perpetual-azure

□♯3 ひとりぼっちのPretender
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街に新しい季節が来ようとしている。少し寒くなった街を人々が忙しそうに行き交っていく。
「売れないー! 」
ここ最近の口癖と共にあたしはテーブルに突っ伏した。

あれから、毎朝手紙を届けてる。書くのに苦労する割に毎回毎回同じような内容にしかならない手紙を早朝とも夜中ともつかない時間にレイリー様のお部屋の前に置いておく。
そうして自分の露店に向かう。家には極力いないようにしているから市終わりはバーや食事処なんかを点々としていた。それでもシャクヤクさんは何も変わらず接してくれて、逆にこちらの方がどうしていいか分からず正直、自分の浅さが気まずかった。そして何よりも大きく変わったことがある。
「いいじゃないか、その分書く時間ができて」
周りの業者さん達がそう言うけれど、あれ以来すっかり本業の方も書けなくなっている。そもそもあたしの書くものは大体が冒険小説という名の歴史小説で、それは本当に海軍や世界政府にとって都合の悪いものだった。だからこそ今までは船長から聞いた話やそれこそ自分が見てきたことなんかを書けばよかった。逆に言えばこうなってしまった以上何も書けず、もういっそのこと恋愛小説家にでも転向しようかとさえ思った。
「書けないー。書けるかーっ! ンのぽんすけがッ」
売れないよりも悲痛な声で髪を掻き乱してのたうち回る。
「お嬢さんがそんなこと言うものじゃないよ」
「げっ」
いや、“げっ”ではない。げっ、ではないのだが言葉がそれしか出なかった。狼狽して原稿を隠し立ち上がる。想像通りの顔がこちらに笑いかけるのだが……
「レイさん知り合いー? 」
傍からそんな甘いーー到底あたしには出せそうにないーー声がしてその笑顔をもぎ取る女性。今日のお相手は随分と蓮っ葉な印象だ。

あれから変わったことなのか、これは元々なのか。ともかくレイリー様が毎日のようにいろんな女の子と夜中まで出歩いている事。そのお相手は二度同じ人だったことが無いのだから流石としか言えないのだが、毎晩遅く帰ってくるのを目の当たりにするのはこたえる。それなのに
「ああ、大切な仲間だよ」
優しく言ってきかせるその言葉に毎日あたしは辛い思い上がりをしてしまうのだった。
「えー、本当にー? 」
まったくだな。そう後にも先にもその人と唯一の同意見に頷いてあたしは絶対に今やらなくていい品物の並べ替えを始める。
「そうだよ、一緒に住んでいる」
「ッ……」
思わず持っていた盃洗を落としそうになる。いつもはそんなこと言わないのに、と思うより今更ながらのその事実をこの人の声で聞いたことに動揺した。
「それってシャッキーも一緒じゃーん!振ったことになんなーい」
一瞬の思い上がりから奈落に突き落とされる。そう、シャクヤクさんがいることはここの人たちにしたら周知のことなんだ。
「ははっ、キミは手厳しいな」
こんな感じで毎日違う子と市にやってくる。
「じゃあ、イリス、それを頂けるかな?それで今日はお暇するよ」
「リナリアでいいです。有難うございます。端数、お勉強しとくんで3,000ベリーで」
こうして決まって何か買って行って下さるけどそれを家で見たことはない。
手早く包んで手渡す、品物と代金にだけ目を落として。
「ありがとう」
「いえ」
短く言うだけ。何も言葉が見つからない。



あれから変わったこと。
それは……あの人を避けるようになった自分がいること。
ただ、それはあたしが傷付きたくないからという逃げなのだ。そしてそれを認めてしまったら奇跡が起こらなくなってしまう気がするからだ。
“大切な仲間”と言ってくれた方に縋る、それくらいでないと奇跡なんて起こらない。そして何よりも今までそれで奇跡が起きた。だから避けるけど思い上がる。それで、きっとこの先も奇跡は惜しみなく続いていく。
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