本棚

□海中サプライズ
2ページ/5ページ



「はは、船長はいつも通りの過保護だな」

『ヴヴゥ…(まったくだなペンギン)』

「まぁ心配なのはおれ達も同じだってこと忘れるなよ、ジープ」

『グル(わかってる)』


ペンギンを筆頭に「そうだぞー」とか「背中大丈夫か」とか賛同と心配の声が上がる
お前らも大概過保護だってそろそろ気付け
嫌じゃない寧ろありがたい…けどなぁ
この世界で生を受け4年だが精神的には白髭とか冥王といい勝負だと知った日にはどうなるんだろうなお前ら
お子様どころかお爺ちゃんだぜ俺
まぁ60過ぎてもバイク乗り回してツーリングとかバイクチーム持ってたりとかやってることはそこらの若者より派手だったけどな


「ジープー!これで最後だー!」

『グゥ(へいへい)』

「運んだらそのまま船長のところに行ってくれな、すげぇ心配してたからさ」

『ヴゥ(へーい)』

「…なんかおれのときだけ返事適当じゃね?」

『ヴ(何故わかった)』

「あ!いま『何故わかった』って顔した!!」

「おいおいシャチ、いくらジープが人間じみてるからって列記とした海王類なんだぜ?そんなんわかるわけねぇじゃん」

『ヴ(超正論)』

「ジープ、シャチなんか相手にしなくて良いから早く船長のところに行ってやってくれ、今か今かと待ってるぞきっと」

『グゥオ(そうする)』

「絶対したってーーー!!」


喚くシャチに背を向けて甲板に最後の荷物を下ろしローの部屋の前に回りこんだ
初めの2年くらいは船の中に水槽を持ち込んで飼われていたが3年経つ前にはもう船の中に俺の置き場所が無くなったので今は用事のあるヤツの部屋の窓に顔を出すのが日課だ
しかし、いまだに驚く事実がひとつある
この船は潜水艦で換気口は頑丈厳重で窓は嵌め込み式
潜水時に浸水しないようにするには一番安全だしそれが潜水艦の基本だ
なのに換気口は変わらないものの船内の窓という窓は嵌め込み式から手動の開閉式になった
その報告をローからされたときは心底不思議だった
心情そのままに首を傾げて見せれば「今までのように2人きりで居たいからな、他の奴等も満場一致の大賛成だ」と答えられたときの俺は海王類であるにもかかわらず驚愕と困惑を全面に現していたことだろう
その証拠にとても愉快そうに笑い「何だその顔は」といっていたから間違いない
俺は懐かしい記憶を思考の果てへと追いやり蛇のような舌で小さな窓にノックした


『ヴォオ(ロー)』

「来たか、背中を見せろ」

『ヴ(あぁ)』


すぐさま窓を開いて出てきたのは医者の顔をしたロー
こういうときは絶対に鼻を撫でてくれない、初めは拒否られたか飽きられたのかと焦ったのも記憶に新しい
当時のことは思い返すものじゃないなと目を伏せて素直に背中を差し出した


「頑張りは認めるがもう少し自分を省みろ、体当たりでマストをへし折ったときは驚いた」

『グルゥ…(頭にきたんだ…)』

「お前はまだ4歳児の子供なんだ、鱗が生えそろったところでまだ弱い。力任せじゃなく他の方法を考えろ…いいな?」

『グァウ、ヴォオ(アイアイ、ロー)』


確かにローの言うことはもっともだ
俺は昔から熱くなりやすくてすぐに手足が出るタイプだ、それは今も変わらない
相手に手を出されればそれが最後、俺は相手が戦意喪失していようが土下座して許しを請おうがお構い無しに暴行を続ける
よく年少送りにならなかったもんだと若かりし頃の自分を笑った


「できたぞ、今日一日はできるだけ海面に居ろ、身体を動かすなとは言わないが背中を丸めたりするなよ」

『グルァア(極力そうする)』

「イイコだ」

『(どっちかってーとかなりのワルイコだけどな)』


あー、ローってマジでゴッドハンド…一生これに抗える気がしない
このあとにあるおねだりにも一生逆らえねぇわこれ


「…なぁジープ、今日の夜デートするか」

『ヴォァ(そうだな)』

「安心しろ、しばらくは安定した海域だ」

『ヴ(らしいな)』


デートとは言葉そのままに可愛らしい響きに似合いの夜の海中散歩のことだ
俺の額には人一人分位の空洞があってドーム状の皮膜を張ればある程度空気を溜めて置くことができ、目玉は俺の意思で光を出すことができる
そこはローのみの特等席で海に嫌われた慰みなのかたまにこうして海の底へ行きたがる
人間と海王類がデートというのもおかしな話だがローがそれでいいならいいのかと誘われて数回で心の中の否定を諦めた


「楽しみだ」


笑い声を含んだ柔らかなトーンの呟き
いつものように人を食った様で人を嘲笑うようで不気味な笑みでなく心の底から綻んだ笑み
そんなモン見ちまったら断るなんて選択肢が霧散するのも仕方ない
俺は海王類ゆえに言葉を発することができない、この声帯から生まれるのは地鳴りのような獣の唸りのみ
ならばボディランゲージしかあるまいと、喜びや幸せを示すときには人の頬に舌を滑らせたり鼻先を摺り寄せてみたりしている
そしてローは腹の辺りに鼻先を埋められるのが好きらしく、『俺も楽しみだ』という意味を滲ませて普段より少しだけ力を入れてその見事に割れた腹筋へと鼻を押し当てた


「へへ、お前も楽しみなのかジープ?」

『グルルルゥ(勿論だ)』

「だったら夜まではおとなしくしてるんだぞ、ドタキャンなんかしてみろ…二度と撫でてやらないからな」


言葉にされると随分可愛らしい罰だと思うが生まれてこの方その瞬間からゴッドハンドの餌食になってる俺だ、それは正直死ぬほど辛い罰だ
了解の意を込めて撫でる手に舌を這わせた
くすぐったそうにしながらも払い除けられないことを俺は知ってる
そうだ、俺は何でも知ってる
ローのことなら、何でも

そう言い切れるのは前世から引き継いだ記憶と、日々必ずローが傍に居るから

生まれてから4年、ローは一度たりとも俺から離れたことが無い
勿論一定範囲、一定時間離れることはある
それでも、辛いときや一人に成りたいであろう時こそローは俺の傍に居る
苦しげに、切なげに、悲しげに、苛立たしげに、俺の名を繰り返し呼び続ける
俺は名を呼ばれるたびに必ずアクションを起こし、それに答える
…時々、俺は人間に転生していた方が良かったのかもしれないと思うときがある
それでも、もしかして今の俺が人間だったら出会う出会わないは別にして、辛いときや悲しいときに傍にいさせてくれなかったかもしれないそう思えば言葉にできない分大胆に動きやすく自ら近寄ってきてくれるこの姿の方がいいのかもしれないと思える

…というか、そうでなければ諦めがつかない

なんせ俺のこの思いは前世の頃からのものだ、かなり長い片思いになる
俺はロマンチストじゃないが、運命なのかもしれない


『ゥオ、ルォオ…』

「ん?どうした?」

『ウ、ヴ…ルゥ』

「おい、ジープ?傷が痛むのか?」


違う、そんなものは痛くない


『…ヴォオ(…ロー)』

「ジープ?」


なんでもない、そう言い聞かせるようにまた鼻の頭をローの腹に押し付けた
今は仕方ない、今日の夜までになんとかしなきゃな

なんたって、久しぶりのデートなんだから



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ