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□甘え下手な一方通行
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街の中で、気付いて話しかけたら、殴られる。
不良に絡まれて、助けられてから、殴られる。
珈琲差し出され、お礼を言ったら、殴られる。
殴られる殴られる殴られる殴られるたまに蹴られる。
「……何かもうお前らSMプレイしてるようにしか見えねぇよ」
「なぬ! 心外なっ、上条さんはこんなにも痛がってるじゃないですか!!」
「もう……もういいよ……カモフラージュとか……いいよ、どうせお前らそういう関係なんだろ……?」
「既に浜面さんの脳内で上条さんは特殊な性癖の持ち主へと上書き保存されたんでせう!?」
違う! 違うからっ! と涙目で弁明するも、生暖かい目で頷かれ、うだぁーと机に突っ伏す。
「……俺、一方通行に嫌われてんのかなー」
「いや、それは無いだろ」
断言するような口振りを不思議に思い、覗き込むように顔を上げ視線で問う。
「あー……うん、あれだ。師匠相変わらずモテモテね」
「何だその意味不明な返答は。目を逸らすなこっちを見ろ、こっちを」
「いやぁ、男がやっても気色悪いだけだと思っていたんだけど……あれだね、やっぱ人によるのね」
「駄目だ、面浜さんがまともな返事をしてくれない。やっぱ俺は嫌われてるんだぁ」
「浜面さんです。だから嫌われてはないって。そこだけは確かだから」
「じゃあ俺の目を見て言えるか?」
「勘弁して下さい滝壺さんに怒られてしまいます」
この嘘つきヅラー、と嘆いて再び机に顔を伏せる。浜面さんです、と優しい声で返される。
保父さんみたいだ、浜面って。やっぱりフレメアみたいな危なっかしい子供の面倒を見ているとお父さん力がアップするのだろうか。一方通行然り。
一方通行の事を思い出してまたもや憂鬱になる。
浜面は嫌われてないと言うけども、やっぱり嫌われてるんじゃないかと思ってしまう。
だって何しても殴るんだもの。時にはわざわざ家に来てまで殴るんだもの。
「嫌われてるとしか思えねぇよぉ……」
「てか、旦那は抗議とかしねぇのかよ」
「そりゃするよ。いい加減にしろよ、とか、痛いからやめろ、って」
主に殴られた後に。
「そんで?」
「終わりだけど?」
「はぁっ!?」
「な、何!? なんか俺おかしな事言った!?」
「いや、え、それだけ!?」
それだけだ。突然一方通行が家に来た時も、殴られて、文句言って、立ち上がって、家の中へ招き入れる。その後は適当にテレビ見ながら駄弁ったり、上条が軽食作って一緒に食べたりする。会話の途中でも料理の途中でも、たまに一方通行が殴って来る。また文句を言って、何事も無かったかのように続ける。
そう話したら、浜面は未確認生物を見たような目で見つめてきた。え、何あれ生きてんの? 生き物なの? 的な目だ。失礼な。
「……いやぁ……旦那、思ったよりスゲェ人物だったわ……懐が大きいのか馬鹿なのか……後者か」
「失礼な」
「その言葉一つで侮辱を許す所が流石だわ」
え? そう?
「褒めてねぇ褒めてねぇ照れるな」
ちぇー。
「……まぁ、それも原因の一つかね。旦那がそうやって許しちゃうから、ってのもあんじゃねーの? たまにはガツンと言っちまえよ」
「はぁ、ガツンと、ねぇ……」
***
浜面のアドバイス通り、ガツンと言ってみる事にした。
今日も今日とて突撃お宅訪問して来た一方通行を覗き穴で確認して、気合を入れる。
いつもドアが開いてから殴られるので、完全に開かないようにドアチェーンを掛けてから、ゆっくりと開ける。
いつも通り一方通行がそこに立っていた。覗き穴で確認したから当たり前だけど。
一方通行の様子は普段とあまり変わりない。上条を殴る時と同じ無表情で何も言わずにそこに立っている。
無表情、無愛想、無口。
それが上条と居る時の一方通行の標準装備。家で駄弁るって言っても駄弁ってるのは基本上条。一方通行は相槌すら打たない。聞いているのか聞いていないのかすら分からない。
まぁ、別に俺は楽しいからいいんだけど、と上条は思っている。
「……オイ、開けろよ」
あ、珍しく一方通行が自分から喋りかけて来た。レアだレア。
正直言えば上条は、一方通行の暴力にそこまで困ってもいない。能力使用時の一方通行ならともかく、上条を殴る時の一方通行は能力を使わないので、喧嘩慣れしている上条にとってそこまで深いダメージにはならないのだ。むしろ不良に殴られる方がよっぽど痛いので、それを助けてくれる一方通行は非常に有難い存在だったりする。(殴ってくるけど)
「あー……ゴメン、ちょっと……無理、かな」
敢えて曖昧に誤魔化す。わざと視線も泳がせる。明らかに嘘を付いている、そう一方通行に思わせる為に。
もう一度言う。
上条にとって能力不使用時の一方通行の暴行はそこまで驚異じゃない。むしろインデックスの噛み付き癖の方が早急に対応すべき事柄だ。(主に上条の毛根絶滅の危機的な意味合いで)
では何故、上条は暇潰し程度に話して得た、浜面のアドバイスを決行しているのか。
本当は一方通行との時間を楽しんでいるくせに、わざわざそれを我慢して、嘘を付いてまで。
知りたかったのだ。
一方通行の本心が。
ここで上条の嘘を受け入れて、引き返す程度の関係だったのか。
それとも嘘を見抜いて、強引に上がり込んで来るのか。
ただ、知りたかっただけなのだ。本当は上条を嫌っているのか、嫌っていないのか。
本当にただの、好奇心から来る悪戯心だったのに。
ベキッガコッ、と。
ベキッ、はドアチェーンが千切れた音。
ガコッ、はドアが外れた音。
外れた?
「え……ぁ?」
驚愕、まさに驚愕。
一方通行がドアの淵に手を掛けた直後にドアを引っペがされた。
力を入れたようには見えなかった。そっと掴んだだけに見えた。だから反応が遅れた。
いや、そもそも力を入れようが入れまいがドアがこんなにも簡単に外れる訳がない。ましてや、自他共に認める非力である一方通行が、出来る筈がない。
そう、通常時ならば。
(能力、いつの間に使ってたんだろ)
チョーカーを押す仕草が自然だったのだろう。全く気が付かなかった。それ程までに冷静な頭で、時間制限がある能力を使うべきと判断したのが。
今、だったのだ。
ぞぞぞぞ、と悪寒が背筋を這い上がる。
血のように紅く、ドロッとした色の瞳が、真白な髪の隙間から上条を覗く。
声にならない悲鳴が上条の口の中で弾けた。
能力使用時の一方通行を見たのは初めてではない。その中の二度は直接戦った。
だが、普通で平穏な平凡の日常の中で、これ程までの恐怖を一方通行に感じたのは初めてだった。
恐怖、すなわち、死の恐怖。
殺される、直感的にそう感じた。
死にたくない、という本能のみで足をもつらせながら部屋の奥へと逃げる。自ら袋小路に進んでいると頭で分かっていながらも、体は死から逃げるように一方通行の逆へ逃げる。
一方通行は何も言わない。
挑発も、侮蔑も、罵倒も、嘲笑も。
何も、言わない。
だから余計に怖い。
手を取られた。引っ張られて、背中から倒れる。
「う、わ……!」
衝撃を覚悟して目を瞑るも予想以上に柔らかい感触で、そこがベッドの上である事を理解した。直後、右手は右手で、左手は左手で拘束される。
この状況は俗に言う、押し倒されている、というものだろうが、実際の雰囲気はそんな甘いものじゃなく、険悪というか殺伐としていた。
「あ、くせられーた……さん?」
何も言わない。表情も、下を向いているのでこちらからは見えない。
「えっと……」
「……嫌になったか」
「へ?」
唐突に突然に、一方通行が重い沈黙の口火を切った。
「殴られたのが嫌だったのか、蹴られたのが嫌だったのか、相槌も打たねェのが嫌だったのか、無愛想なのが嫌だったのか、話し掛けて殴られたのが嫌だったのか、助けられたのが嫌だったのか、助けられてから殴られたのが嫌だったのか、珈琲を差し出したのが嫌だったのか、お礼を言って殴られたのが嫌だったのか、連絡もせず家に押し掛けられたのが嫌だったのか、家に押し掛けといて殴って来たのが嫌だったのか、全部嫌だったのか、それとも俺自身が――」
「嫌じゃねぇよ」
上条は言う。男に押さえ込まれて情けない姿にも程があるかもしれないけど、それでも、ちゃんと伝わるように。
「俺は、嫌じゃなかったよ」
上条は思い返す。普通で平穏な平凡の日常の記憶を。楽しかった、思い出を。
「会話なんて俺の独り言みたいなもんだったけど、お前がちゃんと聞いてる事はなんとなく分かってたし。不良に絡まれたの助けてくれたのにその後殴られたりしたけど、怪我してたら加減してんの知ってたし。お礼言ったら殴られんのはちょっとよく分かんねぇけど、珈琲くれんのは嬉しいに決まってるし。突然家に来られたらそりゃ困るけど、その分嬉しかったりもするし。殴られんのとか蹴られんのとか嫌だけど、俺が痛そうにしてるとちょっと心配そうな顔してるし。本人的には無表情、無愛想、無口だと思ってんのかもしんねぇけどさ、ぶっちゃけお前表情豊かでなんだかんだで優しいんだよなぁ」
笑う、笑う。
嬉しいからこそ笑う。楽しいからこそ笑う。
上条当麻はこれが知りたかったのだ。どんなに表情一つ変えなくても、いつも目だけが不安そうに揺れていた理由を、ずっと聞きたかったのだ。
勘違いかもしれなかった。だからこそ彼の怒りに触れてしまったらどうしようかとちょっと不安に思っていた。
まさか、ドアを壊すとは思っていなくて動揺してしまったけど。
ちゃんと聞けて良かった。
上条の友人は、臆病で、乱暴で、寂しがり屋で、甘え下手な、優しい人物だったのだ。
それが知れて、上条はとても嬉しいと感じた。
「全部、俺は、嫌じゃねぇから」
右手を少し動かすと、一方通行は右手の拘束解いた。伸ばすと痕が付いている事に気付いて、そんなに強く握られてた事に、気付かなかった自分に驚く。
だんだん痛みに鈍くなってんのかな、なんて怖い事を考えながら、伸ばした掌を一方通行の頭の上に置く。さらさらと指の間をすり抜ける感触を堪能しながらゆっくりと、ゆっくりと撫でてから、ようやく離す。
「これでチャラな」
ニッと悪ガキ風に笑って、一回触ってみたかったんだよな、と言ってみせる。
男の髪とは思えない程のサラサラヘアーだった。普段こんな事をすれば黒翼確定間違いなしだったから、ずっと我慢していた。
まさかこんな所で大義名分ができるなんて、ラッキーだ。
上機嫌になって笑っていると、一方通行が小さく何かを呟いた。
「何? 何か言った?」
ちょっと顔を浮かせ、俯く一方通行の顔を覗き込もうとする。しかし、再度右手を掴まれて拘束されてしまい、頭がベッドに逆戻りした。
「ちょ、もういい加減にしろよ、地味に痛いからやめ――」
一方通行と口が重なっている事が理解できなくて、耳の辺りに一方通行のさらさらとした雪色の髪が当たって変にくすぐったいとだけ思った。
そして今現在の状況を理解した時、嫌じゃない自分に気が付いた。