MAIN2(短編)

□マッドサイエンティスト
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彼はマッドサイエンティスト。人類的には全く無害なマッドサイエンティスト。
変な機能の付いた人造人間は造らないし、核爆弾なんてこれっぽっちも興味がない。部屋は散らかっていないし、髪はいつもきれいに七三分け。変な音のする実験は終ぞしたことがないし、白衣を着たことさえない。いつも白衣じゃなくて三つ揃えのぴしっと決まった黒いスーツにほどほどの高さの紳士の帽子を身に着けている。その上顔は上の上だから女性はみんな振り返る。男だって、彼がもう完璧すぎて劣等感すら抱かない。
それでも彼はマッドサイエンティスト。年をとらないマッドサイエンティスト。彼の正体は吸血鬼でもなく仙人でもなく人間だ。ただし、体は一年で溶けてなくなってしまう。不死鳥のように生き返りはしない。全身溶けて蒸発して消えるのだ。


「今日は足が造れたぞ」
彼の前には液体につけられた、彼の尻から下の足二つ。すごいジャンプ力があるとか音速を超えて走れるとかそんな機能はついていない。今の彼についている足と同じように走れて同じようにジャンプできる普通の足だ。
「今日は腹が造れたぞ」
彼の前には液体につけられた、彼の鳩尾から下の腹とそれにくっついたこの間造った下半身。なんでも溶かす胃液の出る胃や何かが他の臓器の代用をしているというような機能はついていない。今の彼についている胃と同じように適度に丈夫でそれぞれの臓器がそれぞれの機能をまっとうしている。
「今日は胸が造れたぞ」
彼の前には液体につけられた彼の首から下の胸とそれにくっついたこの間造った腹と下半身。肺活量が半端ないとか心臓が動いていないとかそんなことはない。今の彼についている肺と同じようにそこそこの肺活量だし、心臓はちゃんと動いて血液を送っている。
「今日は腕が造れたぞ」
彼の前には液体につけられた、彼の腕とそれがくっつけられた胸と腹と下半身。爪が獣のように鋭いだとか人の頭蓋を砕くぐらいの握力があるだとかそんな機能はついていない。今の彼についている腕と同じように日々少しずつ爪は伸びるし、リンゴを砕けるぐらいの握力しかない。
「今日は頭を造れたぞ」
彼の前には液体につけられた、彼の頭とそれにくっついたこの間大慌てで造った首と、腕と胸と腹と下半身。視力が超人的だとか歯が肉食獣のようだとかそんな機能はついていない。今の彼についている眼と同じように若干乱視が入っているもののよく見える眼であるし、歯は犬歯以外特にこれと言って鋭くはない。
「今日は死ぬ日だな」
彼の前には液体につけられた彼の完成した肉体。髪も今の彼と同じような長さだし、脳の記憶も問題ない。これで彼はいつ死んでも大丈夫なようになった。
前回造った時と同じように造れたから思い残すこともないし、特に親しい人もいない。強いて言えば今回も一年しか持たない体だったということだ。しかし、これ以上は極めることができないと解っているので、後悔はない。不老不死などというものにもなろうとは思わないし、仮になったとして何をするというわけでもない。毎年のこの【自分の体と寸分の狂いもない同じものを造り続ける】行為を続ける、ということができなくなってしまうのが彼にとってこの世で一番の恐れであり、決して止められないものなのである。
所謂、彼はそういう狂いなのだ、ということだ。自分の体を繰り返し造り続けるという本人には至極当然のような行為は人類的には全く無害。しかし、絶対に理解されない。ゆえに無害でも彼はマッドサイエンティスト。他の代表的なマッドサイエンティストのように生体実験はしないし、これ見よがしに白衣も着ない。上空にカラスが飛ぶような蔦の生い茂るおどろおどろしい家にも住まない。意味不明な言動もしないし変な笑い方もしゃべり方もしない。自分で立てた理論の通りに体を造って成功したし、服も、髪の乱れもない。家の周りは綺麗な花などで四季を楽しんでいるし、家も独り暮らしには十分な大きさの洒落たものだ。紅茶の茶葉も自分で作るし、食べる野菜も家畜だって丁寧に育てている。それこそ、機械仕掛けのようにぴっちりと。




彼はマッドサイエンティスト。人類的には全く無害なマッドサイエンティスト。
マッドサイエンティストにも理解されない、マッドサイエンティスト。
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