■Ironhide■

□【変われない世界と街と人と、心】
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香織は暗い道でバスを待っていた

ショッピングが長引き夕方に帰るはずがすっかり日が暮れてしまった

寒そうにマフラーを巻き直すとふと、遠くからカンコンカンコンと音がするのでそちらに目を向ける

街灯の明かりで見えたのは、杖を身体の前に出して歩く1人の老人だった

一目で目が不自由だとわかる

香織はぶつからないように一歩下がって道をあけた

カンコンカンコンと左、真ん中、右をリズミカルに叩いて目の前を通る

すると、少し進んだ先にカツンとバイクに杖が当たった

老人は一瞬止まったが、バイクをよけてまた進みだす




「おい、じいさん!今俺のバイクに傷つけたよなぁ?」

バイクの持ち主が丁度帰ってきたらしく、しかも3人の男だった

「ここすげー傷がついてんですけど。こりゃぁ数十万はするなぁ。年代物なんだよ。」

老人は「すみません」と謝るがそれで返してくれるわけはなかった

「障害者手当てってので結構貰ってんだろ?今すぐ弁償してくれねぇかな。」


香織は非道な行為に見てられずツカツカと男達の方へと歩く


そしてバイクを思い切り蹴り転倒させた

ガタン!と大きな音を立てながらバイクのミラーは折れて地面をすべる

「傷がつくっていうのは、こういう事を言うんですよ!」

唖然とした男達はすぐに口を開いた

「てめぇ!何しやがんだ!!」

「だいたいここバイク停める所じゃないし、杖が当たったくらいで傷つくボロボロバイクを選んだのはアンタでしょ?」

「俺等と遊んで欲しいようだな!!」

男は香織を壁に思い切り突き飛ばしたので頭を打ちつけ地面へと倒れこむ

髪をつかみ無理やり顔を上げさせると後ろのほうで違う男の声がした







「確かに脆いバイクだ。」

振り向くとかなりガタイの良い男がバイクのハンドルを簡単に手でバキリとへし折る

「アイアンハイド…!」

ヒューマンモードで反対側の歩道に居たアイアンハイドはこの光景を見ていた

「訓練のサンドバックにもなりやしないな。」

振り下ろした腕はバイクのボディをこれも簡単に潰し思い切りヘコませた

「なっ…てめぇ!ふざけんな!」

怪力に圧倒されつつ、こっちは3人だという強気な態度で男達はアイアンハイドに飛び掛る

「返すぞオンボロバイク。」

アイアンハイドはバイクを持ち上げ向かってくる男達に放り投げた

3人のうちの2人に直撃しガンッ、バキッと鈍く骨の折れるような音がしたと同時に

バイクの下敷きになった2人は悲鳴をあげる

数百キロもある鉄が自分の上にあれば当然痛いどころではないだろう

もがく2人をよそにもう1人の男は逃げようと背を向けた


「ミラー忘れてんぞ。」

軽く投げたつもりだが後頭部にガン、と当てたれた男はその場で気絶してしまった




「お嬢さん?大丈夫かい…?」

老人は香織が居るであろう方向に体を向け声をかける

「立てるか。」

アイアンハイドは腕を掴み立ち上がるのを助ける


「ありがとう。おじいさん、私は大丈夫ですよ。」


体についた汚れを軽く払う

頭を打ち付けたからか、ズキンと痛みが走った

「すまんね。私のせいで迷惑をかけてしまって…本当に申し訳ない事をした…すまないね…。」



老人は謝り、下を向く

「…おじいさんは何も悪くないですよ。謝らないで下さい。」



小さく背中を丸めるおじいさんになぜか心がキュッとなった

「今日は、息子の誕生日で…どうしても自分でプレゼントを選びたかったんだ。」

そう言うと青いリボンで結ばれた長細い箱をバックからちらりと取り出した

箱からしてネクタイのようだ

リボンにはさまれていたカードには自分で書いたであろう不器用な文字で

≪愛する息子 ジャックへ≫とあった





「父さん!こんな夜に1人で出歩いたらだめだろ!!帰れなくなったらどうするんだ!」


強い口調で怒鳴り声にも似た声で1人の男が走ってきた


息子はおじいさんが家に居ない事に気づき探し回っていたのだ



「、この人達は…!?」

香織とアイアンハイドに目を向けたが

何よりバイクの下敷きになって弱々しくうなり声をあげてる男2人と道路で倒れている男に驚く

「私の杖がこの男達のバイクに当たってしまってね…

絡まれている所をこのお2人が助けて下さったんだ。」


息子は2人を見るなり頭を下げた

「俺の父が迷惑かけてすみませんでした。あの、怪我は」

「…大丈夫です。気にしないで下さい。」



また、キュッと心が痛んだ



「何かお詫びをしたいのですが…お名前は?」

「いえ、私は何もしてないです。」

「ですが、迷惑をかけたお詫びに何か送らせてください。」

香織を申し訳なさそうに見る男性

自分の父親が危ない目に合わせたのだからお詫びをしたくなるのも無理は無いだろう




「……物は何も入りません。でもその代わりにおじいさんを責めないであげてください。」

じゃぁ、と足早にその場を去っていった香織

アイアンハイドも思わず後を追いかけるように去って行った





「もっと早く俺が行けば良かったな。歩くなら家まで送るぞ。」

「ううん、歩きたい……」

香織をふと見るとその目には涙がたまっていた


「おい、何処か痛むのか?ならすぐにラチェットに」



ふるふると横に首を振った

確かに少しズキズキするが、頭の痛みで泣いてるわけじゃない



「あのおじいさんはきっと…謝って今まで生きてきたんだろうなって、思ったら…悲しくなって」





ありがとうの言葉はなかった



感謝がないというわけではなく



自分のせいで迷惑をかけてしまった事をただ、とても申し訳なく感じている



きっと他の人に助けられた時も申し訳ない気持ちなのだろう

あの息子さんもおじいさんのために何回も頭を下げた時があったのだろう



だけどおじいさんは他人に迷惑をかけるとわかっていても

愛する息子のためにプレゼントを選びに街へ1人で出た

きっと店員と゛色゛を相談しながら息子の笑顔を楽しみにしてただろう



息子さんはどんな反応をするのだろう


嬉しく感じるのか、それとも…







「せめて、今日だけは怒鳴らないでおじいさんにありがとうって言ってほしい…

勝手な願いだけど、そうであってほしい……」





「…あぁ。」





人に優しくしましょうとか
そんな教科書みたいな言葉ではなく

偽善に強要された思考ではなく

心から見ず知らずの初対面の人に幸福があるようにと願った

小さな喜びでも良い
幸福で笑える瞬間が少しでもあるなら

私もきっと嬉しくて、だけど切なさも感じるだろう
誰が何を感じて思おうとも、今日と変わらぬ明日の街や人が


悲しくて寂しいと思った







END

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