リクエスト

□石垣
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「どうしよう、」

ポツリと口から溢れた弱音は風に吹かれてどこかへ消えていく。前よりは寒くはなくなったがそれでもまだ寒い時期だ。だけど私は特に厚着もせずに家の近くの公園のブランコに腰を掛けていた。息をするたびに目の前が真っ白になり、その白はまた風にのって消えていく。ああ、いっそ私もこのまま風にのって消えてしまえればいいのに。そんなことも考えてしまった。
最近、体の様子がおかしいと感じたのは一週間前だ。いつもの月に1度の痛みが全然来ていない、と思い出したのが3日前。そして今日、薬局で妊娠検査薬を買って調べてみたところ、赤紫色の縦線が判定窓に表示された。
私は彼氏…石垣光太郎との新しい命をこのお腹に宿してしまったらしい。さっきからいつから、とか、なんで、とかそんな疑問ばかり浮かぶ。きちんと避妊もしていたのに。避妊は100%じゃない。というどっかで見たことのある広告が頭の中をぐるぐる巡っていた。

「どうしよう。」

再度弱音を吐くが、現状は何一つ変わらなかった。彼は、きっと困った顔をするだろう。いや、それでは済まないんじゃないか。こんなことで彼の生活を滅茶苦茶にしたくはないのに。彼に黙ってこっそり下ろしてしまおうか。いや、それはこの子があまりにも可哀想だ。でも、そんなことばかり考えているとじわりと視界が歪んだ。頬を滴る涙を風がさらっていく。その風はいつも以上に冷たく感じた。その時、公園の入口の前でキキーっと自転車のブレーキを踏む音が聞こえた。そしてすぐに「△△!」と、大好きな、だけど今は一番聞きたくなかった声が聞こえた。

「△△?こないなとこで何しとんの?」

「…っ石垣、くん…」

「ど、どないしたん?なんか、辛いことあったんか?俺でよかったら話聞くで?」

石垣くんは私が泣いていることに気づくとカバンからタオルを出して「汗臭かったらごめんな」と言いながら私の涙で濡れた顔を拭ってくれた。彼の言う通り少し汗の臭いが染み付いていたが、それさえもひどく愛しく思えてしまう。そんな気持ちにまた涙をこぼしてしまいそうになったがグッと耐えた。一通り顔を拭うと彼は横のブランコに腰掛け「なんか、あったん?」ともう一度聞いてきた。こうなってしまえばもう言うしかないだろう。どうせいつかバレて嫌われてしまうのだから、早いうちに言ってしまって楽になったほうがいいのかもしれない。

「…っあのね…私、ね…」

「うん、」

「……子供、できた、の…」

「…え、」

今彼はどんな顔をしているのだろうか。それさえも確認をするのが怖い。ギュッと握る拳が震える。私のせいで、石垣くんの人生を狂わせるようなことはしたくなかったのになあ。さきほどまで感じていたものとは比べ物にならないくらいの罪悪感に蝕まれていく感覚がする。謝らなければ。謝って、どうにかなることではないけれど。ごめん、と口を動かそうとした瞬間、目の前が真っ暗になって体が圧迫される感覚に包まれる。私は、それが彼に抱きしめられているんだと発覚するのに結構な時間を用いた。

「い…石垣、く、」

「ありがとう!」

「へ、」

「ありがとう、ありがとう!え、それ、ほんまやんな!?嘘やないやんな!?」

「う、う…ん、」

「うわー!なんや夢みたいやわ!ほんっまにありがとう!え、もしかしてそのことで泣いとったん?なんで?」

「あ、の…嫌がると、思って」

「ハァア!?んなわけないやろ!!世界で一番愛しとる人との子供やで!?」

嬉しくないわけないやろ!と声をあげる石垣くんの心音は驚くほど早くて。それが嬉しくて涙がポロポロと出た。今度はどうしても抑えきれそうになかった。石垣くんのダウンが私の涙やら何やらで濡れていくが石垣くんは「△△は泣き虫さんやなあ」と言いながら頭を撫でながら笑って許してくれた。

「っごめ、ありがど…!石垣ぐん…!」

「なぁに言うとんの、ありがとうはこっちのセリフやわ!あと、石垣くんやないやろ?」

○○も石垣になんねんから、と続ける石垣…光太郎くんにしがみつきながら私はありがとう、と言い続けた。私は少々ネガティブになりすぎたのかもしれない。私を世界で一番愛している人、とまで言ってくれる彼をどうして私は疑っていたのだろう。数十分前の自分を殴ってやりたいくらいだ。きっと彼なら、私も、この子も一生愛してくれるだろう。どうしよう、私今、どうしようもなく幸せだ。

20140228
リクエストありがとうございました!

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