MAIN2(短編)

□アリとキリギリス
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ある晴れた日に一匹のキリギリス、Sが生まれました。彼はとても大きく、成虫になりたての頃から皆を惹き付ける声をしていました。彼は歌が好きでした。だから街角などで歌を歌ってその日暮らしをしていました。好きな歌を好きなだけ歌って楽しく暮らしていたSは、ある日あくせくと働く小さな一匹のアリを見つけました。
働きアリのNは一等小さく生まれました。卵が大きかったため、さぞかし立派なアリが生まれるだろうと期待されていた彼は、生まれてすぐに失望の視線に囲まれました。彼のせいではありませんでしたが、Nはこれ以上の失望を恐れて体を壊すほどに毎日働きました。結局彼が一人前と皆に認められた時には、後ろ足を無くしていました。今後引っ越しがあるならば置いていかれるか、死にかければ餌になるという時にSの歌を聞きました。
彼らはその時互いに恋に落ちました。目があった瞬間に胸がいっぱいになってなにかが溢れだしたのです。しかし、互いに打ち明けられず、遠くから見つめるだけでした。Sは歌う時にはNに声が届くといいと一層心を込めて歌いました。Nは働く時になるべく近くを通り、そのSの姿と声を目と耳に焼き付けました。そんな毎日を繰り返すだけでしたが、二人はそれだけで幸せでした。
やがて秋の終わりが来ました。アリであるNは冬支度のために一層働きました。その為、Sの姿を見ることのできない辛い日々が続きました。SはNに思いを馳せ、気を振り絞って歌い続けました。キリギリスのSは完全に冬になる頃には自分の体が動かなくなることが分かっていました。Sは最後の時間に向け覚悟を決めると、Nの姿を見られる日を待ち望み歌い続けました。
冬支度が一段落して、久しぶりにSの歌を聴きに言ったNは、声が聞こえてこないことに気づきました。慌ててSに近づくと、口に耳を寄せなければ聞こえないほどの小さな声でSは壁に寄りかかって座り込みながら歌っていました。Nに気づいたSは泣いている彼に笑いかけ、小さな声で一つのお願いをしました。Nはそれを聞いて更にボロボロと泣きながらそのお願いを受け入れました。Sは歌を一つ歌ってNに小さくキスをしてそれきり動かなくなりました。
NはSの頭を泣きながら胴体から切り離し、巣の自分の部屋へ持ち帰りました。彼はSの頭を冬いっぱいを使って自分の中に納めるように食べました。Sの日々少しずつ減っていく頭を見ながら、彼が最後に自分に歌ってくれた歌を歌いました。そうして、冬が終わる頃にはSとNは一つになりました。
Nは枯れた涙を流し続けながら歌を歌い続け、春が感じられる頃に静かに動かなくなりました。Nの部屋には、いつまでも歌が小さく響いていました。

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