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□海中サプライズ
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ロー視点


「なんだ、ここは…」


たまの散歩と証した海中デート
今日はなんとなく、胸の内にあった燻りを溢した
何がどうしてこんな気持ちが生まれちまったのかはわからないがおれは確かにこの海王類であるジープに恋というものをしている
実るわけもまして伝わるわけでもないとわかっていた
それに物理的距離だって開いていくだろう
そうなれば諦めもつくだろうと思いどうせ伝わらないのなら吐き出してしまおうと決行したわけだが…

なんだというのか突然ジープは海底洞窟に突っ込みそのまま奥へ奥へと進んでいく
こんな所をいつ見つけたのか、ジープの体格すれすれな道の狭さで戻れるのか、不安が募るままその身体は進むのをやめない
何度も「どこまで進むんだ、戻れるのか」と問いかけたが腹に響くような唸り声が返るだけだ
その声が妙に自信に溢れているものだから更に困惑する
とにかくジープが大丈夫と言うなら…言われてはいないがジープがおれに何か危害を銜えることはないと信じているからそのまま進む道を眺めることにした


そして、冒頭の台詞へ戻る


なんだここは、こんな深い海の底にこんなものがあるなんて


「これはなんだ、鉱石か?」


同じ岩ばかりの景色が続く道を眺めていると急にジープが瞳の灯を落として驚いたのもつかの間、急に開けた場所から強烈な光が溢れた
目が慣れるまでそれほどに時間はかからず薄っすらと開くつもりだった瞼はすぐ全開になった

目の前の景色に目を奪われた

青と黄色、それが混ざったのかエメラルドグリーンの鉱石のようなものが辺り一面に広がっている
光源はどこだと探すまでもなく真上から降り注ぐ月と星の光だった
何かドーム状に膜が張ってあり空気も凝っているわけでなく換気されているかのように澄んでいる
そこまで突き詰めるつもりはないが気になることがありすぎて目が忙しなく辺りに向いてしまう
そして視界の端にジープが映る


「…おれにこれを見せたくて連れてきたのか?」

『ヴ!(あぁ!)』

「そう、か」


(あぁ、くそ…なんで)


なんで、こんなにも嬉しいのに伝える術がないんだ
確かにジープは受け答えの出来る賢い人間染みた海王類だがさっきの会話と言うかおれの独り言に近い本音の露吐を全て把握できたかと言えばそうではないだろう
人間にするように好きだと、愛してると伝えようが、キスのひとつでもしてみたとしてもきっと伝わりはしない
本当に、何でお前は…


『ゥ、ヴ…ヴ、ル、ルォオ』

「ジープ?」


今朝の治療時のように低く唸るジープ
あの時は傷が痛むのかと思ったが違った
今になって傷が疼きだすと言うのも考えにくい、だったらなんだと言うのか
名前を呼びかけてみるが低い唸りは止まない


『ル、ルル、ゥ…ヴォ、オォ』

「おい、どうした」

『ルゥ、ヴ!…ヴォ、ヴォオ、ヴー!』

「ジープ?」


なにやら一生懸命に唸っている、様にしか見えない
一体何がしたいのか、ジープの身体になにかがあるわけじゃなさそうだが…
とりあえず何かをしたいのは明白だ、見守ることに決めた


『グ、ゥヴ!ル、ォ、ル、ゥル』

「…」

『ル、ウ、ヴ!ヴ、ォ!』


なんだ、何か変わってきたな


『ヴォ!ヴォー…ルォ!』


調子が出てきたのか、さっきよりも唸りが…なんと言うか、軽快?になってきた


『ル、ヴ!…ヴォ!ヴォ!ヴォー!』


ぱちっとジープの目が瞬いた
そして顔を近づけて目を覗き込んだかと思えばおれの頬をひと舐めしてまた目を見つめてくる


「ジープ?」


見つめ返して名を呼んだ








『ヴ…ロ゛…ロ゛ー…!』







一瞬、呼吸を忘れた

だって、いまのは…おれの


「…ジープ、いま」

『ッ…ローォ゛』

「いまの、は…」




おれの、





『ヴォ、ルォオオ゛、ロ゛…ロー』






なまえ…だよな





「…いま、おれを呼んだのか?」

『ヴ』


コクリと頷きが返された


「練習してたのか?」

『ヴ』

「…他のヤツは、呼べるか?」

『ヴゥ』


首を振った、と言うことは…


「おれの名前だけ、練習したのか?」

『ヴ(あぁ)』



なんだ、このサプライズは
まさか海王類が言葉を発するなんて、どこの誰が思う?
半信半疑だったが、いま確信した
ジープは人間の言葉を完全に把握している
小難しい専門用語などはわからないと言うことはわかっていたが、説明してやれば正しく意味を理解することができると言うことだ

つまり


「…おまえ、さっきの、意味わかってるのか?」

『ヴ』

「じゃあ、答えろ」


一抹の望みを込めて、


「おれが、すきか?」


ひとかけらの思いを込めて、


その言葉を口にした




『ヴ!』




返ってきたのは大きな頷き

その直後にゆるゆると振られる首



…どっちだ?



「…すきでもきらいでもない、てことか?」

『ヴゥウ!!』



今度は大きく首が振られる
なんだ、どういう意味だ


好きでも嫌いでもないと言うわけじゃない

それでも好きかと尋ねたら大きく頷く


…もし、

もしこれが、人間同士であったなら…


「だったら…あ、あいし、んっぐ!」


あとの2文字は飲み込んでしまった
物理的に塞がれたからだ


「んんぅ、ふ…ぁ、あ、ん」


太く、長く、生温くて、熱い



ジープの爬虫類のような舌先の半分がおれの口の中に潜り込んだ
これは、まさか…人間同士であれば


(…随分と、情熱的なキスだな)


頭の片隅で冷静な自分が嘲笑った
だって、まさかだろう、誰も思いもしないだろう


海王類が、こんな人間染みたキスをするなんて、予想どころか考えることができるか?



おれは、夢に見てもまさか実現するなんて



「ふ、んっ…ジープっ、く、苦し…ぃ」

『っ!』

「っぷ、ぁ…っはぁ!」


喉の奥まで届きそうな舌に口の中を蹂躙されて息が苦しい
それだけでなく、気持ちがついていかない


『…、ロ゛ー、ォ…ッア゛、ィ』

「…」

『ァイ”、ゥ…エ、ル』

「っ…!?」



名前を呼んだだけでも驚きだったのに、これほどまでに驚くことが他にあるか?


海王類が、ジープが、いま確かに…



(あいしてる、て…いった、よな)



驚愕一色に染まりきったおれの唇に、また長い舌が這う
そして舌を仕舞い込み、今度は唇が触れる


「…順番が違ぇだろ、バァカ」


あんな情熱的なキスのあとにこんな子供染みたキスをしてくるなんて
喜びも、愛しさも、全てを綯い交ぜにしてジープの唇に吸い付いた



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