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□特別なあなたに
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コック主とペンギンのバレンタイン




「おはようジープ」

『よぉペンギン』



まだ朝早いにもかかわらず、いつも通りの姿で現れたペンギン

ジープが軽く挨拶をすれば面白そうに笑って聞いた



「さっき外が騒がしかったが、またシャチで遊んだのか?」

『くくく、まぁな。照れ隠しがちと行き過ぎたんだ』

「程々にして置けよ、時々シャチがおれの所に来て泣きながら愚痴っては帰っていくんだ」

『はは、迷惑かけてすまねぇ』

「朝食にポテトサラダで手を打とう」

『アイアイ、ペンギン』



言い方の割に安上がりな提案をするペンギンに笑い、日課であるコーヒータイムを取るべくペンギンと共に厨房へ向かう

そして、ふと気が付いた

ジープ愛用のタバコに混じる、その香り



「…ジープ、なんか甘い匂いがするな」

『あぁ、チョコレートの匂いだろ』

「?…なんでそんな匂いが?お前、そこまでチョコ好きだったか?」

『んなワケあるか、今日はバレンタインだからな、むさ苦しく寂しい男共へのささやかなプレゼントだ』



喉で笑うジープにペンギンは帽子の下の瞳を細めて苦々しく言う



「プレゼントという名の嫌がらせだろうが」

『バレたか』

「バレバレだ」

『くくく、何人かはありがたがるだろうから、黙っとけよ。今ならポテトサラダに俺特製スクランブルエッグが付くぜ?』

「仕方がないな、黙っててやるか」

『満更でもねぇくせに』

「まぁな」



テンポのよい会話、中身なんて薄っぺらなものなのにどこか心地よい

近くもなく、遠くもない、けれどお互いのことは同じだけ深く信用している

仲間で、友人で、そして同士のような

形容し難いその関係が、2人は気に入っている




『いまコーヒー入れるから待ってろ』

「あぁ」



厨房に着き、ペンギンはいつの間にか定位置のカウンター席に、ジープはコーヒーを入れる

いつもと変わらず安い豆から上質な香りが漂い、その味を思い返すだけで脳が緩やかに回転を始めた



『お待ち』

「ありがとう」

『それと、これな』

「なんだ?」



コトリと置かれたマグカップの横には菓子

チョコレートが使われていることでバレンタインだからというのはわかる

しかし、もともと甘いものに執着のないペンギンは菓子の正体がわからなかった



『ブラウニーだ。カカオ濃度高めにしてあるから、そんなに甘いものが好きじゃなくても食える』

「そうか」



ペンギンと同じく定位置になっている席ひとつ分空いた所に腰を下ろすジープはすでにひとつブラウニーをつまんでいた

それに習い、ペンギンもブラウニーを口に運ぶ



「美味いな」

『苦すぎねぇか?』

「あぁ、丁度良い」

『よっしゃ』



小さくガッツポーズをするジープに嬉しそうだな、と問えば意外な言葉



『この味作るのに27回失敗したからな、報われたら嬉しいモンだろう』

「27!?」

『うっせぇな、驚きすぎだ。シャチといいお前といい、俺の鼓膜を破る気か』

「…お前が食い物で失敗するってのが、想像付かん」

『だったらそこから下覗いてみろ』

「??」



言われたとおりにカウンターの向こうを除いてみれば、失敗した(とは思えないほどに美味しそうな)ブラウニーの山、が、4つ



「コレ、どうするんだ?」

『勿論、食う。コレよりずっと甘いのから苦いのまでバリエーション豊富だからな、朝食の付け合せにでも出してやるさ』

「…なんか、すまないな」

『俺が作りたくて作ったんだ、ペンギンが気負うことはねぇさ』



くすぐったそうに笑うジープに、ペンギンも同じように笑った

それから少しの間、コーヒーとブラウニーに舌鼓を打ちながら談笑していたペンギンがそろそろ仕事をしようと席を立とうとした時



『ちょい待ってろ』

「なんだ?」

『いいから』

「??」



言われたとおりに座って待っていれば、数秒で戻ってきたジープ、その手には小さな包み

受け取ってみれば、ポピュラーなトリュフが7つ入っている



『コレが本命』

「はぁ!?」

『さっきのはその他大勢の奴にやる分の試食してもらっただけだ。お前のはこれ』

「…わざわざ作り分けたのか?」

『あぁ。まぁ、分けてるのはお前とシャチとベポとローだけだがな』



何でもないように言うが、それはかなり面倒なことだったはず

調理に関して飽くなき探究心を前面に出す男であることは周知の事実だが、あくまで船員に作るべきものは栄養バランスの考えられた料理

こういったイベント系のものは作る必要がなければ義務もない

そして、料理の変人といわれつつあるジープも面倒に思うことだってあるだろう

その証拠に、料理以外には特に興味も示さず、タバコを吸うが依存しているわけではないし、酒も強いが嗜む程度にしか飲まない

リスクとリターンを考える人間が、わざわざ4人分だけ違うものを用意し、更に少なくない人数分のチョコレートまで用意した



「…何か、裏があるのか?」

『かなりゲスい人間だと自覚はあるが、人は選ぶぞ俺は』

「おれは除外されていると思って良いのか?」

『質問が多い。何ならお礼を30倍返しで受け取ってやっても良いんだぜ』

「多いわっ!!」



勢い良く突っ込んだペンギンは一瞬で酷く疲れた気がして溜め息をひとつ

次の瞬間には、頭に少しの重み

ジープがペンギンの頭を撫でているのだ



『それ、ある意味特別だからな』

「特別?」

『いつも何かとフォローしてくれるし、これでも結構頼りにしてんだぜ?』

「フォローされてる自覚あったのか」

『一応な』



くつくつ笑うそれはペンギンの良く知るもので、それでも普段触れられることのない頭に置かれた手がなんだか照れくさい



「まぁ、仕方ない。先取り買収されてやるか」

『くくく、これからも頼むぜ、ペンギン』

「ははは、アイアイ、ジープ」



それを皮切りにジープは仕込みに戻り、ペンギンは書類仕事をしに事務室へ向かった

ジープ特製トリュフを食べながら、今日の書類仕事はいつもより数段速く終わりそうだ、とペンギンは確信した

それはきっと、いつもより踊る気持ちと



「美味いなぁ…」



コーヒーの味と風味を存分に生かした、このトリュフのおかげだろう



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