NOVEL(FFW)

□海の妖精
1ページ/1ページ

クオレとセルジュが宿の扉を開けると、セリアはクリスタルの首飾りを見つめていた。

「そろそろ約束の時間だよ、セリア。私達が船着場まで送っていくからね」

話しかけられたセリアは身動きせずたたずんでいた。クリスタルの輝きに照らされて白銀の長い髪が細かく煌いていた。

「そのクリスタル、カイン様からもらったものだよね。すごくきれいね」

ぼんやりクリスタルを眺めていたセリアは、二人が部屋の中まで入ってきて正気に戻った。

「そうね…。きれい過ぎて、見つめているとだんだん吸い込まれていきそうな気持ちになるわ…」

三人はカインとアレクが船の交渉を行っている港に向かうことにした。
クオレとセルジュはミシディアに残って魔法の修行をすることに決めていた。
カインもいったんバロンに帰るため、港で別れることになっていた。

「セリアは試練の山であんな怖い目にあったのにすぐ出発して大丈夫?やっぱり少しミシディアで休んでから
出発した方がいいんじゃないかな」

クオレのかけた言葉にセリアは微笑した。

「大丈夫よ…私はバロンの兵士として訓練されているし、危険なことには慣れているわ。
クオレとセルジュこそマリオンには気をつけて」

クオレは拳を強く握った。

「あんなやつ、襲ってきたら私がやっつけてやるから大丈夫。セリアは心配しないで、アレクとゆっくりファブールで
修行してていいんだよ。今はまだ魔力が足りないけど、修行してミンウ様から授かった究極魔法を使えるようになったら
ゼロムスも倒して見せるから、私に任せて」

「そうだね。俺達もミシディアでがんばるから、姉上は心配しなくて大丈夫だよ。ミシディアの賢者様たちも協力してくれるし」

「ありがとう…」

どこか寂しそうなセリアにクオレが話しかけた。

「エブラーナでは女の子が船に乗ると海の竜に攫われるって迷信があるけど、セリアは男の格好してるから大丈夫だね。
私もエブラーナで船に乗るときは男の子の服を着せられてたんだよ。それに、アレクには海の幻獣の加護があるから船旅も大丈夫だよ。」

「それは頼もしいわね」

3人は市場を通り過ぎながら話していた。

「心配なのは、私のことなの。敵に強い憎しみを抱くと、意思をコントロールできないことがある。
ファブールには修行して徳の高い僧になった暗黒騎士もいたそうだから、私もそんな風になりたい。
精神力を高めたら、ゼロムスに憑依されても逆に支配して封じ込めることができるかもしれないし…」

アレクとクオレはセリアの言葉に顔を見合わせた。

「姉上、ゼロムスを憑依させるなんてやっぱり危険です。ゼロムスの力は計り知れない。カインも反対していたし」

「…そうね。カインは反対していたわね。あの方の言う通り私は未熟だし…失敗したら大変なことになるかもしれない。
でも、もっと強くなったらきっとできるわ」

試練の山での出来事とセリアの案を聞いて、仲間達はゼロムスを憑依させることは強く止めていた。

「セリアはカイン様が一緒にファブールに行けなくて心配…?カイン様のことどう思っているの?」

セルジュはクオレがどうしてそんなことセリアに聞くのだろうと不思議に思った。

「あの方はなんだか別次元の人みたいで…近くにいても遠くに感じるの。
年もとらないし、あんなに強い力を秘めてるし、それが何故なのか知りたいと思う。…私もあんなふうに強くなりたい」

クオレは笑顔で頷いた。

「セリアにとってはカイン様は目標なんだね。きっと追いつけるよ。そういえば、エブラーナには、不死の人魚の鱗を食べて800年生きた女の人がいたって伝説があるの。
カイン様ももしかしたら不死の竜の鱗を食べたのかも」

「そうね…そうかもしれないわね」

3人は人だかりの前で立ち止まった。宝箱の見世物が行われているようだった。

「この宝箱には10秒で発動する死の魔法を使う魔物が取り付いている。10秒以内に倒せたら中の貴重な宝が手に入るよ。
挑戦するなら1回1000ギルだよ」

宝箱の持ち主の商人が叫んでいた。既に数人が挑戦したようだったが、強力な魔法を使う魔物を10秒以内に倒せず途中でリタイアしたようだった。
3人は暫くその様子を眺めていたが、商人が箱の中の宝を見物客に見せてどよめきが起こった。
セリアはその宝に心を奪われていた。

「私、あの宝が欲しい…。挑戦するわ。あの魔物の倒し方は以前父上から聞いたことがあるの」

「え?ほんとに?ちょっとま…」

クオレたちが話しかける前にセリアは前に進み出ていた。見物客は名乗り出た騎士に道を空けた。
暫くすると前方で歓声が上がった。
クオレとセルジュがようやく人混みを掻き分けて前に出たら、セリアが破壊した宝箱の前で使った剣を収めている所だった。

「え…勝ったんだね!どうやって?!」

クオレも歓声を上げていた。
しかし商人は血相を変えて叫んだ。

「あんな方法で勝つなんていかさまだ!認められない。まだ闘技場の修理費もたくさん必要なんだ!裁判にかけてやる!」

商人は以前セリアが所属していた闘技場の所有者だった。
セリアは眉をひそめた。裁判になると少なくとも2,3日はかかってしまうのだ。

「私は今日ここを発たないといけないのです。裁判をしている時間はありません」

「では宝は置いていってもらう」

困惑しているセリアに商人は憮然として言った。
見物客は商人を野次ったが商人は気にも留めていなかった。

「ずいぶんけちなんだな」

そう言って誰かが商人の肩に手を置いた。

「今、取り込み中だ…」

商人はそう言って振り返ると青ざめた。
手を置いているのは以前闘技場で出会ったバロンの竜騎士団長だった。

「カイン様…」

商人は飛び退いた。

「その子は俺の仲間で、今日ここを出発しないといけないんだ。俺が代わりに裁判にでるからそれで構わないか?」

「カイン様の仲間…」

商人は黒い騎士をよく眺めた。そういえば以前バロンで見かけた王の面影があり、王族だと理解したのだった。

「そうとは知らずに大変なご無礼を…。宝はもちろん差し上げます。どうぞ受け取られてください。」

商人はセリアに宝を渡すと一目散にその場を後にした。

「…ありがとう…」

礼を言うセリアにカインは腕組みした。

「君に死の魔法は効かないとしてもあまり危険な真似はするなといったのに、一体どうしたんだ?」

「…ごめんなさい。これをあなたに渡したくて」

セリアは手の中の宝をカインに渡した。
宝は金の模様が入った鮮やかな青のクリスタルだった。

「これ…飛竜の谷で採れるクリスタルでしょう?あなたが持っていたのはアゼルと戦ったときに壊れてしまったから、ずっと気になっていたの。
それにこのクリスタルは青に金の模様が空を飛んでいるあなたみたいで…好きだから、手に入れたかったの」

カインは黙って暫くそのクリスタルを眺めていた。

「まあ、そういうことなら…仕方ないが…これからは気をつけてくれ。それと俺も君に渡したいものがあるんだ」

カインはそう言ってセリアに水色のクリスタルを渡した。

「海の妖精のクリスタルだ。船の上でもこのクリスタルが君を守ってくれる。だから地上を進むより安全だ。何かあったらこれを使え」

「…ありがとう」

セリアは澄んだ海のように輝くクリスタルを手に入れた。
側を歩く人間たちは、この辺りではあまり見かけない美しい二人の騎士に目を奪われて降り返っていた。
その様子を見ながらクオレがため息をついた。

「アレク、大丈夫かなあ…」

セリアに片思いしているアレクを思って、クオレに不安がよぎった。

見送られながらセリアとアレクが乗った船には、専属の魔道士もいた。
ミシディアの領海では近年魔物が増えていたが、魔道士達の守護によって事故はほとんど起こっていなかった。
ミシディアの領地では黒いクリスタルが採掘されるため、その成分が海に流れ込んで影響しているのではないかと学者達は調査していた。
船旅が数日経った頃、アレクは夜中に響く静かな足音のせいで目を覚ました。
セリアが外へ出て行ったのではないかと思いアレクも後を追った。
セリアは昼間は殆ど船室から出てこないため、アレクは話しかけられずにいた。
甲板へでると、黒い竜の大きな羽が翻る音がして、アレクは身構えた。
船首に留まった黒竜にセリアが伝言を告げると、風を起こしながら竜は飛び去った。
アゼルのパートナーの竜のアルカードだった。
セリアは竜から受け取った小さな紙を首飾りのクリスタルに巻きつけて見つめていた。
月明かりに照らされた姿が幻のようで、アレクは魅入っていた。
セリアはアレクに気付いて微笑した。

「カインからの手紙だけど、暗号と魔法が使ってあるからこうしないと文字が読めないのよ」

「何て書いてあったんだ」

「もう暫くしたらファブールに会いに来てくれるそうよ」

その言葉にアレクは何故か胸が痛んだ。ダムシアンのヘンリー王子とセリアが話していてもこんな感情は抱いたことがなかった

「…良かったな。それにしてもお前が昼間外に出てこないから心配した。もっとエブラーナやファブールのことをたくさん話したかったのに」

「ごめんなさい。海の太陽は強いから、昼は光が眩しくて外にでられない…。エブラーナは変わりないの?
…アレクはどうしてエブラーナを離れてファブールで修行していたの?」

アレクはうまく言葉が見つからなくて暫く考え込んだ。

「…エブラーナにいると、小さい頃から忍術の訓練をするんだ。でも俺はずっとどうして忍術を会得しないといけないのか分からなくて…。
親父に聞いても先祖代々皆こうしてきたんだからって言われるばっかりで、ますます分からなくなったんだ。
王になる者は力を習得して、自分を犠牲にしても民を助けるのが当然だとは分かってるんだけど…。
宿命って言われても受け入れられなくて…。暫くエブラーナから離れたら何か掴めるかなと思ってファブールに来たんだ。」

セリアはじっとアレクの話に耳を傾けた。

「…それで、ファブールで何か掴めたの?」

アレクはセリアの風にたなびく真っ直ぐな銀髪を見つめた。

「ファブールの修行は厳しいけど充実してる。ただファブールの教えも難しくてまだまだ一人前とは行かないけど…。
今度からはお前と修行できるから、負けないようにもっと頑張るよ、俺。聞いてくれてありがとう。今日はもう休んで…」

セリアが急にアレクのほうを凝視したので、アレクは赤くなって言葉を止めた。

「ど、どうしたんだ?」

「サラ…」

アレクが後ろを振り返ると、月に照らされた岩山に、女が黒い髪をなびかせて立っていた。
サラと呼ばれた女は微笑して手招きしていた。
アレクは凍りついたようにその場を動けなかった。

「た…大変です!航路がそれてる!」

船室から兎の姿をした船の魔道師が飛び出してきた。

「あ、王女様!こんなところで会えるなんて…。と、とにかく操縦室に行きましょう!」

3人が操縦室に着くと、船員が夢うつつになっていた。
兎の魔道師が状態回復の魔法を唱えた。

「私は一体…急にきれいな歌声が聞こえてきてぼんやりして…」

船員が正気に戻ると同時に、船に何かがぶつかる衝撃が響いた。
3人が外に出て海を見下ろすと、黒い海竜が何十頭も集まっていた。

「こんなたくさんの魔物は初めてだ!このままだと船が転覆してしまう!何とか近くの港に避難しましょう!」

兎の魔道師は必死で雷の魔法を唱えて竜たちを追い払っていた。
セリアは黒い外套を脱ぎ捨てると、船の端に足をかけて何か呟いた。

「え…おい!?」

アレクが止めるのも間に合わず、水色のクリスタルを持ってセリアは海に飛び降りていた。
暗い海原に沈む音が響いて、アレクは絶望感に襲われた。
一瞬静かになると、大きな波が起こって船が持ち上げられた。
アレクには大きな白銀の鱗が波間に輝いて見えた。
銀の竜が暗黒の竜たちを海原に誘うと、彼らは残らず遠くへ消えていった。
後には穏やかな夜の波音だけが響いた。
アレクが岩山を見上げると、既に女の姿はなかった。
船の下から名を呼ぶ声がして、アレクはロープを投げた。
ロープを伝って登ってきたセリアに、アレクが外套をかけた。

「無事でよかった。…あの女はもういなくなってしまったが、あれが歌手のサラなのか?」

「ええ、マリオンの仲間のサラよ。彼女まで襲ってくるなんて…。船を止める気だったのかしら」

2人に兎の魔道師が駆け寄ってきた。

「王女様、無事でよかった!それに、波が運んでくれたおかげで早く着きそうですよ」

魔道師が指差した方角には、もうボブスの山が見えていた。

「アレク、海の妖精のクリスタルを使ったら、幻獣王が助けに来てくれたの。
もしリディア様に会えたらバロンには気をつけるように伝えて欲しいって言われたわ」

「母上に…?」

アレクは自分と同じ目と髪の色のエブラーナの王妃に思いを馳せた。

船から無事に降りて、セリアがファブールの入国審査を受けている間もアレクは暗い気持ちだった。
セリアは海に飛び込む前に、誰かの名前を呟いているようだった。
それが誰の名か考えるとアレクはいたたまれなかった。
足元に暗い影が近づいてきて、アレクは顔を上げた。

「あなたのお気持ちはよく分かります…アレク王子」

話しかけてきたのはミシディアの衣装を着た黒魔道師だった。

「お前は…クオレとセリアを襲った魔道師だな…?」

身構えるアレクにマリオンは優しく話しかけた。

「私はあなたに危害を加える気はありません。あの竜騎士は別ですが…。あの男は近いうちに修行場にも必ず来てあなたの心を乱します。
私はあそこの聖域の守りが堅くて入り込むことはできませんが、あなたなら入れる。殺さなくても、怪我をさせて足止めすればいいのです。
この黒いクリスタルの破片を持っていれば、もしあなたがやったと気付かれても、暗黒の意思に操られたせいだと思われて誰もあなたを責めはしない。」

マリオンはアレクに黒いクリスタルの破片を渡した。
その深い暗闇にアレクは束の間目を奪われた。

「誰がお前なんかの言うとおりに…」

アレクが顔を上げた時には、魔道師の姿は既になかった。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ