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□フラグブレイカー
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 学園都市に、とある男がいる。
 その男は“人より少し幸が薄いだけの至って平々凡々な男子高校生”それが公式設定の筈、なのだが。

「あっ、とうま! こんな所にいたんだよ!」
 ピコン! これは噛み付きフラグ。
「ちょっと、アンタ待ちなさいよ」
 ピコン! 今のはビリビリフラグ。
「あああの、上条さん」
 ピコン! あれはおしぼりフラグ。
「探しましたよ上条当麻」
 ピコン! あれは七天七刀フラグ。
「あ! おーい上条ちゃーん」
 ピコン! あっちは補習フラグ。
「あ。上条君」
 ピコン! こっちは放課後デートフラグ。
「上条当麻!!」
 ピコン! こちらは放課後掃除フラグ。
「上条当麻さんはいらっしゃいますか。とミサカは懇切丁寧に尋ねます」
 ピコン! 約一万人とのデートフラグ。
 ピコン! ピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコピコココン!!!!
「だあぁらっしゃああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
 追いかけてくる猛者達を全力で振り切って逃げながら、“人より少し幸が薄いだけの至って平々凡々な男子高校生”は叫んだ。

「何なんだよ!! この馬鹿みたいに攻略対象が多すぎるクソゲーはあああああああああ!!」

 彼の名前は上条当麻。
 一応この物語の主人公だが、鈍感ではない。

 ***

 フラグ、という言葉をご存じだろうか。
 人の人生における、大事な分岐点の指標。その俗称である。例えば、恋愛フラグが立てば、その後の展開次第でその相手と恋仲にだってなれるよ☆……みたいな、そんな雑誌に載ってる占いコーナーみたいな感じだと認識していい。
「やーっと見つけたわよっ! ……って、何ブツブツ言ってんの?」
「別に何でもないですからそんな可哀想な物を見るような目で上条さんを見ないでっ」
 上条的には全て振り切ったつもりでいたのだが、何故かこの御坂美琴には対スキルアウト用逃げ足スキルが通用しない。
 学園都市の落ちこぼれと、七人しかいない天才の一人を同等の扱いというのは中々に変な話だが、それでも上条と美琴の遭遇率は半端ではない。
「……んで、何か用か?」
「っあ、えっと……」
「?」
 顔を真っ赤にして立ち尽くす美琴を小首を傾げて見つめる。
 自分は何か変な事でも聞いただろうか、そんな疑念が彼の頭の中で沸くが、しかし心当たりは全くと言っていい程に無い。

 ピコン!

 そんな二人の気まずい沈黙をブチ壊すかのように間の抜けた効果音が高らかに鳴り響く。
 まずい。このままここに居るのは非常にまずい。
 背中に嫌な汗が流れ、ぞわぞわとした悪寒が上条の身体を支配する。
「あー……悪ぃな御坂。俺ちょっとタイムセールあるから先を急ぐんだ! じゃあ……」
「――っ好き! なの、よ……」
「……へ?」
「アンタが、好きなの」
 まさかのド直球。これには全戦無勝無敗の上条当麻も心の中で頭を抱える。
「…………まったまた〜! そんな冗談に上条さんは騙されませんのですよ〜」
 適当に茶化して、お茶を濁す。上条は、自分がどれだけ酷い事を言っているのか自覚している。
 けれども今は、一刻も早くここから立ち去りたかった。
 手遅れになる前に。手を出さざる負えなくなる前に。
「っそんなのじゃなくて!!」
 緊張と不安と興奮で今にも零れ落ちそうになる涙を見て、『ああ、また駄目だった』と思った。
「アンタは、そうやって、いつだって……」
「御坂」
「……何よ」
「すまん」
「っ」
 目を見開かれる。
 その所為で、器を失った雫が溢れ出した。後はもう、決壊したダムのようにボロボロボロボロと流れ出すのみだ。
「っはは、何で、謝るの?」
「俺が、お前の気持ちを知ってて、わざと無視してたから」
 正直になろう、と思った。
 彼女には、知る権利がある。
 上条には、教える義務がある。
 だってこれが、最後だから。
「……やっぱりね」
 どこかすっきりしたような、何処にも嵌まらなかったパズルのピースがやっと嵌まったような。
 そんな解放的な声を出しながらも、彼女は静かに頬を濡らしていた。
 上条はそんな彼女に近づいて小声でごめん、と呟いて。
「……ねぇ、ふざけてる?」
「ふざけてない」
「だったら……何で、抱き締めるの? 慰めてるつもり? だったら、逆効果よ」
「そんなつもりは、ない」
「……アンタって、本当に最低ね」
 その声は、上条を責めるような色はなく。どこまでもどこまでも優しい声色だったのだが、今はその優しさが何よりも彼を追い詰める。
 いっその事、怒鳴り散らしてくれれば良かったのに。
 アンタなんか最低だ、顔も見たくない、死んでしまえ、ぐらいの事を言ってくれて良かったのに。
 言われたら、今よりどんなに楽だっただろうか。
「あぁ……俺は、最低な奴だな」
「そうね……じゃあその最低な男を好きになっちゃった私は、一体何なのかしら。私も、結局最低な女だったのかな」
「それは違う」
 彼女には珍しい自己否定的な発言を上条は真っ向から否定した。
 そして、独り言のように呟く。
「最低なのは、俺一人だけで十分だから……」
「? ねぇ、それってどういう意味……」
 耳元で囁かれた小さな呟きを拾った美琴が、その言葉の真理を問い質そうとする。
 それと同時に、上条は美琴のつむじ辺りで『何か』をした。


「…………ねぇ、何で私がアンタとくっついてるのかしら?」
「いやそれはですね、いきなり御坂さんが貧血でぶっ倒れそうになってまして。そこにたまたま通りかかった私めが支えたという訳なのです、ハイ」
「あらそう、何故か前後の記憶がすっ飛んでるけど……アンタがそう言うなら、そうなのかしらね。一応ありがとう。……で、アンタはいつまで私の背中に腕を回しているつもりな訳?」
「はい! すぐどけます今どけます申し訳ありませんでした!!」
「ふんっ……いつもならここで電撃浴びせるとこだけど、何かアンタ相手する気分じゃないから今日は見逃してあげる」
 美琴はしっしっと犬でも追い払うようなジェスチャーをして追い払おうとする。
 年上の尊厳もプライドもなくヘコヘコと平謝りしていた上条はポツリと独り言。
「……チンピラよりもチンピラみたいだな」
「何か言った?」
「いえ! なんでもございませんです、ハイ!!」

 ***

 “それ”はもう既に、彼にとっては生活の一部となっていた。
 彼が“彼”であった時には、もう既に『上条以外には見えない』“それ”らが存在した。
 最初は記憶喪失の副作用で、幻覚だと思った。しかし、医者に聞いても首を振るだけ。曰く、上条は記憶喪失以外では至って健康な身体をしているらしい。精神チェックでさえオールクリア。
 上条だけが、“異変”を感じている。
 しかし彼はその“異変”を受け入れるしか選択肢が無かった。何故なら医者以外に相談できる人がいなかったから。
 そして、昔の彼と今の彼との相違点に気付かれたくなかったから。

 上条が割り切った“それ”は上条に色々な事を教えてくれた。
 例えば、金髪の隣人の真っ黒な死亡フラグだとか。
 例えば、誰かが不幸な目に合う灰色のフラグだとか。その逆の金色の幸運フラグだとか。
 例えば、誰かが誰かを好きになる薄ピンクの恋愛フラグだとか。

 だが“それ”らは上条以外の者にしか生えておらず、何度鏡でつむじ辺りを確かめようが彼自身には一本も見当たらないのだ。
 まぁ上条のを見た所で、まるで剣山のように灰色のフラグが突き刺さっているだけだろう。想像するだけでホラーチックである。自分のは見えなくて本当に良かった。
 そして更に不思議な事に。
 上条は、他人のつむじ辺りに生える“それ”らを見て、触って、引っこ抜いて、折る事が出来た。そして引っこ抜かれた相手はそのフラグに関する記憶を都合の良いように改竄され、無かった事にされてしまう。
 右手で触っても消えはしない。だが爪楊枝を折るように少し力を加えると簡単に折れ、そしてだんだん薄くなって消えてしまう。
 そんな風に上条は、こんな掌一つで人一人の人生を左右する事が出来た。
 まるで人の運命を自分勝手に変えてしまえる神様みたいに。
 けど、彼は神じゃない。
 たかが人のフラグを、人生の分岐点を見て、触れて、引き抜いて、折る事が出来るだけで。
 人の人生を、自分勝手に変えて良い訳がない。
 だから彼は安易に他人のフラグを折ったりしなかった。あまりにも危険な、それこそ死亡フラグのようなものは流石に折ってはいるが、それ以外には基本的に干渉しない。
 それが彼の中でのルールだった。

 だが、彼はある時から自らそのルールに反した。
 それは、彼の思いやりなのかもしれない。
 それは、彼の優しさなのかもしれない。
 それは、彼の罪滅ぼしなのかもしれない。
 それは、彼の逃げ道なのかもしれない。
 それは、彼の責任転換なのかもしれない。

 彼は、自分を好いてくれた人の、その『フラグ』を片っ端から壊していったのだ。
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