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□臆病な白猫は無言で待つ
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別に恋人になりたかった訳じゃない。
別にキスがしたかった訳じゃない。
別に性行為がしたかった訳でもない。
抱き締めたら抱き締め返してくれた。
手に触れたら握り締めてくれた。
目が合ったら目を背けずに居てくれて。
背に声を掛けたら追い付くまで立ち止まってくれた。
そんな些細な積み重ねが好きなだけだった。
彼が自分をどう思っているのか知らない。しかし自分のアクションを彼なりに受け止めようとしてくれている姿に、少なくとも憎からず思われているのではないかと自惚れる。
愛情とはまた違う。
親愛の延長線。
***
始まりはいつも俺からだった。
もうすっかり慣れてしまった一方通行との時間。
ふらりと連絡も無しに家に来る一方通行を、特に理由も無く招き入れ、特に何も無い時間を二人で過ごす。
最初の頃に一方通行が現れた時は、意味が分からずとりあえずおもてなしをして下らない世間話を一方的にこちらが話すが一方通行は無反応、という何とも気まずい雰囲気だったのだが、それでもふらふらと不規則に一方通行は俺の家に訪れ、その日の気分次第で帰って行く。
そのような事が繰り返されていく内、俺もすっかり適応し今では「あ、なんか今日来そう」と思って色々準備した日に一方通行が現れるなんて事はザラじゃなくなってきた。
その日もちょうどそんな日で、二人で黙ってテレビを見ていた。
一方通行とはテレビの話題で花は咲かない。そもそもテレビ自体にあまり興味が無いのだろう。俺は割とバライティーなら笑うし、ニュースなら浅くだけど考え込んだりもする。けど一方通行はどのチャンネルにしても無反応だ。きっと深夜の際どいバライティー番組も、涙せずには居られないドキュメンタリー番組でも同じ反応を示すだろう。
あ、欠伸した。
今の俺達の状態はベッドに俺が腰掛けていて、その右下で一方通行が立て膝ついてベッドの淵にもたれ掛かっていた。
その表情は退屈そう、とはまた違う。目が胡乱気に細められ、テレビを見つめている。
眠そうな猫みたいな奴だな、と思い始めると、ベランダから差し込む暖かい日差しでキラキラ光る白い髪と若干丸まった背中の所為で、最早白い猫にしか見えなくなってくる。
猫っていいよな。ぐにぐにしてるし、うにうにしてるし、うりゃうりゃしたら、ぐにゃぐにゃになるし。
思考回路がオノマトペで埋まる。どうやら俺も体が暖まって眠くなっているようだ。そんな頭で目の前に白い猫が見えたらどうするか。
撫でるしかないだろう。
右手を白い毛の上に乗せる。毛並みは良いようで、決して絡まず俺の指の隙間からするすると滑り落ちていく。
白い猫が紅い眼をこちらに向けた。
その眼は勝手に触った俺を避難するようでも、驚いて見開かせたようでもない。
ただ、どうして、と。
俺に何か問うているようだった。
でも俺にはその猫が問いかけている事が分からず、何が、と口を動かした所で、意識を失った。
目が覚めた時、一方通行はまだ家に居た。
家に、というか目の前に。
何やってんのお前、と聞くと、仕返し、と返され、意識を失う前の白昼夢は現実で実際に起きた事だと悟った。
寝惚けていたとは言え勝手に髪を触ってしまった事に申し訳なさを覚え、しばらくあまり指通りの良くない髪を弄る彼の好きにさせておいた。