本棚

□好きなところ
2ページ/2ページ




Q.恋人の嫌いなところを教えてください



「…え」

『え、ねぇの?俺の嫌いなところ』



事後、散々泣かされて啼かされた

2人で風呂に入ってソファで後ろから抱きしめられて幸せな余韻に浸っていたところに今の質問

コイツは本当に色々と異常だ、主に思考回路が



「とりあえずこういった無関心におれを傷つけるところは嫌だ」

『他は?』

「…それこそありすぎて出てこねぇよ」

『へぇ』



そう言って銜えていたタバコを深く吸っておれに煙が掛からないように吐き出す


こういうところも、嫌いだ


ヘビースモーカーなジープにタバコを止めろといったところで無駄なのは恋人関係になる前からわかりきっている

けど、少しは本数を減らしてくれたら…そう思う

飯を食う時、風呂に入る時、情事中、睡眠中…ジープがタバコを吸っていないときなんてそんなもんだ

コイツのお陰で、何度その唇に触れることを諦めたか、数えるのも馬鹿らしい



でも、それを言えないのも事実で…



どちらかといえば、ジープに不満があるわけじゃなくおれ自身に嫌なところがありすぎる




けれど、その原因はやはりジープで…



『じゃあさ』



おれの思考を遮るようにジープが口を開く

ちょうど吸い終えたのか短くなったタバコを灰皿に押し付けた



(?…いつもより短くない)



灰皿に放られた吸殻が、いつもより長い


ジープはスラムの出身らしく、本人曰く『貧乏性が抜けないんだ』と言ってタバコはフィルターに焦げが届くまで吸うし、骨付きの肉には軟骨どころか肉の欠片も残さないし、サービスで出される水の氷すら残すのを見た事がない

不審に思いジープの顔を見上げた




(―――あ、)




その瞬間振ってくる、柔らかな口付け

唇を優しく食まれ、ジープの赤い舌がチロリと舐めて、もう一度触れて、離れる

その動きはあまりに緩慢で、優しい



「ジープ…?」

『そーいう呆けた顔、可愛くて好き』

「は…?」



するりと頬を撫でる手からタバコの香りがして、慣れているはずなのにくらりと思考が揺らぐ



『柔らかくはないけど肌綺麗だし』

「な、に」

『やっぱりこの目がいいな、綺麗な黄色で…お前は知らないだろうけど、この目が潤むとキラキラしてすげぇ綺麗なんだ』

「は…ぇ、なんだ、急に…」

『んー?』



髪に、生え際に、目元に、次々と柔らかな感触が触れては離れていく

思考が完全に溶け始めてなんとか搾り出した言葉に返って来たのは、羽のように軽く、触れてくる温度と同じくらい柔らかい声




『嫌いなところがひとつしかないって言うからさぁ、俺が嫌いなところあげてったら思いつくかと思ったんだけど…そもそも嫌いなところも可愛く思えるから結局嫌いなところがないんだよなぁ…ざぁんねん』



残念、なんて、ちっとも思っていないくせに

だって、少しも残念そうな顔、してねぇだろ

声だって、そんなに柔らかくて




『なぁ、本当にない?俺の嫌いなところ』




だから、そういう所が




「嫌いなところなんて、山ほどある」

『たとえば?』

「…そうやって、わかってるくせに聞いてくる余裕綽々なところ」

『他には?』

「この、温けぇ腕…」

『なんで?』

「…いつも、おればっかり、貰う」



素直じゃないおれに、いとも簡単に本音をさらけ出させるから

ジープの愛情で溢れかえって、おれの思いなんて、届かないから

与えられてばかりで、それに慣れさせられて、何も返せないのが悔しい



「だから、きらい、だ」

『他には?』

「その声、いやだ」

『なんで?』

「頭がおかしくなる、何も、聞こえなくなる」



真綿のような声はおれを安心させる


叱責の声はおれを怯えさせる


指示を出す声はおれをときめかせる


呆れの声はおれを不安にさせる


歓喜の声はおれを喜ばせる


情事中の声はおれを狂わせる



もっと色々な声を、言葉を、聴きたくて、聞き逃したくなくて

ジープのことしか考えられなくなる



「…きらい」

『他には?』

「その目」

『なんで?』



目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ

ジープは本音は口に出すけれど本心は瞳の奥に隠す

口下手なわけじゃないから気付かれにくい

ただ、よく見ていればわかる



ずっと見続けてきたんだ



誰よりも、何よりも、ずっと俺の視界を独占し続けるジープ




だから気付いた




時々向けられる苛立ったような瞳、嫉妬の炎がちらちらと燃えている

常に向けられる興味と好奇の瞳、探るように見詰めるそれはいつもキラキラしている

誰にも見せたことのないだろうくすんだ瞳、光届かない深海のように深い色は孤独とも拒絶ともいえない雰囲気をしている

唐突に向けられる性的な瞳、枯渇した泉のようにざらついた視線の奥、その先に溢れ出さんばかりの激情が潜んでる



他にも沢山、数多の色の瞳を、おれは、おれだけが知っている



その多彩さに、おれは視界ばかりでなく思考、心までもを奪われた

与えるくせにそれ以上に奪っていく



おればかりが奪われ、与えられる



そこに少しの優越感や幸福感を覚えるけれど、それも刹那に過ぎる


残るのは、後悔



おれだって、おれの方が、ジープが思う以上に想っているのに

それを勝手に汲み取っておれの口からで無く、お前の口から発せられる



以前、お前は言ったな



“お前、口は素直じゃないのに瞳は素直なんだな、わかりやすい”



おれはこう返したかった



“お互い様だ”



実際に出た言葉は



“うるせぇ”



なんとも可愛くなくて素直じゃない言葉

なのにお前は笑っていたな

面白そうに、どこか嬉しそうに




そういうところも




「きらい、きらいだ…」

『そうか』



うそだ、嫌いだなんて…



『俺はそういうお前が好きだよ』




嫌いだけど…そんなところも





こんなおれを可愛いと、好きだといってくれるお前を嫌いになんか…




『好き』

「…きらい」

『大好き』

「だいきらい、だ」

『愛してるよ、ロー』





“おれだって愛してる”と返させてくれないところだけは、好きにはなれないけれど…





A.おれを素直にさせてくれないところが嫌い




END


.
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ