雑誌

□いえない言葉を抱きしめた
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「おれは偵察に行って来いとは言ったが、ついでに大怪我して帰って来いと言った覚えはねぇ」

『返す言葉もありません』


俺は持ち前の身軽さと隠密術、情報収集力、手癖の悪さを買われて今回の偵察任務を受けた
いつもの通りに情報をかき集めさっさと撤収しようとした矢先、まさかまさかの展開になった
偵察先の島を出ようと船に向かう途中、どこの島で出会ったのか知らないが海軍少将2人に海賊であることがバレて追われた
素直に応戦するほど馬鹿じゃない、船に向かうのをやめて小道を通り戦力を分散させ死に物狂いでダガーと手足を振り何とか生還した

そして一難去ってまた一難

全身傷だらけなワリと重症な俺を見つけてくれたのは見張りのバンダナじゃなく絶対零度の瞳で見下ろす船長だった
そしてその瞳の温度は一℃も上昇することはなく、的確な治療を施されベッドで寝かせては貰ったがそのままお説教が始まった

本当に怖い、美人の絶対零度の瞳、怖い
隈が帽子の影で更に濃くなって怖い


「大体なァ、なんで応戦しやがったんだこの馬鹿」

『奴等かなりしつこくて…どうもどこかの島で俺に伸されたらしくて』

「はぁ、それで逆恨みされて海軍根性と私怨丸出しで追われ、応戦せざるを得なくなった、と…」

『…はい』

「この馬鹿」

『……はい』

「お前は手癖の悪さと情報収集が十八番だろうが、無理に戦闘なんぞしやがって」


そうなんだよなぁ…俺は非戦闘員な訳じゃないがそこまで強いわけでもない
模擬戦闘や訓練もしてるが、そんな急に強くなるわけがない
いまの戦闘力になるまでかなりの努力をしたんだ、じゃなきゃとっくの昔に海の藻屑になってる


『申し訳ありませんでした、次からは必ず息の根を止めます』

「いい心がけだがもっと実力をつけてからほざけ、たかが少将2人にこの様じゃあまだまだだ」

『わかってます』


わかってる、俺は弱い
でも弱いなりに努力をしてる


俺には死ねない理由も、死にたくない理由もあるから


ダダダダ、ガタッ、バタンッ


「アウディ!!」


来た、俺の死ねなくて死にたくない理由が



「おい、もっと静かに入って来い。この間抜けも一応患者だぞ、ペンギン」

「す、すいませんキャプテン…アウディは…」

「安心しろ、命に別状はねぇ。だが2週間はベッドと仲良しこよしだ、あとはお前が面倒見ろ、傷に触るから早く治してやりてぇならあまり騒ぐなよ」

「…はい」


船長、いい感じに格好良く決めて下さっているところ申し訳ありませんがちょっと俺の扱い酷くないですか
一応ってなんですか、一応って
威張れることじゃありませんけどこれでも列記とした立派な患者ですよ、俺

だから見捨てないで下さい、お願いします

ペンギンの申し訳ない姿勢のその背中に、何か黒いものが見えてるんですよ
怖いです、物凄く
心の中で呪詛のように救済要請を願っているものの、船長は見て見ぬ振りで部屋から出て行ってしまった

あぁ、くそ、怖い


「…さてアウディ、言い訳はあるか?」

『ない』

「なにも?」

『なにも』

「………謝罪も?」

『…あぁ』


謝罪すらおこがましい、そう思う
それに、いまは恐怖心が強すぎてそんな言葉を吐くことすら…


「っこの、馬鹿!!!!」

『ぁっぐ、ぅ…!』


どっちが馬鹿だ、俺は怪我人なんだぞワリと重症な
何で馬乗りになってくるんだ腹に穴が4つくらい開いてるんだぞ、開いたらどうするんだ船長に怒られるならお前も一緒だからな

なんて、そんな言葉、言えるわけもない


「お前ってヤツは、どこまで馬鹿なんだ!!海軍に見つかって、しかも少将2人!?何で戦ってるんだ何で逃げなかった!お前は手癖の悪さと逃げ足が十八番なんじゃなかったのか!?」

『は、ごほっ…ぺ、んぎ…ぅ』

「そのくせ情報は完璧に持って帰ってきやがって!!もっと自分を大切にしろと何度言えばわかるんだ!?」


その前にお前が俺を大切にするべきだと思うんだペンギン


「何で情報や仲間に回せる気遣いが自分に少しも向かない!?お前が何よりおれ達を大事に思ってることは身を持ってわかってるし今回の情報も重要性の高いものだと理解はしてる!!それでも、どうしてもう少し上手く立ち回れないんだ!?」

『ぐ、ぃ…てぇよ、ぺ、ぺんぎん』

「もっと痛がれこの馬鹿野郎!!痛がって苦しんで、自分が生きてるってことを実感しろ!!」


してるさ、身を持って、心が軋み痛むほどに
だってお前、そんな…


「ばか、ばかばかばか、大馬鹿野郎!!!!」


そんな、俺以上にいたそうで、苦しそうな顔されたら、さ…


俺だって、身体以上に、心が痛くも苦しくもなるだろう?


『ペンギン…痛い』

「当たり前だ!大怪我、してるんだぞ…っ!」

『あぁ』

「こんな…全身包帯だらけで」

『あぁ』

「お、れが、お前が重症だって聞いたとき、どんな、どれだけ、心配したかっ!!」

『…あぁ』


言ってはならない言葉が、ついて出そうになった
でも、そんな言葉は言っちゃいけない、考えてもいけない
駄目なんだ、俺は…


「なんで、なにもいわない…?なにか、あるだろっ」

『言えると思うか?』

「っ言えばいいだろ!!痛いだの苦しいだの言ってる暇があるなら言えよ!何で言ってくれないんだ!?」

『…』


俺は黙った、いくらお前でも…


「仲間だろう、おれ達…っ!」


仲間でもいえない、それがお前なら


「…っ恋人だぞ、おれは!!」


恋人のお前には、尚更…言いたくないんだ


『ペンギン、好きだ』

「っ、ちがう、だろ…なんでっ」

『愛してる』

「何で、言わないんだっ…」

『誰よりも、何よりも、お前だけだ』


お前だけ、仲間で恋人で、他の何にも変えられない、俺だけの

だから――――――


『ペンギン』


これ以上は駄目なんだ
だから変わりに沢山の好きと愛してるを口にする


『愛してる』


か細く震えるペンギンの体を、痛む傷をものともせず、いつものように抱きしめた
そうすれば、ペンギンが言葉をなくして全身で言いたいことを伝えようとすることを、俺は知っているから


「…っ、ふ、ぅ…アウディ」

『愛してる、誰よりも、ずっと、一生…お前だけ』

「…んなの、とっくにっ」

『…あぁ』


俺はただ、手先が器用で、手癖が悪くて、人より耳が良くて、身軽で
ただそれだけの男
そんな俺を好きになってくれた…愛してくれた
そんなお前に、お前ら仲間に…



言えるわけ、ねぇだろう?



「…バカヤロウ」

『あぁ、…愛してるよ、ペンギン』


何一つ、言えなくて…
変わりの言葉を吐く俺を、どうか…



(ごめん、なんて…言えない)



言ったら最後

お前にも言えないその言葉


お前がそうしてくれるのは、俺もこの腕で言葉を放っていると知っているからなんだって、知ってるから…


本当に…、俺はどうしようもないな


好きなお前だからこそ、愛しているからこそ、俺は言えないんだ


だって俺は、その言葉を口にしてしまっては…


きっと怖くて、死を望んでしまうから…







あとがき


主人公は死ぬのが怖いからごめんて言えない
ペンギンはそれを知ってるけど言って欲しい、死のうとしたら何が何でも止めるつもりでいる、それだけの覚悟をしてる
主人公はそれをわかってるけど言わない、言えない

…何これ、暗ぁ、辛ぁ…



END
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