図書館

□いつの日か、
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 そろそろお昼時という時間帯に、一方通行は上条宅の男子寮にいた。

 色々あって殴り倒した相手と、殴り倒された相手という関係の上条と一方通行。よって再会した男二人には、何とも言えない気まずい雰囲気が流れていた。
 しかし、彼らが連れている少女達はそんな事情を知る由もない。
 二人の連れのチビッ子二人組は、保護者達が知らぬ間にいつの間にかすっかり意気投合してしまい、流されるまま休日はどちらかの家にどちらかが遊びに行くような関係になっていた。
 
 そして今日も。
 午前中から一方通行達が遊びに来ていた。上条宅にある格闘ゲームに興じたり、レンタルした映画を鑑賞したりと。だらだらと、しかし平和な時間が流れる予定だった筈、が。


 午前一〇時三〇分。
 上条と打ち止めは並んでテレビの前を陣取り、奇天烈な奇声を発しながらカーチェイスに興じていた。インデックスはその一歩後ろで、二人の死闘を興味深そうに見ている。
 そして、その光景から一つ机を挟んだ向こう側で、一方通行はその辺に山積みにされていた漫画を読んでいた。
 すると。
 グ〜キュルキュルキュルキュル。
 間の抜けた、しかしゲーム音に負けないぐらいのドデカイ腹の虫の叫び声が空気を裂いた。
「……とーまぁ。お腹すいたかも〜」
 真っ白な修道服の上からお腹を押さえたインデックスが、多少の羞恥からか若干頬を赤く染めて訴えた。
「さっき朝飯食ったばっかじゃねぇか、しかもおかわり十杯もしたし! まだお昼には早いから、もうちょっとがま――」
 グー。
 ん、と上条が言い終わる前に、小さな腹の虫の催促が聞こえた。上条は戸惑うように視線を彷徨わせ、ゆっくりと音の根源に目を向ける。
「……え、へへ、ミサカもお腹すいちゃったってミサカはミサカは恥ずかしげに頬を赤らめてみたり」
 ふにゃっ、と恥ずかしそうに照れ笑う打ち止めを上条は微笑ましく思い、自然と笑みが零れた。
「……よしっ! んじゃ、どっかに食いに行くとしますかぁ」
「む。とーま、何だか私の時と対応の仕方が違うんだよ」
 むくれているインデックスを無視して、上条は鼻歌交じりにゲームの電源を切って、後片付けを始める。
「ラストオーダーは何が食べたいんだ?」
 健気にも片付けの手伝いをしてくれる打ち止めに、上条は問い掛けた。
「む。また私を無視した。私は? 私の意見は聞かなくて良いのとーまっ!?」
「はいはい。けど、お前は食えりゃあ、何でも良いんじゃねぇのか?」
「まぁ、その通りだけど」
「認めんな。で、何が良い? イタリアン? 中華?」
 インデックスの頭に水平チョップを食らわせた上条は、テレビゲームモードから普通のチャンネルに戻しながら再び問う。適当に選んだチャンネルはたまたまCM中だったが、お昼にやっている番組で面白そうな番組は思い付かなかったので、そのままにしておいた。
「んーその選択肢にもそそられるものがあるけれど、いまいちミサカレーダーにピンと来ないのってミサカはミサカは悩んでみたり。いっその事ミサカネットワークで投票を……っ! こ、この香ばしい音は!!」
 打ち止めの心の内を表すように揺れていたアホ毛が、ピン! と立った。電気系能力の影響なのか、はたまた……という思考を張り巡らせていた上条の視線が、打ち止めの視線を追った。
 打ち止めの瞳にはテレビが映っており、そのテレビ画面では鉄板が映し出されている。すると黒光りする鉄板の上にホットケーキミックスの生地のような物が流し込まれた。
 テレビからジュゥーと、何とも美味しそうな音が聞こえてきた。
「お好み焼き! そしてお好み焼きなの! ってミサカはミサカは興奮気味に叫んでみたり! ミサカレーダーもホラ、歓喜で跳ね回ってるの!」
 打ち止めのアホ毛は、ビッタンビッタンと陸に打ち上げられた魚のように暴れ回っていた。
「お好み焼きかぁ……いいけど、この辺にお好み焼き屋なんかあったかなぁ」
 悩む上条を置いて、打ち止めとインデックスの心はもう既にお好み焼きだった。おっこのみっ! おっこのみっ! とよく分からないエールを送ってくる。

(いっその事ファミレスにするか? いやいやファミレスにお好み焼きがあるとは思えねぇよな……)
 考え込みながらずっと唸っていると、今度は不安そうに瞳を揺らす幼女二人。
 うぐっ! と、息を詰まらせた上条は、ますます無理だと言えない状況に追い込まれていた。
 どうしたものかと頭を抱える学園都市最弱の無能力者に、学園都市最強の超能力者は漫画から顔も上げずに言い放った。
「ここでやりゃァいいンじゃねェの」
 あ、と三人揃えて声を上げた。ホットプレートなら上条宅にもあるし、作り方も混ぜるだけで簡単である。


 ……という事で、急遽お昼ご飯作りをする事になった。しかし、冷蔵庫の中が年中ほぼ空の状態の上条さん家なので、打ち止めとインデックスの二人がお使いに行くと言い出した。
 いつもは保護者同伴なので、初めての子供二人だけでのお出掛けにチビッ子二人は楽しそうにはしゃぎながら出掛けて行った。上条達も一緒に行くつもりだったのだが、幼女二人にそれは制止された。まぁ、二人だから大丈夫だろうと、少々不安が残る保護者達だがしぶしぶ許可したのだった。
 そして。
 賑やかな彼女達がいなくなった部屋の中は、いやに静かだった。
 とりあえず上条は台所の奥から埃被ったホットプレートを取り出しちゃんと使えるか確認した上で、さっと水で洗って、ふいて、机の上に置いてしまう。
 ……何もする事が無くなってしまった。一方通行も相変わらず、ずっと漫画を読み耽っている。何という理由もなく上条はベッドの淵に座ってみた。
 ……何も起こらない。何も変わらない。ただ過ぎて行く時間。時折、ペラリとページをめくる音だけがする。

 なんか、むず痒い。沈黙ばかりが続く部屋の中で、上条はそう感じた。
 元々上条はアウトドア派であり、だから、こうして何もしないでぼーっと時間が過ぎるのを待つという行為は非常に苦手だった。
 だが、いざ話をしようにも上条と一方通行は今まで互いに世間話をする機会なんてなかった。
 拳を交えた時や共戦した時に何回か言葉は交わしたが、果たしてそれが会話の内に入るかどうかさえも考え物だ。
 今でさえ、打ち止めやインデックスというクッションを挟まなければ、まともに会話さえできない状態だった。お互いがほのぼのと語り合えるような、共通の話題なんてなかった。
(何か話さなければ、窒息死してしまいそうだ……この重い雰囲気を何とかしたい……! こちらから何か聞けば、応えてはくれるはず!
 ……え? でも何聞けばいいんだ? す、好きな色は何ですかぁ〜、とか?
 ……出来るかっ! 絶対何言ってんのコイツみたいな目で見られるに決まってる!
 じゃ、じゃあ……お前打ち止めの事どう見てんの……殺されるぅぅ!)

 上条は目線を泳がせ、必死になって話題を探す。
「あ、あぁ! そ、その漫画! 面白、い?」
 やっとの思いで出た話題は、今一方通行が読んでいる漫画の事だ。
「……ン? ……あァ、さァわかンねェ。俺が読ンでンの十三巻だし」
「ジュッ!? え? そんなとこから読んでんの? それでよく分かるな話の内容」
「別に……俺、こォいうの読ンだ事ねェし、最初から読ンでも変わンねェよ」
「そ、そっか……」
 ……会話、終了。またしても重い沈黙が流れる。こうなると、上条も色々考えてしまう。
 もしや、一方通行は自分と仲良くなりたくないのでは? と。
 今までも、その可能性について考えなかった訳ではなかった。例えば、街でばったり一方通行と打ち止めに会う事がある。
 打ち止めはすぐに駆け寄ってくるのだが、一方通行はいつも気まずそうな、苛立ったような顔をして。
「……よォ」
 と言うだけだ。家に遊びに来た時も、上条と顔を合わせた瞬間、あの変な顔をするのだ。
 いやむしろ、好かれている方が可笑しいだろう。
 以前、上条は二度も一方通行を殴り飛ばしたのだ。上条にとってはどちらも正当な理由があり、謝るつもりは毛頭ないのだが、彼の性格からすれば今頃上条はミンチ肉になっていてもおかしくない。
 それでも上条が未だ無事なのは、きっと打ち止めのおかげだ。それに彼女と接する時の一方通行は、何というか……お父さん、なのだ。
 打ち止めは好奇心旺盛でいつもうろちょろしていて、目を離すとすぐ迷子になるから余計心配なのだろう。態度はそっけないものの、仕草や行動からは打ち止めに対する愛情を感じる。
 そんな一方通行だから、上条は今のままの関係でいたくないと思った。一方通行と自分の間にある壁を壊せればいいのに、と。

 でも、一方通行が自分と関わりたくないのなら仕方がない。
 別に話が出来ない訳じゃないのだ。こっちが話しかければ返してくれる。それで充分じゃないか。今まで通り、打ち止めやインデックスを挟んだ関係でいい。

 『友達になりたい』なんて、思わない方がいいのかもしれない。
 
 少し卑屈になった思考を、慰めるように背中からベッドに倒れこむとベットのスプリングが軋んだ。
 あーもうこのまま寝てしまおうかと目を閉じようとすると。
「ァー……アレだ。その……」
 一方通行が珍しく歯切れの悪い声を上げた。内心酷く驚いたが、それを表情に出さないようにして一方通行の方に目を向ける。
「どうしたんだ?」
「あァー……」
 一方通行はガシガシと苛立ったように頭を掻く。その度に彼の真っ白な髪が日光に当たってキラッキラッと反射するから、上条は彼の髪を無性に撫ぜたくなる衝動に襲われる。
 うずうずと疼く体抑えつけて、一方通行の次の言葉を大人しく待つ。
「……あのよォ……悪、かったな……」
 その言葉に、上条は目を瞬かせた。
 一方通行が謝った。その事だけでも驚愕の原因になりそうだが、上条が真っ先に感じたのは、『何が、』という事だった。
 上条の表情から心情を読み取ったのか、上条が訊ねる前に一方通行が答える。
「妹達の件とか、ロシアの時の事もそォだけどよォ。お前には迷惑ばっかりかけてるよなァ……。
 今だって打ち止めと一緒に来ちゃいるが、はっきり言ってどの面下げて、だろォな」
 一方通行は自嘲気味に笑った。
「後悔してる、反省してる。だが、それでハイお終いなんて、そンな都合のいいよォにはいかねェって分かってる。
 あのガキを守る事で、全て無かった事に、なンて出来ねェ事も分かってる。……けど、アイツには幸せになってもらいてェンだ。
 もォ、アイツが傷つくような未来にしたくねェンだ。これは、ただの俺の自己満足だ。アイツには関係ねェ」
 一方通行は上条の目を見ない。そこも、彼らしくなかった。

「だから……だから、俺の事はどンなに憎ンでもいい、けどあのガキだけは……」

 スパンッ! と、小気味いい音が部屋の中で反響した。
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