NOVEL(FFW)

□試練の山 1
1ページ/1ページ

バロンの軍の救護室で、ミシディアの黒魔道師が傷付いたアゼルの治療を行っていた。

「セルジュに直接魔法を撃ち込ませるなんて、ミシディアのあの方らしいやり方だな…」

カイン達の追撃をかわしてようやくマリオンの元に戻ってきたアゼルは瀕死の状態だった。

「アゼル、すまない。君をこんな目に合わせてしまって」

横たわるアゼルは弱々しく首を振った。

「私は大丈夫だ、マリオン。それよりも、リシアを助けてやってくれ。彼女から引き離さないと…」

救護室のドアが開いて、軍靴の音が響いた。

「アゼルは大丈夫そうか?何度も変身を繰り返すと元に戻らなくなるかもしれないのだろう?」

聖騎士団の副団長は心配そうにマリオンに話しかけた。

「彼ならまだ大丈夫だ、ルシル。竜騎士団の者たちはどうしている?」

ルシルと呼ばれた副団長は、銀の髪と紫の瞳の月の民の特徴を持っていた。

「彼らは捕らえた聖騎士団員の身柄と引き換えに、エブラーナの王族の解放と、デビルロードの使用許可を要求してきた。
行かせて構わないよな」

マリオンはルシルの言葉に冷笑した。

「エブラーナの召喚士のデータは手に入ったから用はない。行かせて構わない。
試練の山で自らを滅ぼす魔法を手に入れれば、どうせあの女は自滅する」

それを聞いたルシルは氷のように冷たい目を険しくした。

「召喚士はいいが、あの王女、行かせていいのか?
君は彼女も仲間にしようと思っているようだが、あの女は君やサラとは異質だ。
あの女は
ゼロムスの人を惑わす魔力を受け継いでいる。君も惑わされているのではないのか?
俺は今のうちに始末したほうが良いと思うが」

マリオンは殺気を纏うルシルを抑えるように優しい表情を浮かべた。

「もう少し待ってくれ。彼女の力次第で我々の長年の夢が叶えられるのかもしれないのだから。
それに真実を知れば彼女は私たちの元に来るしかないのだから」

マリオンはその時を思い浮かべて心からの笑みを浮かべた。

試練の山の険しい道のりを登りながら、セルジュはポロムのために万能薬の元になる紫の花を探していた。
デビルロードを通って久しぶりにミシディアに戻ったら、ポロムが病床についていたのだ。
ここ最近、闇の力が増して魔物も強くなっており、その影響で白魔道師の賢者のポロムも影響を受けているとパロムは心配していた。
セルジュにとってもポロムは育ての親の一人だから、何としてもゼロムスを倒して救いたかった。

「ポロム様、大丈夫だと良いけど…。」

クオレがセルジュの隣を歩きながら呟いた。
クオレは自分が呼び出したゼロムスのせいだと気に掛けていた。

「大丈夫だよ。俺たちが力を合わせればきっとゼロムスも倒せるよ」

セルジュの励ましにクオレは勇気付けられた。

「そうよね。がんばるわ」

クオレは頷いて試練の山の頂上を見上げた。

「ここでセシル様もカイン様も大いなる力を得たのよね。
お二人ともローザ様のおかげで力を得たと聞いたんだけど、そうなの?セルジュ」

セルジュは前を歩くカインの背中を見つめた。

「俺が聞いた話だと、父上は母上を救いたいという思いの力で聖なる力を得たらしいんだ。
カインは母上の祈りの力が天に届いて不死身の力を得たって聞いたよ」

「祈りの力…ローザ様ってすごいわね。お二人にとっては大切な方よね、きっと」

「うん、三人ともとても仲が良かった」

クオレは義理の親であるエブラーナの王と王妃や、セルジュの話から、カインは何となく今でもローザ王妃のことが好きなのではないかと感じていた。
ミシディアではカインと再会したポロムも、何か深い感情を秘めているようだった。
前を歩くセリアはどこか足取りも重そうで、もしかしたらそんなことを知って憂えているのではないかとクオレは思っていた。

クオレは後ろを歩く義理の弟のアレクを振り返った。

「ねえ、セリア元気ないよね。励ましてあげたら?アレク」

「え?…俺にはいつも通りに見えるけど」

クオレは頭を抱えたかった。アレクはセリアに想いを寄せているのに、二人の仲は一向に進展しないのだ。
アレクはエブラーナの王子で身分も申し分なく、外見も父王に似てさわやかで、性格もどこか抜けているがまじめな青年だった。
いろいろありそうなカインよりも、セリアにはアレクとのほうが美男美女でお似合いに見えるのだ。
二人が幸せになればエブラーナのことも任せられて、思い残すことなく戦えるのに…とクオレは常々思っていた。

「きっと緊張してるんだと思うよ。今朝から口数も少ないし。」

アレクは考えるしぐさをしてからまじめな顔をしてクオレに向き直った。

「そうかな。でも何て言って励ましていいのか分からない」

「…とにかく何か褒めて励ましたら喜ぶと思うんだよね。セリアは騎士だけど普通の女の子でもあるんだし」

クオレがアレクの背中を思い切ってセリアの方へ押し出すと、二人は軽くぶつかる形になった。

「…ぶつかってごめん!」

そう言われたセリアの紫の瞳がアレクを見上げた。

「いえ、いいのよ」

深遠を感じる輝きの瞳がすぐ側にあり、アレクは息を呑んだ。
クオレの思惑通りに二人はそこから並んで歩き出した。
アレクはおもむろにセリアに話しかけた。

「…お前ってすごいよな、セリア」

「え?」

アレクが突如そう言い出したのでセリアは聞き返した。

「さっきから試練の山の魔物たちがお前にだけは攻撃してこないし、それってすごいことだよな」

セリアは戸惑った目でアレクを見た。試練の山は、聖なる力に救いを求めるアンデット達の巣窟だった。

「…多分仲間と間違ってるんだと思うわ。暗黒騎士ってほとんど死人化してるから」

会話に聞き耳をたてながらクオレは悲しくなった。
褒めるようにとは言ったが、もっと「きれいな目だね」、とか言って欲しかったのだ。
エブラーナに戻れたら、リディア様と一緒にアレクに女の子との会話の仕方から教育し直さないといけないと思った。

「ありがとう。アレクはいつも優しいわね」

セリアがアレクにそう言うと、アレクは照れたように頭を掻いた。

「!?」

なぜあの会話でアレクが優しいと感じれるのかクオレには疑問だったが、
幼馴染で気心知れたセリアには、アレクなりの思いやりが理解できるのだろうと希望を持った。

セリアはバロンに残してきたリシアの身を案じていた。
結局アゼルは黒い騎士に連れ去られてしまい、リシアも暗黒の力で傷を負い、バロンで暫く治療することになった
。ローザの部屋だった場所でも、彼女の日記は見つからず、誰かに持ち去られた後だった。
セオドールが聖騎士団長のマリーが最後に訪れた図書館に隠したのではないかと推測したので、
彼に日記の鍵を預けて探してもらうことになった。
捕まっていた子供たちも親が迎えに来るまで孤児院で守ってもらうことになった。

「あの襲ってきた黒い騎士はヘンリーの眠りの歌を知っていた。
あの歌は私とヘンリーしか知らないはずなのにどうして知っていたんだろう」

セリアが疑問を口にして、アレクも理由を考えた。
ヘンリーはダムシアンの第二王子で、アレクとは親友だった。

「ヘンリーは剣を使わずに歌で世界を平和にするっていう信条があるから、剣を使う黒騎士のはずはないしな…。
何者だろうな。でも襲われたお前が無事で良かった」

「そうね。カインも蛙の歌で蛙に変えられて、私は眠ってしまって、
どうなることかと思ったけど、やっぱりカインはすごい人ね。
黒騎士には逃げられてしまったけど、倒れていたリシアと私を助けてくれた。
どうやってあの危機を切り抜けたんだろう」

カインに聞いてもあいまいに流されてしまって理由は分からなかったが、セリアは感心しながら呟いた。

「乙女のキスが道に落ちていたのかな…」

「…やっぱりそうかしら」

乙女が道に倒れてたからなのに、二人ともどうして気付かないんだろうとクオレは二人の会話を聞きながら不思議に思った。
乙女のキスは蛙状態を回復させる薬の通称だったが、
本当の口付けでも同じ効果があるのだとクオレも初めて知ったのだった。

「頂上にもうすぐ着くぞ」

先を歩いていたカインがクオレ達を振り返って言った。
頂上には魔物が近寄れない聖域があり、全員その中に入った。
はるか下から吹き上げる強風で、セリアの長い真っ直ぐな銀髪が炎のように揺らめいた。

「お前たちならきっと大丈夫だ。聖なる力を手に入れられるはずだ」

カインにそう言われて4人は目を閉じた。

クオレが目を開くと、目の前に白い魔道師がたたずんでいた。

「ミンウ様…?」

その姿を目にするのは初めてだったが、クオレが伝え聞いた賢者ミンウの特徴と一緒だった。

クオレは思わず跪いた。

「ミンウ様、私のせいでゼロムスがまた戻ってきてしまったのです。
私はこの星の人間でない私を、本当の子供のように育ててくれたリディア様やエブラーナの人々の恩に報いたい。
どうかあなたの究極魔法を私に授けてください。私、ゼロムスを倒します」

ミンウは微笑んでその魔法の名を口にした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ