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□ほわほわ、ぎゅう
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「おい、寝るぞ」

『んー』


おれがベッドに身体を横たえ一声掛けると涼介は読みかけの本にしおりを挟んで閉じ、部屋の灯を落としてベッドへ入ってきた
少し首を持ち上げればすぐに涼介の腕が入り込む、ここ最近ずっと一緒に寝ていたからもう条件反射だ
というのも、もともとおれが冷え性で寒くて眠れないから一緒に寝るよう我が儘を言ったのが始まりだ
寒いからカイロ代わりになれ、と素直じゃないおれの物言いに二三事文句とも言えない反論をした涼介は結局カイロ代わりを受け入れた
素直じゃないおれ、だが同じくらい涼介も素直じゃない
だが涼介の方が素直じゃない言葉の使い方が何枚も上だった


『うわ、ロー冷たいな』

「寒いんだから仕方ねぇだろ」

『じゃなきゃ一緒になんて寝てねぇだろうしな』

「…うるせぇ、さっさと寝ろ」


あくまでカイロ代わりというスタンスを崩そうとしない涼介の言葉にツキリと胸が痛む
自業自得とは言え恋人に対してあんまりだ、そう思う反面その要因を作ったのはまごう事無くおれなのだから強く反論も出来ない
胸の痛みが増さないように涼介の鎖骨に額をつけてやり過ごす
どうせ、バレているのだけれど
おれが傷付いているとわかっていても甘やかすということをしてくれない恋人に寂しさと悔しさを感じていると小さく、なぁ、と声を掛けられる
目を合わせることすら憚られてぶっきら棒に返事をすれば『あったけぇなぁ』と柔らかな声が降ってきてつい顔を上げて目が合った


『なんだよ?』

「お前がなんだ、さっきは冷たいって言ってたじゃねぇか」

『さっきはな』


訳がわからない
確かに布団に入ったばかりのときに冷えていた身体は涼介の体温を分け与えられて随分ぬくもったし、末端部も先ほどに比べれば段違いに温まった
だからといってまだまだ温かいとは言い切れない程度のぬくもりだ
思考するのに少しばかり意識が持って行かれた一瞬


『んー』

「っ!な、く、くすぐってぇ!」

『んー』


完全に無防備になっていたおれの首筋に涼介の顔が埋まり、すん、と小さな呼吸がそこをくすぐる
涼介の悪戯染みた行動はそれだけに止まらず枕にしている左手が外耳を滑り腰に回すだけだった右手が腰から肩甲骨までを撫で上げた


「やめ、ろ…ぁ」

『ふはっ、可愛いな』

「ばかっ!も、やめろ!」


身体を捩って悪戯を回避しようと試みるが上手く行かない
なんたってこんな風に戯れるなんてここ最近なかったんだ


「盛るなバカおれは明日早ぇんだよ寝かせろ!」


言葉はこんなにもハッキリとした拒絶を表すことが出来るのに行動が伴わないんじゃ効果なんてないに等しい
それも当然、本当は拒絶したいわけじゃないからだ
確実に涼介は気付いてる
だが素直じゃないおれはやめろと抗議の声をあげ形だけの抵抗をする


『嫌か?』

「っ…!」


おれは嫌に決まってんだろ!と突いて出そうになった言葉を寸出で堪えて涼介を睨み付けるだけに留めた
いくら素直じゃないおれだってこれ以上状況を悪化させたいわけじゃない
けれどいま口を開けば拒絶以外の言葉が出ない自信がない、どうすればいいか考えあぐねていると妥協してるのか微妙な提案


『じゃあ抱き締めるくらいならしていいか?』

「…べつに、嫌だとは言ってねぇ」

『でも気になって眠れないんだろ?』


また言葉に詰まって目を反らす
確かに身体を撫で回されちゃ眠れない、だからといって嫌なわけではないから触れること自体をやめて欲しいわけじゃない
だからこその抱き締めるという提案なのだろうが素直にそれでいいと返せるわけもない
迷い迷って目を反らせばどっちだと答えを急かされて反射的に言葉を紡ぐ


「っす…か、勝手にしろっ!」


好きにしろと丸投げな言葉を返しそうになったがこの言葉はベッドの中では禁句ワードだということを思い出し勝手にしろという言葉を選んだ
忘れて何度かそう言ってしまい散々好きにされたことは記憶に新しい
勝手にしろなら二者択一の中でしか選択の余地がないから答えとして一番妥当だ
どうせ言いかけた言葉に気付かれてしまっているのだろうが、それを指摘されることはなく勝手にするという言葉と同時に緩く抱き寄せられる
仕方がなくというアピールのためひとつ鼻を鳴らして身体を隙間なく密着させ脚を絡めれば涼介の支えるだけだった腕に力が込められ耳元でおやすみと囁かれた
甘く柔らかな声にたまらない衝動が生まれる
競りあがる感情のまま名前を一声呟き、おれに意識が向いた瞬間


ふちゅっ


『…んん?』

「さっさと寝ろ」

おれの物言いとは真逆な随分と可愛らしい音を立てて唇を離す
音もそうだが仄暗い中に浮かぶ涼介の顔に気恥ずかしさが込み上がり布団を引き上げてやり過ごす
あぁくそ、あっちい…こんだけ熱けりゃおれの顔なんて見なくても真っ赤なのはバレバレだ


『ふ…く、くくくっ』

「〜〜〜〜〜っ寝ろつってんだろ!」

『へいへい、おやすみ』


恥ずかしさともどかしさでどうにかなりそうなおれの唇に小さくキスが落とされた
包む様に抱き込まれて何一つ言い返すことが出来ないまま涼介は先に眠ってしまった


「…ったく、バカ涼介」


安らかな寝息を立てる涼介の間抜けに開かれた唇が恨めしくなって、けれどそれすら愛しくて…


「好きだぜ、涼介」


涼介が眠っている間だけ素直になれるなんて、どうにも卑怯臭くていやになる
それでもいつかは…

そう願いいつの間にか眠りについたおれは夢を見た
互いが素直に愛を囁きあう夢だ
どうにも胸が悪くなったのに、それが酷く幸せに思えた



END.
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