セブンスドラゴン2020―U

□風来坊とけも耳少女
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 蛍光灯の白い光が床を反射する。少しクリーム色をした大理石製の壁や床は光を受けてさらに明るく照らされる。窓から入る自然な光とはまた違った人口の光。それでも地下四階に作られたムラクモ居住区を照らすには十分な明るさ。
 その廊下の端にある茶色いソファーに座りボクは小説に入り浸る。マンガや雑誌とは違い無数の文字が羅列された世界。その連なれた一つ一つの文字が単語を作り上げて読む者の想像力を回転させる。その瞬間がたまらなく好きだったりする。少々の雑音が耳に入ろうがボクに関係ないなら問題ない。
 ふと雑音に混じって廊下を駆ける音が聞こえる。最初は誰かが急いで走っているのだと思ったけどそれに混じって聞き覚えのある少女の声がボクの名を呼んだ。声に引っ張られたように小説から顔を上げると目の前には黄色い髪を結んだ少女――カペラが立っていた。よく見れば目の縁にはうっすら涙を溜めており、ルシェの特徴であるけも耳が元気なく垂れていた。差し詰め誰かに怒られたのだろう。とりあえず経緯を訊いてみる。

「おや、カペラ。どうしたんだい?」

「うぐっ……聞いてくださいよぉ……」

 優しく声を掛ければカペラは少しだけ嗚咽しながら答える。ふむ、読みはあながち外れてないようだね。

「ハリスお兄ちゃんがハグしてくれないんです……どうしたらいいんですか!?」

 あぁ、そういうことか。ハリスは皆と違って男女問わず抱きつかれるのを極端に嫌う子だから。今日も抱き付こうとして抵抗されたんだ。まぁ、懲りないカペラも彼女らしいというか。

「……で、どうやっても無理なの? 例えば起きがけにやるとか気配を消して近付くとか」

「はい……後少しのところでバレてしまうんです……今朝もそんな感じでひっぱたかれました……」

 カペラは叩かれたらしい頭上を擦りながら報告する。次の言葉に悩んでいると彼女は「どうしたらいいんですか……?」と縋るように訊く。ここまで聞いてしまってお手上げ、なんて言って突き放しても構わない。そう言おうとして小説に目を落としたボクはある単語を見つける。そこから様々な予想が勝手に組み上がっていき――いつの間にか答えが導き出されていた。あっ、これはいいかも……我ながら良い妙案が出たかもしれない。思わず笑みが零れた。

「ミラお兄ちゃん? 何か良い方法が出たのですか?」

 ふとカペラがボクを見て首を傾げる。期待を込めた瞳で見られてボクはクスリ、と笑うと右手で持っていた小説を閉じて先程思い付いた案を彼女に伝える。

「ご察しの通り。実はいい方法思い付いちゃってね」

「え……! そ、それは一体どんな方法なのですか!?」

 勿論、ただ教えるのはつまらないのでわざと焦らすと案の定、カペラは目を爛々と輝かせる。その食い付きようを見せつけられてボクは少し口角を上げて今度こそ伝える。
 ――その方法は二人の職業柄を突いた至って単純で簡単。体力の差がある職業同士程うまくいくやり方だ。その方法をカペラに教えてアドバイスとして怒られようがごり押しするものだと付け加える。彼女の場合、この方法は出鼻を挫かれる――例えば勘づかれて怒られる――と確実に失敗をするから少しでも成功率を上げるために教える。さて、純粋な彼女は教えたら即実践してくれるから結果が分かるのは明日。果たしてどう転がるのか……楽しそうに後にしたカペラの背中を見送ったボクは明日が来るのを密かに心待ちしながら小説を開き再び文字の世界へ意識を向けた。
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