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□理想のヒーロー
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あ。
と気づいた視線の先に、ヒーローがいた。
ヒーロー。
という単語を聞いてまず思い浮かぶのは何だろうか。
きっと大勢の人々が、日曜の朝に放送されている、悪と戦う正義の味方を思い浮かべただろう。
多分、それが正解だ。
出生が極めて謎で、特にこれといって理由はないけれど世界の崩壊や征服を企んでいる、悪の組織。
そしてそれに対抗するべく結成された、特にこれといって理由はないけれど防御力や攻撃力が上がりそうなスーツに変身する正義の味方。
誰が見ても正しいのはどっちか、正義なのはどっちか一目で分かるような親切設定だ。
でも。
彼の場合、ヒーローと聞いてまず思い浮かべるのは、全身タイツの正義の味方ではない。
もちろん、怪人の方が真のヒーローと言う程、彼はひねくれていない。
彼にとってのヒーローとは。
ただの、普通の、少年だ。
特別頭が良い訳ではない。
特別身体能力が優れている訳でもない。
特別運が良い訳でもない。
特別正義の心が強い訳でもない。
むしろ。
テストの点は平均以下で。
複数の不良相手ならすぐ逃げるし。
いつも不幸だ不幸だ嘆いてて。
正義? なにそれ美味しいの?
ただ。
頭より先に体が動いて。
誰かを守れるだけの力はあって。
例え力がなかったとしても。
やっぱり見捨てるなんて出来なくて。
そうやって。
困ってる人がいたら助けたくて。
泣いてる人がいたら笑わせたくて。
笑っている人を見るとつられて笑いたくなるような。
そんな、普通で、平凡な、当たり前の日常を過ごす事が「普通」なのだと笑う、その少年こそが。
“普通”で“平凡”な“当たり前”の「ヒーロー」なのだと。
彼はその姿を思い浮かべるのだ。
そして。
そのヒーローは今、不良共にメンチを切られ、冷や汗たっぷりな情けない顔でヘラヘラと取り繕っている。
その背後に震える人影が見えるところによると、また誰かを助けている途中らしい。
助太刀するかどうか迷って、まぁ一先ずヒーローのお手並み拝見と、様子見を決め込んだ直後。
すっ、とヒーローの肩に不良の腕が回された。
あ。ヤバいな、と。
呑気に彼が思った時には、ヒーローと被害者は不良に囲まれて路地裏の方へ案内されていた。
あぁ、今回ばかりは失敗かヒーロー。
学園都市最強の化物に勝ち越していながら、学園都市最弱の不良には負けるのか。
まぁ、それがヒーローという男だと言うのだから仕方がない。
ある種の諦めに似た感情から来る溜め息を吐き出して。
路地裏へと足を進めると。
骨の砕ける音と、複数回連続して響く打撃音。そして、それらの音が尋常でない程の激痛を伴う事を証明するような、鈍い悲鳴。
彼の脳内に、嫌な予想図が浮かび上がる。
連中は路地裏に入ってからさほど遠くない場所にいた。
彼の足元に、転がっていた。
何が?
「な……にやってンだよテメェ!!」
その場には、一人しか立っていなかった。
誰が?
「なんだ」
鉄臭い匂いの充満する空間で、唯一血まみれのバットを持った“どこも汚れていない”奴が、彼の方を振り返って、うっそりと笑みを浮かべた。
「一方通行じゃん。見てたなら、助けてくれたっていいだろ?」
まるで、旧知の友に街中で声をかけるような気軽さで。
“上条当麻”が無数の屍の中で笑っていた。