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□海中サプライズ
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突然ではあるが、俺は元人間である

所謂「転生」というものらしいと気が付いたのは眼前に付き付けられた光景に見覚えがありすぎたからだ



「おいジープ!荷物運ぶの手伝ってくれよ!」



ほら、今日も現実が目の前にある






我は○○である






目の前に広がるのは青い海と大空


と、


それなりに大きく立派な船だったものの残骸と負傷者とその血液と成れの果て




と、




血みどろになりながらもいつも通り明るい笑顔で手を振る仲間達




『グゥルル…(生臭い)』

「甲板にベポ達いるからそこに降ろしてくれ!」

『ヴゥ(はいはい)』

「おーい!ジープ来たから戦利品乗せてけー!」


俺の頭、もっと言えば額の辺りに固定された籠へどんどん荷物が乗せられていく
重くもなんともないが首を固定するのは疲れるんだ、早く乗せてくれないか


「よし、一端運んでくれ!」

『グゥ(了解)』


運ぶといってもたいした距離はない
もっとも、それは『俺が』という話なだけだ


『グルゥ(ベポ)』

「ジープありがとう!まだあるのかな?」

『グルル(ある)』

「そっか!がんばれよ!」

『…グヴゥル(…それなりにな)』


船を沈めない程度に首を甲板に乗せて少し待機
そうしていれば勝手に俺の頭に次々と船員達が登ってくる、もう何度もやった流れだ


『ヴゥ…ルルル(クソ…首痛ぇ)』

「ベポ、ジープのヤツなんだって?」

「うーん、わかんない」

「種族の壁ってやつかぁ…」


それ以前の問題だと思うけどな
まぁ、それを伝える手段なんて無いんだから思うだけだ


「おれがいくらミンク族だからってわからないよ、ジープは海王類だもん」


そう、俺は『元人間』で『現海王類』だ
正直な話、俺の前世は悲惨でも幸福でもない中途半端で曖昧で微温湯に浸かっているようでけれど足はきちんと地面に着いていて…なんとも形容しがたい人生だった

それがここでの人生…否、人外生はどうだ?

待遇的には幸福だけれど目の前に移る現実は悲惨で生と死と勝敗が白黒ハッキリしていて身体は物理的に海水に浸かり付いていた足などなく代わりの尾ひれ背びれが確かに水を掻く

今まで何事も無く無さ過ぎるくらいの人生を送った俺、それが何故こんな世界でこんな生物に転生したのか、知る術はないし知りたいとも思わないが何度と無く自問自答してしまう
それは前世への未練なのか現世への理解拒否から来る逃避なのかそれすらわからない

で、俺は諦めた

考え込むことも海王類なんてものに転生したことも目の前の争いもそれで誰かが傷つき死ぬことも何もかも

全てを諦め、そして受け入れる訳でも無く『俺という存在が居るという事実』だけを認識することに決めた

そう考え始めた頃から随分と生き易くなった
今となっちゃ悠々と海遊でき食いたくなったら食い眠りたくなったら眠りたまに船員を手伝うことで己の地位や命の保障性が高まる
困ることといえば意思の疎通くらいだ、それでもイエスかノーかで答えることはできるし結果として答えがわかるようにすればいいだけだ、特に不満という不満は無い

まぁまとめれば前世に比べれば好き勝手しやすい、だから人外でも構わないってことだ

それに俺はとことんツイているらしい
なんたって嵐の夜に高波で打ち上げられた卵だった俺は運良く甲板真上に落下しそれを孵化されこうしてペットとしてこのハートの海賊団に属しているのだから


「ジープ、手伝いか」

『ヴォオ(あ、ロー)』

「今日も良くやった、後で傷の手当てをしてやるからな」

『グゥ(頼む)』


ローは俺に甘い、ベポ並みに甘い
何度か静かな水面で自分の姿を見たが可愛くない寧ろ厳ついというか凶暴さが全身から溢れ出るまさに海王類のそれ
内面は俺のままだからそれなりに適当で波風立てないある程度怠惰的平和主義者だ
ペットという地位に居ても可愛がられる要素なんかひとつも無い
だというのに、ローは俺に甘い
ロー程でないにしても船員も甘い
怪我をすれば全員で手当てしようとするし俺が遊び半分で他の海王類に喧嘩売ってたら全員で助けに出てくるし海賊に売られそうになった時なんか戦利品諸共海の藻屑にしたこともある

一体何故そんなに愛されるのかはわからないが俺に利益があるなら詮索はしない、できもしないけどな


「顔は…怪我してねぇな、背中だけか?」

『ヴ(あぁ)』

「そうか、無茶はするなよ」

『ヴ(あぁ)』


ベポにするように鼻の辺りを撫でられる、実は意外と気持ちがいい
まだこの世界に転生して4年ほどだからまだ対して大きくない俺
いつまでこの感触を味わえるかわからないから今のうちにたくさん撫でてもらおうとローの手に鼻の頭を寄せる
そうするとローが嬉々としてその要求を呑んでくれると知ってるからだ


「荷運びが終わったら部屋に来い、いいな?」

『グウゥ、ヴォオ(アイアイ、ロー)』

「イイコだ」


数回撫でて満足そうに船内に消えるローを見送ってから俺は荷運びに戻る
これもいつものことだ



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