collar

□不器用な兄弟の成長過程
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ひとつひとつの記憶を遡りその中から一番大切な記憶を思い出す
それが本当に一番なのかなんて誰にも分からない
それでも、些細な出来事でしかないその古い記憶を一番最初に思い出す事が出来たなら

多分、この記憶は僕にとってなにものにも代えられないほどに大切なものなんだろう





繋いだ手を疎ましく思ったことはただの一度もない
どちらかと言うと誰かの手を繋いでいなければ、僕と言う存在は皆の目からすぐ消えてしまうそんな子供だった
分かっていたのに僕は戯れでその手を離した

ただでさえ人通りが多いお祭りの夜
もともとの存在感の薄さと辺りの雑音にまみれ、小さかった僕は容易く人ごみの中にへと紛れ込んだ

てくてく、てくてくと宛てもなく歩く
恐怖も不安もないのはきっと、どんなにうまく隠れても兄が探してくれることを知っているから

けれど名前を呼ばれ振り返った時、両親の側に兄はいなかった
迷子が二人になるのを防ぐ為に母が先に兄を家に置いてきたらしい

いつも率先して僕の手を引いてくれた兄がここにいない
両親に手を引かれ暗がりの中、家路へと急ぐが、繋いだ手のひらがいつもより大きかったのがやけに気にかかった


泣き声が聞こえた


子供独特のなりふり構っていられないと言わんばかりの大きな声じゃない、声を押し殺し耐えるような泣き声だった
玄関の扉に背を預けながら蹲るように泣いている兄の姿を見て涙が零れた

泣かせたかったわけじゃない
困らせたかったわけでもない

何か一つ些細な事でもいい理由があればまだ自分を許せた
けれど理由なんか一つもなくて

手を離してごめんねと謝る兄の声と抱きしめられた時の体の冷たさに僕はどうしていいか分からなかった






バタンと玄関の扉が閉まる音がして僕は閉じていた目を開いた
小さくただいまと声が聞こえ、返事を待つわけでもなく足音は真っ直ぐリビングへと向かって来る
トントンと足音を響かせ廊下からひょっこり顔を出した兄は、僕の姿を見つけると目を細めた

『ただいま、テツヤ』

実の兄ながら甘く蕩けるような声だと思う

『タツヤさん、おかえりなさい』そう答えると兄の表情はさらに柔らかくなる

目の前で灰色のジャケットを脱ぎだした兄は途中で思い出したように右手で僕の頭に触れる
ジャケットから解放された分、窮屈さが抜けたような触り方
どちらかと言うとペットを甘やかすような触り方に似ている気がする

髪と肌が擦れる感触にぞわっと嫌悪感とは違う何かがこみ上げる
それを隠すように僕は頭の上の手を掴み、困ったように兄を睨んだ

『いい加減、子ども扱いはやめてください』

僕がそう言うと兄は嬉しくてたまらないと言うように声をあげて笑い
ごめんごめんと言いながら僕の隣に座りそのまま僕の体を引き寄せる

耳をそばだたせなければ聞こえないような小さなリップ音が肌越しに聞こえた気がした

体が熱い
息を上手く吸えている気がしない

掴まれた腰から熱が体中を駆け回っているような感覚
それでも、僕を見つめているだろう兄の視線が僕をどこまでも冷静にさせた


兄は僕から目を離さない
まるであの迷子になった時のように、一瞬でも目を離したら僕が消えてしまうと思っているのかのように、いつも真っ直ぐに僕を見る
それでも、影の薄い僕のすべてを捉えきる事が出来ないから、僕が側にいることを感じる為に執拗に僕に触れる


無遠慮に触れる手も唇も、いき過ぎているがあくまで家族に対する愛情表現に他ならない
そういう風に兄は育てられたし僕も本気でそれを止めようとはしなかった
抱きしめるのもキスするのも
兄にとってはただのスキンシップに過ぎない

スキンシップの一環でしかない行為に、僕だけが煽られ気持ちだけがゆっくりと加速していく

その視線にほんの少しでもいい、熱を含んでくれれば一歩踏み出せるのにそう思いながら僕はまた目を閉じた

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