図書館
□愛をこめて上条当麻に花束を
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どの写真を眺めてもその男は写っていた。
それも当然。このアルバム帳は、男の両親が愛情が込めて作った正真正銘その男の物だったから。
……というか、その男とはぶっちゃけ自分の事だったりした。
【 愛をこめて花束を 】
自分の事なのに何故そんなに他人行儀なのかと聞かれれば、長い説明に時間を要してしまうので。
ここでは俺が記憶喪失である、という事だけ言っておく。
いつも不幸体質の俺がいつもの不幸に巻き込まれ、いつもの如くいつもの病院に放り込まれ、いつものカエル顔の医者に呆れたような目線を向けられ、看護師さん達にも訝しげな目線を向けられる。
…………あれ、今何回『いつも』って言った?
そんな事を考えては目頭が熱くなる事すらいつもの事だったが、これまたいつもの病室で暇を持て余している俺を両親が見舞いに来たのはいつも通りではなかった。
別に入院した息子を心配しない無情な親、という意味ではなく。月に三回のペースで入退院を繰り返す息子を毎度毎度見舞える程、俺の両親も暇ではなかっただけだ。
その両親が何故、今回はそんなに大した怪我をした訳でない俺の見舞いに来たのかと訊ねれば。
単身赴任で外国を飛び回っている国際的サラリーマンである親父がやっと日本に帰って来たので、お見舞いがてら俺に会いに来たそうだ。
手土産に上条のアルバム帳を携えて。
見て見てこれ覚えてない? と一つの写真を指差す穏やかな母の笑顔に、俺は目を逸らす事もできず、ただ苦笑いする事しかできなかった。
この時のお前は本当に馬鹿だったなぁ! と豪快に口を開けて笑う父の姿に、アンタの遺伝子だよっ! と軽口を叩く事はできても、一緒に笑う事ができなかった。
この両親に他意は無い。
ただ昔のアルバムを見つけて、その懐かしさを俺と共有したかっただけだ。
だって。
この二人は、その時生きて『いた』息子はもう『死んだ』事なんて、知らないのだから。
写真立ての前に水がたっぷりと入った花瓶を置いたら、ちゃぷん、と音を立てて花瓶の水が揺れた。
写真立ての中には厳選して選んだ写真の中で、一番『それっぽい』のを入れてある。その中では、上条当麻の悪友である青髪ピアスと土御門元春と上条が三人仲良く笑顔で並んでいた。
今の自分の姿と変わりなく、なおかつ高校の夏服に袖を通しているから、多分、高一の夏の初めぐらいに撮った写真だと思う。
その写真が何故アルバムの中に収まっていたのか疑問に思ったが、刀夜は以前俺と手紙でやり取りしていた、と言っていたのを思い出した。
あんた達が守ってくれてなくても元気にやってけるよ、と。
あの心配性な両親を安心させる為の、自分なりの配慮だったのではないだろうか。
そんなつまらない考えや推測に張り巡らせたって、今更どうという訳ではないけれど。
些細な事でさえ『以前の上条当麻』ならどうするか、どう思うかをつい考えてしまう悪癖が付いてしまった自分に、ほとほと呆れて苦笑した。
ベツレヘムの星で遠隔制御霊装を介してインデックスに全てを打ち明けた。
七月二十八日に『上条当麻』は死んだ事。
それ以降、記憶が無くなった事を隠し続けていた事。
そのちっぽけで優しくない真実を全て。
全てを明かした後、インデックスはそんなのどうでもいいと俺を許し、俺はインデックスを騙し続けていた罪悪感から解放された。
と、同時に。胸にぽっかりと大きな穴が開いた。
ずっと、俺が『上条当麻』の代わりに抱えていた物が無くなった。
『七月二十八日以前の上条当麻』像を背負わなくてよくなった。
追いかけなくて、よくなった。
じゃあ、それじゃあ。
俺はこれから、何処へ向かって走ればよいのだろうか。