抑えつつ、どうしてこのような不幸な状況に陥ったのか原因を模索する。
 が、全くと言っていい程心当たりがない。しかし、強いて一つ挙げるとするならば。
 “卵が安かったから”……だろうか。

 ***

 今日は花の特売日であったのに、追試がある事に気を取られ、すっかり忘れて気付いた頃にはもう昼過ぎ。
 大慌てでスーパーに向かうも、多分もう、お一人様一パック限り八十八円の激安卵は売り切れてんだろうなーと諦め半分だったのに。
 あったのだ。
 お一人様一パック限り八十八円の激安卵が。
 一パックだけ。
 うおおお神は我を見捨てていなかったのだあああ、と全力疾走で卵へと向かい後もう少しという所で。
 タッチの差で。

 横からヒョイ、と。

 ……あぁ、神は残酷だ。希望を持たせておいてから更に深い絶望へと突き落とすのだから。
 ずーん、と膝を地につけ一人軽く人生に絶望していたら。
 肩を軽く叩かれる。
 顔を上げた、その正面に。
 ドアップの、ドイケメン様が。こちらを向いて微笑んでらっしゃったのだ。
 上嬢は思わずガン見した。
 ドイケメン様に、ではなく。彼が持っている、その卵に。
 瞬間、上嬢は理解した。
 目の前にいるこのイケメンが、最後の一パックであったお一人様一パック限り八十八円の激安卵を、上嬢の目の前で横から掻っ攫って行きやがった張本人であると。
 その時の上嬢の気持ちはこうだ。

(何だ何だよ何なんですかぁ!? 私は顔も運も卵も持ってますってか!! 羨ましいですかこんにゃろーってか!! とっても羨ましいですコンチクショー!!)

 とまぁ、こんな具合である。別に上嬢はイケメンが嫌いな訳ではない。ただ、イケメンを見ても腹は膨れないが、特売は空腹を満たしてくれる。それだけの違いなのだ。
 しかし、ここでイケメンが不可解な行動をとった。上嬢はその動作が何を意味するのかが理解できなかった。彼女が、美形の男よりも特売の卵に固執する女だったので、尚更だった。
 そのイケメンは、上嬢の買い物カゴの中に、自分が手に入れたお一人様一パック限り八十八円の激安卵を。
 ドアップ、ドイケメン、ドスマイルで、そっと入れた。

「え……え? え! え!? 貴方、え!! い、いいいんですか!? 貰っちゃって!? マジで!? やった! ありがとうございます!!」

 上条は有頂天になって喜んだ。先程までイケメンを妬みに妬みまくっていたのを棚に上げて今や、神様仏様イケメン様だ。
 イケメン万歳。イケメンは愛と地球と我が家の家計を救う。
 立ち上がってイケメン様に深々とお辞儀をする。イケメン様は未だドイケメンドスマイルでキラキラを振り撒いている。有り難や、有り難や。
 すると、イケメン様は仏スマイルで何かを言わんと口を開くので、こちらもニコニコしながら聞く。
「君の名前は?」
 ん? と、上嬢の笑顔が暫し固まる。が、気を取り直して答える。
「上嬢当子、ですけど……」
「そっかそっか……ねぇ、」
 後に続けられた言葉に、上嬢の笑顔と思考は今度こそ完全に停止した。

「名前で呼んでいい?」

 あ、ヤバいこれ不幸だわ。という謎の遺言を残して。
 冒頭に戻る。

 ***

 超ド級のイケメンに、激安スーパーで、ナンパされてます、なう。
 何これ。どういう事なの。ナニコレ珍光景に応募したら一万円貰えるんじゃないかしら、あらやだだったら応募しようかしら。
 カートを押しながら早足で必要な物だけ素早くカゴに入れる上嬢の後ろを雛鳥のように付いて来るイケメンの表情は笑顔だ。
 そしてその笑顔で何か寝言を言っているが取り合う必要はない。

「ねー今度デートしようよ」

 わーあの人何言ってるんだろうねぇ、他人のフリしようね――!! もうほぼ駆け足な早足で店内を駆け巡る。
 しかしイケメンは悠々とした歩みで私の後に追い付いた。
 くっそ! 足まで長いのかこのイケメンは!! 縮めっ! 三等身ぐらいに縮んでしまえ!!
 呪詛を吐きながら、空いてるレジに駆け込んだらですね。まぁ、息が、切れるよね……っ!
「え、えっと……合計で、」
「んじゃカードで」
 戸惑いつつ会計をしてくれる店員さんの言葉を遮った声にばっ、と振り返る。
「ばっ……な、……か……」
 馬鹿やろう何言ってやがんだカードなんてこの上嬢さんが持ってる訳ねぇだろうが、あったとしてもポイントカードだ大馬鹿者。
 と言いたかったのだが、ゼヒューゼヒューと軽く酸欠状態になっているのでまともな言葉にならなかった。
 それをこのイケメン、どう受け取ったのか、
「ん? あぁ、気にしないで。俺、君よりは金持ってるから」
 どういう意味だコノヤロー、上嬢さんが金に困ってる貧乏学生に見えるって? その通りだよバカヤロー。

 でも馬鹿にされたみたいで腹が立つので、レジ出てすぐにきちんと全額差し出すと。
「要らないよ。それより、さっきみたいに君が笑ってくれたら嬉しいんだけどな。俺、君の笑顔、好きだから」
 ……甘い言葉に顔を赤くするより。一食浮いたぜラッキー! こんな事ならもっと買っとけばよかった! と思う辺り、女としてどこかおかしいのではないかと、上嬢は自分で自分が心配になってきた。
 とりあえずこのイケメンには百パー営業スマイルでお礼を言っといた。これでチャラだ。
 というか、よくよく考えてみれば、値段もろくに聞かずにカードで支払えるだけの財力があれば、こんな安全性の低い激安スーパーで買い物をする必要なんかあるのだろうか。
 そもそも何の目的があって上嬢に構っているのだろうか。
 まさか詐欺!? 詐欺なのか!? 流行っているのだろうかイケメン詐欺。この上嬢さんをどれだけ絞っても叩いても、何も出てきませんの事よ!
 しかし警戒するに越した事は無い。
 要は絶対に個人情報を流さなければいいのだ。後は適当に撒いてこのイケメンとはおさらばだ。
 先程はうっかり名前を名乗ってしまったので、もうこれ以上個人情報を流出しないように――、

「で、メアド教えてくれる?」

 ズビシッ! と再び上嬢の脳髄が活動を停止させる。奢って貰った手前、嫌です無理です遠慮しますでは、まかり通らないだろう。

「いやぁ……携帯家に忘れちゃ」
「その携帯ストラップ、可愛いね」
 苦し紛れの言い訳もアルカイックスマイルの前では為すすべもない……だが、上嬢は抗う。

「お、お母さんに知らない人に教えちゃ」
「俺、君に卵譲ってあげたよね」
「教えます」
 それを言われちゃ、おしまいです。


「上嬢当子ちゃんね……ねぇ、当子ちゃんでも」
「上嬢当子、フルネーム又は苗字、且つ無駄な敬称は抜きでお願いします」
「はーい」
 何故今日卵を譲って貰ってたナンパされただけの見ず知らずの人のメアドを登録しているのだろうか……。
 そう思いながら携帯を操作していてある事に気づく。このイケメンの名を上嬢は知らないのだ。
 まぁいいや、イケメン様(笑)にしておこう。
「あーそういえば自己紹介してなかったね、ゴメンゴメン」
 ちっ、勘付かれたか。

「垣根帝督。ちなみに学園都市第二位の超能力者だから、そこんとこよろしくね」

 は? と、上嬢の思考が空白になる。
 ガクエントシダイニイノレベルファイブ? 何それ強そう。いや、実際強いのか。
 あの、御坂美琴より。
 あの、一方通行の次に。
「あ、そうだ当子ちゃん」
 イケメンが、いや、学園都市に七人しかいない超能力者の一人、第二位の実力を持つ垣根帝督が。
 とても素晴らしい事を思いついた、という調子で上嬢に笑いかける。

「俺を彼氏にしてみない?」

 今度こそ、本当の本当にキャパオーバーで、上嬢はその場から戦線離脱した。
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