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□貴方のために
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いつだったか本部で七武海の召集があったときにクロコダイルが連れていた、奴にはとても似つかわしくない小さな少女。連れていた、というより着いてきた、という方が正しいのだろう。
しかし、クロコダイルさんクロコダイルさん、と周りに引っ付いて回るその少女をクロコダイルも何も言わずに連れているのだから多少なりとも大事には扱っているのだろう。

『魚人空手は水を操ると聞きました!水を操れたらクロコダイルさんの天敵からクロコダイルさんを守れますよね!?』

海賊だろうと海軍だろうと魚人だろうと分け隔てなく接する彼女を、皆が好いていた。クロコダイルはあまりいい顔をしなかったが、あの場にいた誰もが彼女の笑顔を特別だと感じていたに違いなかった。

『クロコダイルさんに救われたんです』

しかし、いつ会っても笑顔を絶やすことなかった少女はあの時ばかりは泣くしかなかったらしい。

『クロコダイルさんがいなければ私は生きていなかった。クロコダイルさんが私をどう思っていても、側にいてくれればそれでよかった。クロコダイルさんが私を信用していなくても、私が勝手にあの人を守れればそれでよかった』

多少勘違いをしていた部分もあったが、自分に魚人空手を教えてくれと乞うた少女はそんじょそこらの海賊には負けぬほどの力をつけた。
それでも、彼女は守れなかった。

『あの人がいなければ意味がないんです…!』

海軍に連れて行かれるクロコダイルを見ていることしかできなかった。自分の力が及ばなかった。
クロコダイルを慕ってはいたものの、BWではなかった彼女を海軍は捕まえることはしなかった。
一緒に連れていってほしいと叫ぶ彼女の声は届くことはなかった。

ーーあれからクロコダイルを救うためにさらにワシに教えを乞うた彼女は今、何をしているのだろうか。
無茶をしていなければいいのだが。

今や深い深い海の底の牢獄に閉じ込められ、彼女の居場所も安否も知ることは出来なくなってしまった。
急にいなくなったワシを心配していなければいいが。ーーいや、それはいらん心配だったか。
彼女はいつでもただ一人のためだけに一直線だった。

「お前さんは幸せもんじゃのう」

向かいの牢に向かって言葉を放つが、帰ってきた言葉はなかった。

「ここをもし出ることがあれば、シャボンディに向かうといいじゃろう」

あの子がいつまでもそこに留まっているはずもないが、もし、万が一、奴がこの深海から脱け出すことがあるならば、彼女はいち早く察知するだろう。
むしろあの子ならここまで飛び込んでくることも十二分にあり得ることだ。

「そこまで馬鹿に躾けた覚えはねェよ」
「ん?」
「“待て”くらいはそろそろ出来てもらわねェとな」




ワシには知り得ぬ二人の話。
(太陽も届かない深海で)(奴はわらっているようだった)



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