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□君を待つ
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「目、真っ赤」

喉の渇きを持て余しながらジャラジャラと血液錠剤のケースを鳴らしていると、向かい側で雑誌を読んでいた莉磨にそう指摘される。
思わず目元に触れるが、自分の瞳の色なんてわかるはずがない。

「そんなに飢えてるの」
『......』

責めているような口ぶりに何も答えずに時計を見やる。
あれから一時間も経ってはいなかった。

『...寸でのところでおあずけ喰らってるんだ...』
「何のために“それ”があるんだか」
『...千里は』
「知らない。もうちょっとかかるんじゃない」

莉磨は再び手元の雑誌に目を戻した。
パラリと捲った先にはこの間千里からサンプルをもらった香水の広告があった。
写真越しだというのに、千里の白い首が俺の渇きを駆り立てる。
部屋に戻ろうと立ち上がると莉磨がどこに行くの、と問う。

『...部屋。...外には行かない』

俺は昔から理性が効かなかった。
俺はレベル:Eではないが、人間を見ると異常に喉が渇く。血液錠剤が開発されてからは幾らか治まったが、それでも渇きが満たされることはない。
黒主理事長や枢様からしてみれば、所謂問題児だった。

──俺の血、あげる。
──だから俺にも血、ちょうだい...

バンッ、と自室の扉が思いの外強く閉まる。相当苛立ちが募っているらしい。
渇く、渇く。どうしてこんなにも我慢しなくてはならないのか。

『...チッ...』

苛立ちをぶつけるようにケースをベッドへと放り投げる。
窓の外から女子生徒の声が聞こえる。
まだ陽は高い。恐らく普通科の生徒だ。
閉ざされたカーテンの隙間から伺うと、案の定普通科の生徒が枢様のお気に入りの風紀委員に追い返されていた。

──いつからだ...?人間の血に以前より興味を示さなくなったのは。
──いつから、千里の血だけが欲しいと願うようになった...?

「名前」
『...遅い』

不意に名前を呼ばれるが、振り返ることはせずに愚痴をこぼす。
気配が近付いてきて、すぐ後ろに立った。

「ごめん。...何、見てたの?」
『...別に』

隠すようにカーテンの隙間を閉じるが、不機嫌そうな表情を見るに、意味はなかったようだ。

「目、真っ赤...。そんなに飢えてるの?」
『おあずけ喰らってたからな...』
「...血液錠剤は?」
『いいから...はやく、よこせ』
「...ッ、」

千里の返事より早く、その首筋に思いきり歯を立てる。
甘い香りが鼻を擽る。甘い血が喉を潤い満たす。
少しだけ痛そうに眉をひそめた千里を心の中でざまあみろと笑ってやる。

『俺を待たせるな』
「...俺のだけじゃ、まだ足りない...?」
『......。...お前は?』

問いには答えず、首を差し出してやると、千里は代わりに俺の口に舌を這わせた。どうやら血がついていたらしい。

「俺は、名前の血だけが欲しい」
『......』
「名前じゃなきゃ、満たされない」
『千里、』
「名前もいつか、俺だけを求めて...」
『その意味、俺がわかってないとでも...?』
「ううん。だから、いつか...」

千里が俺の腰を引く。
千里の舌が首筋を這い、牙が突き立てられた。




君を待つ
(もうとっくに)


 

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