X'mas

□ほしいもの
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『あ、ロー見ろよ!あれとか似合うんじゃねぇか?』

「どれだ」

『これだって!お、メッチャ似合ってる!これ買いだな!』

「おい」

『お、おぉ?あれもいいなぁ、ちょっと着てみ?』

「いらねぇ」

『そー言うなよ、ほらほら!』

「ちょっ!お、おい…っ!」


シャッと音を立てて閉められたのは試着室のカーテン
中に残されたのは数着の服とローのみ
ローはあまりにも恒例化され過ぎた現状に溜め息をついた
カーテンの外で試着待ちの人物に対して呆れと苛立ち、そして声にも態度にも表さないが少しの寂しさを感じながらも渋々服に袖を通す

ローの恋人である涼介はいつもこうなのだ
目に止まったものが目ぼしく更にローに似合いそうだと直感したが最後、すかさず手に取りローを試着室や鏡の前に引っ張っていく
そして想像通りの着こなしであれば即買い、似合わなければ似たようなデザインで違う色を探し始めてローはその場に放置と来たものだ
これで溜め息を吐くなと言う方が無理な話だろう
しかし、それでも苦言を洩らせないのはローが涼介に惚れているという事実とそれが涼介なりの愛情だと確信しているからだった
ただ一方的に物を買い与えるだけではなく、ちゃんとローに似合うかを吟味し、最終的にローが手に取るかで涼介の財布の開閉が決まる
それを突っぱねることが出来ないローにも原因があるといえるのだろうがその頻度が頻度なだけに要らぬ事を言わないようにする以外なにもできなくなったというのが現状でもあった


「おい、着たぞ」

『おー…おぉ!やっぱ似合うな!いい感じにラインが出てるし何より色がいい!なぁ、これ買おうぜ!で、今度のデートのときに着てくれよ!』

「…お前の金なんだからお前が決めればいいだろ」

『何言ってんだ、ローが着なきゃただの布キレだぜ?ゴミに金使ってやる気はねぇよ』

「チッ、これはいらねぇ」

『そっか、残念だけど要らないならしょうがねぇな!じゃあ次…っと、そろそろ昼時だな、飯にするか?』

「あぁ」

『んじゃさっさと会計しちまうか、そこ座って待っててくれな』

「…あぁ」


服が数着入った籠を持ち『ナンパされんなよー』と言い残し涼介は会計に向かう
その後姿を見送りローも指定されたベンチでそれを待つ
そしてまた溜め息をひとつ


「…ったく、今日が何日だと思ってやがんだアイツ」


本日12/24、世間ではクリスマスだ
恋人同士ならば何かプレゼントを贈りあうのが通例であるし、それなりに付き合いが長ければそれ相応のものを贈り贈られるというのもまた通例だ
だからこそ、それを踏まえた上でローから本日のデートを持ちかけたわけだが…

当の本人は全くローの意向に気付くことなく通例通りの物しか手を出さない辺りあまり今日という日を注視していないのかもしれない
ローの考えがそこまで至った頃に涼介が会計を終えて近づいてくる
自身の感覚でしか捕らえられない重みで肩や背中が落ち込んでていないか気にはなったがもうどうとでもなれ、いっしょに過ごせるだけマシだと無理やりポジティブな方向へシフトチェンジを済ませたローはベンチからすっくと立ち上がった


『やー悪い悪い!レジのオネーチャンに捕まった!』

「おい、ナンパされてんじゃねぇよ!」

『しょうがねぇだろ、お前を射止めたこの顔面クオリティに文句を言うな』

「おれは顔だけでお前を選んだんじゃねぇ!!」

『はは、冗談冗談!さ、メシ行こうぜ!』


屈託ない笑顔と掬われた手によって膨らんだ怒りが萎え萎んでいくのを感じたローは早鐘を打つ鼓動を悟られぬよう、赤くなった部位を見られぬよう俯く以外、何もできはしなかった





――――――――





『おーこれうめぇ、食ってみ』

「…外でそういうことをするなと何度言やぁわかる」

『さっきそこまで手ぇ繋いでたろーが』

「うるせぇ!」

『おー怖っ、せっかく美人なんだからそういう顔すんなよなァ…』

「うるせぇって言ってんだろうが!!」

『お前の方が声でかいけどな』

「チッ!!」


大きな舌打ちと不機嫌を全面に現す表情とオーラ、それすらも笑い飛ばせる涼介の神経はどうなっているのかわかったものではないしわかりたくない、ローはそう思いながら目の前のパスタをフォークに巻いた


「…この後、どうすんだ」

『んー、俺はもうここに用無いなぁ…ローは?』

「おれはもともと用はねぇ」

『は?買い物に行きたいって誘ってきたのはお前だろ?』

「それは…」


歯切れ悪くそう言うだけで俯いたローが後に続く言葉を捜すもののどれも語るに落ちてしまいそうなものばかりで二の句が告げられない
その様子を何も言わずただ見つめる涼介は少しばかり考えを巡らせた


『…なぁ、目的が無いならもう少し付き合ってくんね?』

「え」

『ここにはもう用は無いけどさ、一箇所だけ行きたい場所があるんだ』

「…」

『どーする?』


読めない、漠然とそう思った
涼介はへらへらと笑ってなんでも受け流してしまうタイプだが常にそうであるがためにただの能天気に見られがちだ
しかしその実態は笑顔の裏に何を隠しているのかわからない、一番質の悪いタイプの人間なのだった
今もローの目の前にいる男はへらりとしているがその声はどこか硬く、おそらく緊張だと思われることくらいしかわからない


「どこに行くんだ」

『まだ内緒』

「…わかった、付き合ってやる」

『ありがとな、じゃあさっさと食っちまおうぜ』

「あぁ」


こうも易々とイエスの返事を返したのも、何もわからないままだとしても自分にとって悪い結果になったことが無い経験から得たローの答えだった



――――――――



『ほい、とーちゃく!』

「…ここは」

『懐かしくね?もうすぐ新地になっちまうって聞いたからさ、もう一度ローと来たいと思ってたんだ』


ショッピングモールから車を飛ばしてどのくらいだったのか、だいぶ離れた場所にある古びた公園に到着した
この公園は、2人の出会いの場だった


『俺さぁ、そこのベンチ、右から2つ目な、そっから良くローのこと見てたんだ』

「? あぁ、前に聞いたな」

『もう登校時間だってのにゆーったり歩いてたり、かと思えば別の日には大慌てで走ってたり』

「なんだよ急に」

『んで、俺達がちゃんと話したのは夏…まだ初夏だってのに猛暑並みだったな』

「涼介…?」


ローが途中で声をかけるもまるで聞こえていないかのようにつらつらと向上を進める涼介


『お前が大事にしてるベポのストラップが落っこちて俺が拾って、そっからたまーに話したり、メシ行ったり…あ、動物園と水族館も行ったなぁ…他はー…』

「他にも色々行ったろ、図書館とおれの学校の学祭、夏祭り、花火大会…この間も映画行ったばっかだろ」

『だなぁ』

「結局何がしてぇんだよ」


冬真っ只中、雪が降らない分空気の冷えがハンパではない、用件を急くのも仕方が無い
涼介は寒さなど感じていないかのように穏やかに笑ってポケットに手を入れながらローに向き直った


『これからもさ、ずっとそういうことをローとしていきたい、傍に居たい、だからさ…』


涼介がそっとポケットから取り出したものを、またそっとローの手に乗せた


『受け取ってもらえますか?』


手の中のものと目の前で微笑む涼介を交互に見る
それは、ローが欲しかったものだ
口にも出せず、態度にも上手く出せず、可愛らしくなくとも何かを強請ることを苦手とするローがずっと欲しくて仕方が無かったもの

服なんかより、靴なんかより、何よりも…


「…ずっと」

『ん?』

「ずっと、コレが…欲しかったんだ」

『どっちが?』


ローは一瞬形の良い眉を顰め、それでもすぐに思い直し意地悪そうに弧を描く唇に


「両方、当然だろ」


細身のゴールドリングを首にかけたベポぬいぐるみの唇を押し付けた



END
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