NOVEL(FFW)

□試練の山 2
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セリアが目を開けた先には、鏡のように澄んだクリスタルが輝いていた。
しかし近づいていくら目を凝らしても、美しいクリスタルに自分の姿は写らなかった。

「私はまだ聖なる力を授かるには未熟なのね…」

セリアはクリスタルに手を添わせて呟いた。
その奥にぼんやりと浮かぶ曇りは、
男か女か、年齢すらも判別できないおぼろげなものだった。
父であるセシル王は、ここで聖騎士の本当の自分の姿を見つけて光の力を授かったと聞いていた。
自分にはセシル王のように聖騎士になるにはまだ何か足りないものがあるのかもしれないとセリアは落胆した。

「いいえ、あなたのせいではありません」

背後から低い声が聞こえてセリアは振り返った。
ミシディアの黒魔道師が、どこから現れたのか側に立っていた。

「あなたは…マリオン…どうしてここに」

「あなたの気配を追ってきました。
あの男があなたを惑わせて、本来の自分を見失わせているのです。
私が本当のことをお話します。セリア様」

マリオンは黒いフードを後ろに下げてセリアと向かい合った。

「私もあなたと同じ、月の民の血を引く者なのです。私以外にも月の民の血を引く者たちは各国の重要な地位に大勢入り込んでいます。
私たち月の民はもともとこの星の人間よりはるかに優れた能力をもち、高度な文明も持っていました。
自分たちの星を失った後も人工の月を作り出し、この青き星に移動してきました」

「あなたも私と同じ月の民の血を引いてるのね…」

マリオンはセリアの言葉に静かに頷いた。

「私とサラの親は、あなたの父君と同じように暗黒の力を身に付けていました。
私たちはその暗黒の力を受け継いで生まれ、ゼロムスの存在を生まれつき身近に感じることができるのです。
アゼルも月の民の血を引く者です。
彼は瀕死になったらバロンへ戻る移送の魔法がかけられていて、あなた方に倒されたときも我々の元に戻ってきました。
彼はあなたの命を狙うなんて間違ったことをしましたが、許してやってください。
あなたのことを誤解しているのです。
瀕死の彼を救うために我々は彼を魔物と同化する手術を行いました。
私はゼロムスの力を研究して、月の民の復興のために役立てたいのです。
月の民は傲慢で無知な青き星の人間達に迫害され続けた。
今こそ月の民がこの腐敗した星を支配して、美しい世界に変える時です」

マリオンは微動だにしないセリアの白い手を取ってささやいた。

「月の民には言い伝えがあるのです。
『原初の光である月の女神が、自身から切り離した闇の部分が暗黒の存在となった。
月の女神が天から落ちていく暗黒の神を追って再び一つになった時に月の民を永遠の安息の地に導く女神が生まれる』と、
ただの伝承ですが、月の民はそれを信じて月の女神と暗黒の神を求めた。
恐らく融合魔法のことだと私は推測しています。
その場合精神の弱い者の方が取り込まれて消えてしまうでしょう」

トロイアにも同じ伝承があって、月の女神が信仰されていた。
しかしトロイア出身のセレストは、生まれる女神は悪の魔女になると伝えられていると言っていた。

「そしてゼムスはその強力な魔力と憎しみでで暗黒の神を自らに取り込み、ゼロムスとなった。
しかしゼロムスはより魔力が高く、共生しやすい媒体を探している。
私とサラはより強い力を身に付けるために、月の女神と、ゼロムスを自らに憑依させようとした。
あの地下の祭壇で祈りの儀式を行いました。
しかし私たちには魔力が足りなかった。
どちらも憑依させることはできませんでしたが、代わりにあの特殊な場所で特別な能力を得た。
私とサラは一度自分にかけられた魔法を自分のものにすることができるようになったのです。
サラの歌の魔法も、ダムシアンの王族から学び取ったのです」

「それではあの襲ってきた黒騎士は歌の魔法が使えるサラなの?」

セリアの言葉にマリオンは微笑した。

「さあどうでしょう。サラは剣が使えませんからね。
いずれ分かることです。それよりも私はあなたの力の方に興味がある。
信じる者もいますが、ゼロムスはともかく月の女神や安息の地なんて本当に存在する確証はない。
そんなあいまいなものより、あなたの暗黒の力のほうがすばらしい。
今はまだ抑えているようですが、その許容量は計り知れない。
あなたならゼロムスを憑依させることができるかもしれない。
あなたもゼロムスの暗黒の存在を身近に感じているはずです」

「ゼロムスを憑依させる…」

セリアにはある考えが浮かんでいた。
もしその存在を少しでも自分の中に捕らえることができたら、倒すことも可能かもしれないのだ。
その場合自身で黒魔法を身に付けて石化するか、クオレの魔法の力を借りることになるかもしれなかった。

「私はあなたを守りたいのです。セリア様。
あなたの暗黒の力は強力すぎるから、月の民にもあなたを危険に思い、滅ぼそうと考える者もいる。
しかし私はあなたをお守りして、あなたと共にバロンを、ひいては世界を治めたい。
あなたには私と同じように野心がある。
自らの力で腐敗したバロンを変えたいと思っている。
なぜ女王になろうとしないのです?
ドワーフの国だって今は女王が治めているのです。
遠慮することはありません」

セリアはマリオンの手から流れるように逃れた。

「バロンは兄上のセオドアか弟のセルジュが治めるのよ。私に女王になる権利はないわ」

「では私があなたの御兄弟を皆殺しにしてあなたをバロンの女王にしましょう。
あの竜騎士の男だってあなたを惑わす不安定で邪魔な存在です…そろそろ消えてもらいましょう。
あなただって彼には違和感を感じていたはずです」

セリアはマリオンの言葉に胸が痛んだ。

「あの男はクリスタルが作り出した偽りの存在です。
ローザ王妃のクリスタルに彼女の記憶が残っていました。
王妃はあの竜騎士の正体に気付いていたのです。
彼は試練の山のクリスタルに届いた祈りが作り出した幻想です。
本当の彼は既に死んでいるのですから」

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