NOVEL(FFW)

□遠い声
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「どうして…」

アレクは自分に語りかけた声に尋ねた。
しかし声は遠退き、気がついたら元の試練の山の頂上に立っていた。
クオレとセルジュが手を振ってアレクに駆け寄って来た。

「アレクどうだった!?私はミンウ様に会えたわ」

クオレは飛び跳ねて言った。

「俺も遠くから声が聞こえて、白魔法を授かって聖騎士になれたよ!
…あれ?そういえばカインと姉上がいないね」

セルジュは辺りを見渡した。

「アレク、どうしたの?」

呆然としているアレクにクオレが話しかけた。

「俺は…」

アレクはクオレを見つめた。

その下のクリスタルルームではセリアとマリオンが対峙していた。
マリオンは押し黙ったセリアになおも話し続けた。

「あの竜騎士の男は自分が死んでいることにも気付かない哀れな存在です。
王妃が暗黒の力を持つあなたを縛り付けるために作り出した忌々しい幻想です。
あの男は王妃に抱いていた愛情が叶わず、精神に傷を負っていた。
そのせいで想いを寄せてきた白魔道士の愛に応えることもできず、失意のうちにここで死んだのです。
王妃への愛は屈折した憎しみに変わり、その執着心が王妃の祈りと相まって形となって残ったものが彼なのです。
彼はあなたを利用して王妃への復讐を遂げるつもりです。
王妃と瓜二つのダムシアンの姫も、自分をないがしろにした王妃の身代わりにして残酷な方法で殺すつもりです。
あなたが止めなければ彼は何をするか分からない邪悪な存在です。
あなただって彼を疑っているのでしょう、本当は。…私は彼からあなたを守りたいのです」

囁くマリオンと距離をとりながらセリアはクリスタルルームの出口を探した。

「カインはそんなことを考える程卑怯な人間ではないわ。
祖国を大切に思っている。私情で流されたりはしない。
それに母上の祈りが作り出した幻想なら、母上がいないのに存在できるはずがないわ。
あなたの言っていることは間違っている」

マリオンはため息をついた。

「あなたはどうやら完全に優しい彼に騙されてしまっているようだ。
その試練の山のクリスタルを身に付けているせいで思考が狂っているのです。
私にそれを渡せば、その呪いを解いて元のあなたに戻してあげましょう。
良い子ですからそのクリスタルをお渡しなさい」

遠退こうとしていたセリアの前に、マリオンの手が伸びた。

「そうして他の王子も私の手であなたの望むとおり消して差し上げましょう。
まさかあの男の言うようなきれいごとで国が治められるとは思っていないでしょう。
平和を保つには多少の犠牲も必要です。もちろんあなたの手を血で汚させたりはしません。
そんな仕事は私が引き受けます。あなたは他の王子達のせいでずっとないがしろにされてきた。
あなたを苦しめる者どもは死んで当然です。
それに彼らは死ぬことによって英雄化され、いつまでも民の心に残ることができる。
彼らのためでもあるのです。
彼らを惜しんであなたを悪し様に言う者達はより苦しめてやる必要があります。
死んだ者など所詮我々が好きなように脚色できる思い出で、生き残った方が勝者なのです。
これはあなたと私の支配のゲームですよ。
人々は王子たちが死んだことを嘆き悲しみ、その試練を乗り越えたあなたに自分を重ねて感動するはずです。
愚かな群集はそんな心揺さぶられる物語を求めているのです。
我々が与えてやればいとも容易く心を操れる。すでに何度か実験してきました。
王制に反対するものが王子たちを殺したことにすればあなたに同情も集まる。
それに…あなたが決断しなければ暴走した月の民によってもっと犠牲が増えるかもしれないのですよ…?
これはこの星の民のためでもあるのです。もともとは学習しない彼らが悪いのです。」

マリオンは優しい笑みを浮かべてセリアの首に触れた。

「あなたにとってはゲームでも、そんなことはただの人殺しよ。
何の大儀もないわ。私は自分以外誰も犠牲にしたりしない」

首にかけたクリスタルを強い力で引かれそうになって、首もとに触れたマリオンの手をセリアは止めた。

マリオンは急に頭を抑えて膝を付いた。

「黙れ…私に話しかけるな」


「マリオン?大丈夫?」

助けを求めるように伸びてきたマリオンの腕にセリアは近づいた。
セリアは首をつかまれて、振りほどく間もなく床に強くたたき付けられた。

「な…」

セリアの首を絞めながらマリオンが苦々しく呟いた。

「この魔女が…私の暗黒の力がなければ何もできぬ分際で聖騎士になれると思ったか…?
暗黒の力を望んでいるのはおまえ自身だ。…どんなに取り繕おうともお前も私と同じだ。
お前ごとき、今ここで消してやっても良いが、教えてやろう。
あの男は王妃ではなくお前の祈りがこの山のクリスタルに届いて作り出した幻想だ。
お前も人の命を弄んでいるのだ。
たとえ幻でも人間は大切なものを失う苦しみには耐え切れない。
大切なものを失えばお前もこの男のように容易く暗黒に堕ちる。
私があの竜騎士の命を奪って、お前に永遠の苦しみを与えてやってもいいのだぞ」

マリオンはセリアの首を締め付けながら切れ長の目に残酷な笑みを浮かべた。

「マリオン、落ち着いて!正気に戻って!」

セリアは息を吸い込もうと喘いだ。
首の手を押しのけようとしても全く歯が立たなかった。

「…」

マリオンの指はさらに強い力でセリアの首に食い込んだ。
首に噛み付かれてセリアはのけぞった。
カインからもらったクリスタルを噛み千切ろうとしているのが分かったが身動き取れなかった。

目の前が暗闇に包まれそうになった時、遠い清らかな声を思い出した。

黄金の豊かな髪が静かに揺らいでいた。

(私の大切な人が戦ってるの)

白い聖衣に身を包んだ王妃が祭壇で祈りをささげていた。

(一緒に無事を祈りましょう)

憂いを含んだ美しい声が、幼い自分に優しく語りかけた。

その記憶が、目の前のマリオンへのどす黒い憎しみに覆われていった。
セリアは残った力で剣に手をかけようとしたが、剣は虚しく床に転がった。

意識が暗転しかけたとき、遠くから迫ってくる靴音が聞こえた。
唐突にマリオンが押し退けられて息ができるようになった。

「大丈夫か?」

セリアを抱き起こしたカインが、乱れた銀の前髪を掻き分けた。
息をつくセリアの目の前に、心配そうな青い瞳が見えた。
ずいぶん遠く離れていたような気がしてセリアは胸が締め付けられた。

「あ…ありがとう…カイン」

床に伏したマリオンは正気に戻ったように頭を振った。

「私はいったい、何をした…」

「暗黒の力は人間に扱えるものじゃない。お前も精神を乗っ取られ掛けている。
まだ間に合うから、その力は捨てた方がいい」

そう言ったカインにマリオンは冷たい目を向けた。

「私はまだやれる…。
私と同じ苦しみをこの星の者たちに味合わせて滅ぼすまで、この憎しみは消えることはない。」

そう吐き捨てるとマリオンは立ち上がった。

「それにあなたがそんなことを言えるのですか?あなたのしていることの方が残酷だ。
本当のことを知れば彼女は我々の元に来るしかないのだから
…絆を深める程後で別れる時の苦痛が増すことになる」

マリオンはそう呟くと移動の魔法を使って消えた。

「あいつはいったい何を言っているんだ…」

後に残されたカインはセリアの埃を払った。

「怪我はないか?あいつに邪魔されて聖騎士になれなかったのか?」

セリアは黒い傷の広がった指を握り締めた。

「彼のせいではないわ。私がまだ未熟で聖なる力を授かる資格がないのよ。
マリオンは以前負傷した私の指の傷に、直接黒魔法をかけている。
それで居場所を知られてしまうし、惑わされてしまう。
切り落とすわけにもいかないし、彼より精神を高めて自分で解除するしかない…。
せっかく試練の山に来たのにごめんなさい。私、聖騎士になれなかった。」

カインはセリアの手を取った。

「気にするな。俺もすぐに聖なる力を得られたわけじゃない。
何年もかかった。君が無事でよかった。精神を上げる修行なら俺が手伝う」

「…」

セリアはそう言ったカインを不思議そうに見た。

「どうしたんだ。あいつが何か言ったのか?」

「マリオンを操ったゼロムスが、あなたは私の祈りがここのクリスタルに届いて作り出した幻想だといったの。
私は子供の頃母上と一緒にあなたの無事を祈ったことがある。
もしかしたらあなたは私が作り出したのかもしれない…」

カインは笑って首を振った。

「それは間違っている。あいつが君を揺さぶろうとして嘘を言ったんだ。
俺が作り出された幻想なら、ここから離れて存在できるはずがない。
心配するな。俺はちゃんと側にいる」

カインはそう言ってセリアの頬に触れた。

「…そうね」

セリアは不安げに長い銀の睫毛を伏せた。
その腕を両側から勢い良く引かれて、目を瞬かせた。

カインはセリアの落とした剣を拾いながらしどろもどろに呟いた。

「それに…もし本当に俺が君の作り出した幻想だとしても、
これからお互い離れずにずっと側にいれば消えることはない…そうすればいいんじゃないか?」

そう言ってカインが振り向くと、
迎えに来たクオレとセルジュに両腕を引かれながらセリアは既に出口へ向かっていた。
声は遠く離れたセリアには届いていなかった。


「…」

クオレが遠くからカインに叫んだ。

「カイン様!何してるんですか?ここは危ないから早く帰りましょうよ!いこう、セリア!」

カインはその様子を眺めてため息をついた。

「あの、カインさん…」

その側に走り寄ってきたエブラーナのアレク王子が、遠慮がちにカインに話しかけた。

「アレク、どうしたんだ?」


アレクはカインを真っ直ぐに見つめた。
アレクは外見は父親にそっくりだが、控えめでまじめな青年だった。
カインも好感を持ってこの青年と接していた。

「俺、さっき頂上で声を聞いたんです。自分はクルーヤだって言ってました。
セリアを連れてファブールに行って、精神の修行をするようにって告げられたんです。
あいつ聖騎士になれなかったみたいですけれど俺が何とかします。
カインさんはバロンをそんなに長く空けていられないだろうから、戻られるでしょう。
でも俺があいつを守りますから、カインさんは心配しないでください。
俺、できるだけあいつの側にいてやりたいんです」

何の邪心もなく誠意に満ちた言葉を発するその青年を、カインは暫く声もなく見つめた。

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