番外編

□ティナの味覚
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 ある日、寝起きが悪い事に定評があるフィオナはベッドから顔を上げる。

「何だかお腹空いたなぁ……あれ、今日は依頼ないの……?」

「おはようございます、フィオナ。今日はお休みですよ」

 寝ぼけ眼でふらつきながら歩くフィオナに既に起きてたティナは説明する。いくら救助隊とはいえ体を休めるくらいはあっていいだろう、とラシードが提案したらしい。運が良いことに今日はポストに依頼が入ってなかったので休むとティナが判断を下し現在に至る。但し、フィオナは相変わらず寝ていたため話し合いに参加していなかったが。そのおかげもあり、彼女はお昼直前まで熟睡出来た訳で。

「……ってえぇ!? もうすぐお昼なの!?」

「そうですが。こちらが起こさなかったのを良い事にあなたは随分と気持ち良く寝ていらしてましたよ」

 現状を把握し、驚愕している彼女へティナは呆れ顔で突っ込む中、確かに今回はラシードの擽り攻撃がなかったな、とフィオナは思い出す。と、同時にラシードが基地にいない事にようやく気付き辺りを探すとティナが再び口を開いた。

「彼なら食材を買いに出掛けましたよ」

「そうなんだ。……ところで何か食べ物ある?」

「お腹空いたのですね」

「……うん」

 少しだけ気まずそうに紡いだ彼女の本音にティナは顎である物を指す。フィオナがその方向を見るとテーブルに木の実が置いてあった。やや大きい木の実は楕円の形をしており下にいくにつれてふっくらとしている。青紫色に下の部分は茶色い何かが包んであり、反対側は緑色と茶色の蔕が連なっている独特な形をした木の実だ。
 お腹が空いているフィオナにどうぞ食べて下さい、と言わんばかりに堂々と置かれた木の実に彼女は思わず生唾を飲み込む。そこへティナがその木の実を齧りやや極限状態になりかけているフィオナを煽る。それがまた美味しそうに食べるのだから当然フィオナにとっては甘い誘惑にしか見えない訳で。とうとう限界に達した彼女は木の実に手を伸ばして齧りついた。

「……ん、柔らか――!?」

 余計な力を入れずとも崩れて口の中へ溢れた木の実をしっかりと咀嚼するフィオナ。食にありつけた幸せを顕にした表情は数十秒後、一転して険しい顔付きへと変わった。

「うぇぇ! しぶっ、水、みずぅぅぅ!!」

 噎せりながら悶えるフィオナにティナは溜め息を一つ溢し水瓶に蓄えてあった水をコップに注ぎ彼女の傍へと置こうとするが、それよりも前にフィオナが取り上げて一気に飲み干す。

「んぐ……ぷはぁ、もう何なのこれっ!? 渋すぎだし不味いじゃない!」

「不味いと失礼ですね。あなたはこのシーヤの実の素晴らしさが分かっていませんね」

 水を飲んでも舌に染み付いた味は消えていないようで何度も出したり引っ込めたりしながらティナをキッと睨むが彼女は効いていない。寧ろ、フィオナの率直な感想を侮辱と受け取ったティナは眉尻を上げて少しだけ口調を強めると、溜め息を間に挟めて説明を切り出した。

「……いいですか。シーヤの実と言うのは市場では並ばない珍しい木の実なんです。渋味の中に甘さが隠れていてそれが美味しいんですよ? 貴重ですから時折自生している場所まで採りに行かないと味わえないんです」

 いつも以上に饒舌でやけに熱を込めて語るティナにフィオナは睨むのを忘れて唖然とするしかない。ラシードより付き合いはまだまだ短いとはいえここまで熱弁する彼女を見た事がないのだ。

「この素晴らしさが分からないとは実に嘆かわしい……」

「……それって、ティナの舌がおかしいだけじゃ……」

「普通だと思いますが。寧ろ大人の味を美味しいと感じないあなたの舌の方がお子様だと思いますよ?」

 一区切り付いたところでフィオナはティナの味覚についてボソッと呟くが、彼女はその一言を拾い上げて反論する。そして、シーヤの実を取るとフィオナに近付いた。

「どうやらあなたには大人の味覚についてきちんと知って頂かなくてはならないようですね……」

「え……えーと、遠慮します……一生お子様の舌で構わないんで、満面の笑みでこっちに来ないでくれますか……?」

「却下です」

「拒否!? てか来ないでーー!!」

 ジリジリと迫るティナに合わせてフィオナも下がる。その均衡状態もティナが突っ込んできた事によりすぐに破られた。フィオナも捕まるまいと部屋中を逃げ回るが、種族柄上イーブイよりスピードが上手なビブラーバを振り切る事は叶わず真上から取り押さえられてしまう。

「さぁ……シーヤの実の美味しさを五臓六腑に染み込ませて下さい……!」

「い、嫌だぁぁぁぁぁぁぁあ!!」

 最後の悪あがきを試みるフィオナだがティナを振り落とす事は出来ず渋い木の実を食する事となってしまう。瞬間――渋味に悶絶した少女の悲鳴が『ムーンライト基地』に木霊したのだった。






「……ん、うーん……」

「あっ、フィオナ。目覚めた?」

 フィオナが気が付くと自身のベッドの上にいた。藁の独特な香りとラシードの声に寝ぼけた頭の中が醒めていく。

「あ、あれ? あたし確か昼間に起きたはずだよね……それでティナに木の実を食べさせられて――」

「そうか……それで夕方まで寝てた、いや気絶してたんだ……」

「嘘っ!? ……てか、あたしが夕方までぐうすか寝ていたと思ってたの!?」

「まぁ、フィオナなら有り得そうだし……」

 昼間の行動を一つずつ思い出す様子にラシードはどこか合点がいった表情を浮かべるとフィオナの突っ込みに適当にあしらう。

「むぅ……あっ、そういえば気になった事があるんだけどさ……ティナがシーヤの実だっけ? あれ見た時、何か興奮してたけど……」

 ラシードの指摘に反論出来ず膨れっ面を作るフィオナだがすぐに解いて気になる事を訊く。それはラシードがいなかった時の、昼間のティナの様子についてだ。いつもの冷静さからかけ離れた饒舌っぷりにフィオナも呆然とするしかなかったのだ。

「あぁ……それね……ティナはさ、シーヤの実が大好物でね。その時だけ別人のように変わるんだよ……僕も初めて知った時はびっくりして言葉が出なかったし……君と同じように味覚がおかしいって指摘したら屁理屈突き付けられた挙げ句無理矢理食べされられたんだよ……」

 目を伏せて話すラシードにフィオナはやっぱりそうなんだ、と一人納得していると「それとね」と続けた。

「今ティナがいないから言えるけど……彼女の味覚は普通のポケモンよりおかしくね。シーヤの実だけじゃなくてとんでもなく苦いドリの実でさえも平気な顔して食べるんだよ」

「え…………」


 今この場にいないティナに向けて溜め息を吐いてから彼は更に付け加える。つまり、ティナのは渋味と苦味を旨い、あるいは感じない舌の持ち主だと唖然としながらもフィオナは理解したのだった。

(あの時、あたしが言ってたのは一般的に合ってたんだ……)

 この時、昼間の会話を思い出した彼女は自分が言った事は間違いではなかったと安心したと同時にティナの前でシーヤの実や口にしている木の実を不味いとは絶対口外にしないと誓ったのだった。

【2014.08.17】

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