KNIGHT DREAM

□第4夜 約束
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零の口を汚しているのは、血。

私が自ら与えた。
もう後戻りはできない。
変えていかなければならないのだ。




〜理事長室〜


フワリと香る、以前嗅いだことのある匂い。

甘く芳しい香り。
可愛らしいあの子の物とは似ても似つかぬ、どこか悲しい香り。

枢は漸く気付く、今起きている想定外のことに。



「どうしたんだい、枢くん。」


「血臭が……。」



ポツリと零した言葉。
それには驚愕の色が垣間見えて。

枢は勢いよく扉を開けて出てゆく。



「枢くん!!」



らしくもなく、理事長の制止を聞かずに。



〜踊り場〜



「……結里菜、優姫…俺は………。」



何を告げようとしたのか、そこまで言った零は一歩踏み出す。
しかし優姫の肩はビクリと跳ね、怯えさせてしまった事を悟ったその脚は止まる。

表情こそ変わらないものの、その瞳には悲しみの色が揺れていて。



「あ……っ」



優姫は零を傷つけてしまった事に気付くが、今はこの場を去るのが先だ。
のちに枢先輩が来る。
逃がしてやりたいところだが、ここはそうもいかないのだ。



「ぜ、ろ…。」



朦朧とする意識で絞り出した声は途切れ途切れ。
そんな私を目の前にして優姫は後ろから支え、震える声で問う。


どういうことなの、と。


そこへ、静かな廊下にコツリ、コツリと響き渡る靴音。

それにいち早く反応した優姫は、誰かに知られる前にこの場を去らなければ、とでも思ったのだろう。
だが、私を支えながら男の零を連れ去ることはできず。

次第に大きくなり、とうとう私達の背後で止まってしまった靴音に、優姫の顔は青ざめた。



「結里菜…。」


「枢、先輩…。」



まるで油の切れたブリキの人形のようにゆっくりと振り返った優姫。
そんな彼女を見て、動揺こそしているものの怪我をしていないことに安心した枢先輩は次いで私に視線を移し、その綺麗な顔をしかめた。
そして血塗れた零の姿を見て、敵意をむき出す。



「血に飢えた獣に成り下がったか…錐生零。」



そう言って、私を自分の後ろに隠す枢先輩。
咬まれたのは優姫ではないのだから、そこまで怒る必要はない。



「咬まれたのは、私です。」


「結里菜…。」



だから、安心してください。

そういう意味で言った筈なのに何故か枢先輩は更に深い皺を眉間に寄せてしまう。


違う、私がして欲しいのはそんなことじゃない。
そういう意味で咬まれたのは自分だと言ったんじゃない。
優姫は無事だと言ったのに。



「や…やめて枢センパイ!!」



優姫も枢先輩のただらぬ殺気を感じたのだろう。
枢先輩の腕にしがみつく優姫は必死だ。



「…優姫…。」


「優姫はっ…無事です……。」



私はふらつく体に鞭をうち、両腕を広げ零を庇う様にして枢先輩の前に立ちはだかる。


これ以上、零が傷つくような言葉を言わせないため。
零に手を出させないため。



「零にっ…手を出さないで…!」



しかし突如、吐き気が込み上げ視界がグラリと揺れる。



「……ッ…。」



それでも踏ん張ろうとするが、体に力が入らない。
私はそのまま後ろへと倒れてしまったが、零が困惑した表情で支えてくれる。


気持ち悪い、視界が真っ暗でクラクラする。
自分の足で立てない。


「…結里菜…?」



零は状況を理解できていないようだ。
困惑の表情のまま、私を見つめている。



「むごいくらい血を貪ったね、結里菜が…立っていられなくなるまで。」



優姫が私の名を呼ぶ。
すると枢先輩は私を横抱きにし、零を真っ直ぐに見据える。

その瞳は冷たく、それでもその中に怒りが見えて。
何とか視界が元に戻った私はそれを見て一筋冷や汗を流す。



「そんなに結里菜の血は…おいしかったかい……?」



一番零の心を深く抉る言葉を言い放った枢先輩。
零が吸血する事を一番恐れているのを知っている筈なのに。


零はその言葉でやっと、自分が何を犯したのか理解できたようだ。



「…零…っ」



驚愕に目を見開く零。
私はそんな零に手を伸ばす。

お願いだから、この手を取って欲しい。
話したいことがある。
放ってなんておけない。



「…零っ……!」



そんな願いが届いたのか、零は無意識ながらも、誘われる様にして手を伸ばしてくれた。
私はその手をしっかりと握る。離してしまわないように。



「…枢先輩、降ろして…下さい…。」


「駄目だよ、君は立っているのもやっとだったろう?」


「私より、先に説明しなきゃいけない人が、いるのでは…?」



少し回復した意識で枢先輩を睨みつけてやれば、押し黙り私を見つめる。



「………。」



目を逸らさずに再度降ろして下さいと言うと、降ろしてくれた。



「……っ」


「結里菜…!」



しかし自分の脚で立った途端、私はその場に座り込んでしまった。

脚に力が入らない。

立ち上がることが叶わずゆるりと視線を上げれば、零が拳を強く握りしめて項垂れていた。



「結里菜…!
ごめん…ごめん…!」



絞り出す様にして紡がれた謝罪。
謝る必要なんて、無いのに。


思わず、乾いた笑みが零れた。



「そんなに、謝らなくていいのに。」



私は必死になって謝る零の頭に、そっと手を乗せた。


まるで悪いことをしてしまった子供の様に、小さく体を震わせながら謝る零。
座り込んでしまっている私だからこそ見える顔は、今にも泣きだしそうだ。


そっと目配せをすれば多少納得いかない顔をされたが、枢先輩は優姫を医務室へと連れていってくれた。

これで心おきなく零と話ができる。




「大丈夫、私は、大丈夫だよ…。」


「大丈夫なわけないだろ…!」


「大丈夫だって…、心配しないで…。
…全部、知ってたから…。」


「ッ!?」



驚愕に目を見開いた零。
当然だろう、今までずっと隠し通してきたのに知っていると言われたのだから。



「なん、で…。」


「全部…わかっててやったことだから、大丈夫…。」



私が全部知っている、ということに体の力が抜けたのだろう。膝から崩れ落ちた零は浅紫に落ち着いた瞳で私を見つめる。

私はそんな零をそっと抱きしめる。
四年前と同じように、優しく。



「ねえ零…。」



私はポンポンと零の背中を叩き、言葉を紡ぐ。



「四年間、よく我慢したね…。
よく頑張ったね…。
大丈夫、私が必ず、…レベル:Eに…堕ちないで済…む…。」



また、意識が朦朧としてきた。
私の体力は限界に近付いてきたようだ。



「結里菜…もういい…!
もう話すな…!」



それでも私は、話す。
ちゃんと、伝えておきたいから。



「方法を…見つけるから…!
絶対に…見つける…から…!」



私は涙を流していた。
自分でも、気付かないうちに。



「どこにも…行かな…い…で…。」



そして私は、その言葉を最後に意識を手放した。


                   
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