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□臆病な白猫は無言で待つ
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 別に特別なきっかけがあった訳じゃない。
 ただの気まぐれと暇潰し。そしてほんの少しの人恋しさ。
 それを埋める為の友人が居た。本当にそれだけ。
 なのに。

「え。大将達って付き合ってんじゃねぇの?」

 ゴボッ、とグラスの中の炭酸飲料が盛大に溢れた。目の前の男はあーあー、と情けない声を上げたが、今はそちらに構っている余裕が無い。
「……きっと俺の聞き間違いだろうな、そうだな。浜面さん今なんておっしゃいました?」
「大将と一方通行って恋人同士なんだろ?」
「やめて!! さっきよりも直接的な表現の仕方をするのやめて!!」
 紙ナプキンで俺が零したジュースを拭きながら、平然とした顔でとんでもない事を言ってのける浜面に戦々恐々とする。

「……ち、ちなみに……それ、他の奴等にも言っちゃった……?」
 誤解の拡散という最悪の悲劇に顔を青ざめさせながら恐る恐る問うと、これには首を横に振るので思いっ切り安堵する。

「でも、多分俺以外にもそう思ってる奴は結構居ると思うぜ」
 え。
「だって大将達、人前でもがっつりイチャついてんじゃん」
 い、イチャつく?

「……か、上条さんはそんな不埒な真似、一方通行さんとした覚えはありませんの事よ??」
「当人達はそうかもしんねぇけど、周りにはそう見えねぇ事もあるのよ」
「ま、マジかよ……」
 確かに思い返してみれば、家で散々スキンシップしているので、外で少々髪を触る程度の事は気にも留めていなかった。他人の目からそれがどんな風に映るか、深く考えもせずに。
「アホだ……」
 普段他人に言われても、いまいち理解できなかった己の鈍さを痛感して嘆く。
「もう、どうしよ……」
「別にいいんじゃねぇの、このままで」
「他人事だからってお前なぁ……!」
 浜面の無神経な言葉がカチンと来て、思わず声を荒げる。浜面はそんな俺の様子に溜息を吐いて、諭すように言った。

「だって好きなんだろ、一方通行の事」

 うぐ、と言葉を喉に詰まらせる。
 そうなのだ。
 自分の感情に異変を感じ始めたのが、約二週間前。
 考え抜いた末に自覚したのが、三日前。
 どうしたらいいのか分からなくなって浜面に相談しようと決意したのが、今日。

 どうやら俺、上条当麻は一方通行の事が好きになってしまったらしい。

 男同士なのに何でだろう。
 もしかして勘違いだろうか。
 これから一方通行とどう接していけば良いのだろうか。
 このままで居ては、いけないのだろうか。

 そんな不安定な感情を吐露する前の、浜面からの爆弾発言である。まさか自分がこの感情を自覚する前に、周りの方が先に男同士の恋愛を受け止めていたとはどういう状況なんだ。
 しかし、逆に考えるとこの状況は有利とも言える。同性愛の超えるべき壁の一つが省かれていたのだ。むしろ俺は積極的に喜ぶ所だろう。
 けど。

「……一方通行が、嫌がるに決まってんだろうが」
 一方通行は、俺との関係を友人だと思っている。それなのに周りが勝手に恋人だと決めつけて、はやし立てたら困惑するに違いない。
 もしかしたら、それが嫌になって俺を避け始めるかもしれない。
 その事を考えると急に息が苦しくなるような感覚がして右手で首を触ってみるが、胸に異物が溜まるような息苦しさは解消されなかった。

「……嫌がる、ねぇ……それは無いと思うんだけどなぁ……」
 むしろ、と浜面が言葉を紡いだ所で、携帯の着信音が鳴り響いた。俺の携帯じゃなかったので浜面のだ。
 浜面は相手の名前を確認し、驚いたような顔をして俺の顔を見た後、不審者のようにきょろきょろと周囲に目をやりながら電話に出た。
「はいはい、浜面さんですよー……おーおー分かった分かった」
 電話の先に返答しながら席を立ち上がる浜面に、困惑した顔を向けるとジェスチャーだけで、ここで待ってろ、と指示される。相手を宥めるような口調で席を離れる背中を見送りながら、相手は麦野辺りだろうかと思いを馳せながら待つ。


 ドサッ、とすぐに上条の視界の端で対面の席が埋まった。
「何だよ、早かったじゃねぇか――」
 つい先程見送った浜面が戻ってきた事を、不思議に思いながら真正面に居る相手と目を合わせる、が。

「え」
 その容姿と、その態度は。

 さながら不機嫌そうに紅目を細める白猫だった。

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