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□爪先の秘密
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「名前、怪我でもしたんですか?」
「へ?」
「右足を庇ってる」

ふと、ソファに座るフーゴがそう言った。
私の歩き方が変だったんだろう。立ったままちらりと自分でブーツの爪先を見やる。
先の任務で挫いた足だ。後で一人の時に処置しようと思っていた。

「…………いや?」
「は?何ですか、その間」
「いや、足怪我してないし」

何でもない風を装って右足を踏み出した瞬間、激痛が走って顔を歪めてしまう。
咄嗟にフーゴから顔を逸らすが、フーゴはジトリとこちらを睨んでいた。

「そこへ座って」

フーゴが救急セットを取りに行き、私を自分が座っていた場所へ促す。
私は弱く首を振ってゆっくり後退りする。

「いや、その…本当に、いいから…」
「転びますよ」
「だいじょう…ぶぁっ!」

ガクッと視界が揺れる。転ぶ!
しかしその衝撃はなく、代わりにフーゴの胸板が目の前にあった。
どうやら抱き止めてくれたらしい。

「ほら、だから言ったでしょう…!」
「あ、ありが……っ!?」

次の瞬間、身体が浮いていた。
抱き上げられたと理解するのに刺して時間はかからなかった。

「ちょ、ちょちょちょ、おろっ、降ろして!」
「暴れないでください。足痛めますよ」

抱き上げられた時間は然程なく、すぐに促されたソファに降ろされる。
フーゴが私の目の前に膝をつく。

「脱がせますよ」
「やだ、えっち」
「靴」

私の軽口にため息をつきながらブーツの紐を解くフーゴ。しゅるしゅると解かれる紐に諦めの心を抱いてソファの背もたれに背中を預けた。
側にあったクッションを抱えてフーゴを見つめる。
ブーツが流され、私の素足が──青地にピンク色のイチゴをモチーフに彩った、爪先が晒された。
フーゴは俯いてるからどこに視線があるのかはわからないが、絶対バレる。だってこんなにあからさま!

「フーゴ、」
「湿布とテーピングしておいたので、後で病院行ってくださいよ」
「えっ?…あ、はい」

テキパキと処置を終えたフーゴが顔を上げて何でもなさそうにそう言うもんだから拍子抜けしてしまう。
フーゴは道具を救急箱にしまっている。
──嘘、気付いてない?
ホ、と胸をなでおろすのと同時にどこか少し残念な気持ちもある。
いや圧倒的にバレたら普通に恥ずかしいし、これで良かったんだけど。
好きな人の身につけてるものを自分も身につけたかっただけの自己満足だし。

「たっだいまー!」
「おかえり、ナランチャ。また余計なもの買ってないでしょうね?」
「何だよぉ、ケチケチすんなって!」

元気よく部屋に入ってきたのはナランチャだった。
ナランチャは買ったものを机に置くと、私とフーゴを見て私の隣に座った。

「名前、怪我したの?大丈夫?」
「うん、大丈夫。フーゴが手当てしてくれたから」
「そっか!……ん?珍しいもんつけてんな。マニキュア?──あ、フーゴとおそろいだ!」
「えっ」
「は?」

一瞬何を言われたのか、突然の爆撃に何も対処出来なかった。
丁度救急箱の蓋を閉めたフーゴに視線をやった時には誤魔化しようもなく、フーゴは私より早くナランチャの言葉の意味を理解したようで私の足の爪を凝視していた。
慌てて片手で爪先を隠す。

「ちっ、違ッ…!!ナランチャ、何言って…!」
「え?違うの?フーゴのネクタイだろ、それ」
「ちょ、ちょっと黙っててナランチャ!」

もう片方の手でナランチャの口を塞ぐ。
何だよ、ともごもご口を動かすナランチャを目で牽制して恐る恐るフーゴに視線を移す。

「っ……」

フーゴは私の爪を凝視したまま固まっていた。──その顔は赤く染まっていて、私も釣られて赤くなってしまった。
フーゴが私の視線に気付いて目を逸らした。

「…………送りますよ」
「えっ…あ、ありが、とう……」

差し出された手を取ってゆっくり立ち上がれば、今度は腕を差し出された。
心臓が少しだけ速くなる。
遠慮がちに腕に掴まりながら、ゆっくり歩き出す。
フーゴは目を合わせてくれないが、変わらずその表情は赤い。
歩きながら爪先を見つめて、フーゴにバレないように頬を緩ませた。
ナランチャに感謝しなくては!






爪先に込めた恋



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