NOVEL(FFW)

□水路
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魔力で塞がれていた扉が開いて、シグルズは俯いていた顔を上げた。
バロンに戻る道中で魔物に襲われて、気がついたら地下に閉じ込められていた。その日から既に何日経ったか分からなくなっていた。
入ってきた騎士たちを見てシグルズは驚いた。

「…シグルズなの?」

聞き覚えのある澄んだ声に名を呼ばれて、シグルズは微笑んだ。

「約束を守ってくれたんだね!」

飛びついてきたシグルズをセリアは抱きとめた。

セリア達は地下水路の一隅で、巨大化したオクトマンモスに襲われて、倒すと隠し扉を見つけたのだった。
扉の魔法の鍵を解除すると、部屋の中にはシグルズ以外にも大勢の子供たちが捕まっていた。

「僕以外の子達も皆、狼みたいな怪物に攫われてここに連れてこられたって言うんだ。」

「私とセレストを襲った魔物と一緒のようね…」

捕まっていた子供たちの何人かは更にどこかに連れ去られたとシグルズは話した。
オクトマンモスは人為的に研究所で軟体生物を変異させて生み出すことができると聞いたことがあった。
連れて行かれた子供達も、そんな研究の対象になっているのではないかとセリア達は案じる思いだった。

「まずはこの子たちを外へ逃がさないといけないな」

カインの言葉にセリアは頷いた。

「それにしてもセルジュ君はどこへ行ってしまったんだろう…」

リシアが心配そうに呟いた。

「無事だといいけれど…」

三人は研究所から水路に別々に逃れたはずのセルジュとはまだ合流できずにいたのだった。
暗闇から突然輝くように美しい人間たちが現れて、子供たちは恐怖も忘れて呆然と魅入っていた。

「子供たちは随分憔悴しているようだから、一番年長そうなあなたがリーダーになって、私達について来てね。私たちが守るから」

「うん、任せてね!」

セリアの言葉にシグルズは大きく頷いた。
一行は更に水路を進むと、行き止まりの壁に突き当たった。

「ここだけ壁が新しいな。方角はどこを指している」

カインが壁に触れて言った。
セリアはセレストから渡されたトロイア製のナイフを糸に吊るした。
ナイフは狂ったように回り始めた。

「ここだけ磁場がおかしいのかもしれないわ…」

その言葉の後に、背後の暗闇から重い鈍器を引き摺る音がして、3人は恐る恐る振り返った。
音のした方向に明かりをかざすと、セルジュが何かを重そうに引きずりながら歩いてきていた。

「セルジュ君、無事で良かった」

リシアがセルジュに向かって走り寄ったとき、セリアが叫んだ。

「待って、リシア。何かおかしい」

セルジュは身の丈より大きな斧を引きずって歩いていた。
リシアに気づいたセルジュは、斧の重さによろめきながら振り上げた。
重厚な音をたてて斧はリシアの寸前の壁に衝突した。

「おかしいな…当たらないなんて」

セルジュは不思議そうに呟いた。

「何を言ってるんだ、セルジュ君…操られてるのか?」

後ずさって剣を構えたリシアの背をセリアが掴んだ。

「セルジュの斧を奪って動きを止めましょう」

カインが魔法を解くための呪文を唱え始めて、セルジュは再び斧を構えた。

「止めなさい!セルジュ」

セリア達が動く前に斧がカインめがけて投げつけられた。
風圧を感じるほどの衝撃が側を通り抜けて、2人の目の前でカインが居た場所は瓦礫の山になった。
セリアとリシアは崩れた瓦礫を青ざめて掻き分けた。

「俺なら大丈夫だ」

崩れた壁の奥から声がして、見るとカインが膝の上に倒れたセルジュを乗せていた。

「壁の下敷きになったかと思ったのに、どうして…」

呆気にとられて呟いたリシアに、カインが涼やかに答えた。

「身代わりの人形を使ったんだ。それはもう壊れてしまったがな」

「無事で良かった」

セリアは動かずに横たわるセルジュの側に駆け寄った。
カインはセルジュの口に紫の花を入れて呪文を唱えた。

「この花があればすぐに元の状態に戻る」

セルジュは花を飲み込むと目を開けた。

「カイン?どうして…俺…」

セリアは咳き込むセルジュの背を起こした。

「姉上ごめん。俺…正気を失っていた…」

「誰かが魔法をかけたんだろう。もう大丈夫だ」

セルジュはカインに助けられて立ち上がった。
崩れた壁の瓦礫の先には、精緻な彫刻の施された古い祭壇があった。

「天と…地…?」

リシアは祭壇の壁に書かれた古い文字を読もうとした。
父のセオドールに教わったことがある月の民の文字が書いてあるのだ。

「天と地と別れしものが再び集う時」

カインが壁の文字を読んで言った。

「読めるのですか?カイン様」

リシアは驚いて尋ねた。

「シドが月の民の書を解読していて、習ったことがあるんだ…」

「天と地って…この壁画の上と下に描かれているもののことね、きっと」

壁画には左上と右下にそれぞれ女神と鬼神のようなものが描かれていた。

「数字のようなものも書いているね。何の目的かは分からないけど、今は先に子供達を安全な場所に移さないと」

そう言ってリシアは少し離れた場所で震える子供たちを振り返った。
隠し扉の一つにたどり着き、扉を開くとバロン城の回廊だった。今は使われていない城に扉を開ける鈍い音がこだました。

「私はこのまま母上の部屋だった場所に行くわ。母上の日記の鍵をイレーヌから預かったから、探しに行くわ。きっと母上は白魔法でどこかに隠しているはずよ。皆は先に逃げて」

セリアはひとまず教会に向かうことに決めた一行にそう告げた。

「ローザの?」

カインはセリアの手の中の、薔薇の刻印がしてある小さな鍵を見た。

「では俺も一緒に行く」

そういったカインにセリアは首を振った。

「城の中は慣れているから一人で大丈夫よ」

「城には魔物も住み着いているらしいから一人では危険だ」

「…大丈夫よ。すぐ戻るから」

セルジュが見兼ねてセリアに心配そうに話しかけた。

「姉上、城はもう昔とは違っています。何があるか分かりませんからカインといっしょの方が俺もいいと思います。こっちは俺とリシアさんだけで大丈夫だよ。ねえ、リシアさん」

「私も…」

リシアは本心は別のところにあったが言うことはできなかった。

「私もその方がいいと思う、セリア」

「そうね…ありがとう」

そう言ったセリア達と別れて、リシアとセルジュは城外に出た。
教会に向かう途中で墓地を通った時リシアは寒気を感じて背後を振り返った。

「何か付けてきている…」

「やっぱりそう思いますか、リシアさんも」

二人はシグルズに他の子供たちを連れて教会に向かわせ、付いてきた気配の方向に剣を構えた。

「な、何だあれ…」

セルジュは墓から現れた黒い魔物に恐怖した。
狼と似ているが、それよりも大きくて、鎧を身につけていた。
魔物は身構えた2人の側をすり抜け、まっしぐらに逃げた子供たちの方へ向かった。

「しまった!」

意表をつかれた二人は身も凍る思いだった。
二人の頭上で一陣の強い風が吹いた。

「アゼルの竜!?」

リシアは信じられない思いで、魔物を止めようとするアゼルの竜を見つめた。
主なきあとはセリアになついて、バロンの上空に待機しているはずだった。
その竜が、主もセリアもいないのに助けに来たのだ。
誇り高い竜騎士の竜が、主以外のために戦うなどありえないことだった。

「今の内に早く教会に行きましょう!」

魔物ともつれるように闘う竜を後にして、全員無事に教会へ入れることができた時だった。

「あの竜は俺が助けます」

セルジュはそう言って急いで銀の弾を銃に装填した。

「パロム様とポロム様がお二人の魔力を込めた銀の弾を授けてくれたんです。
魔法に強い敵と遭遇したら直接撃ち込むと効くそうです。これならあの魔物も止められるはずだ」

竜が倒れたあとに、尚も噛み付こうとする魔物めがけてセルジュは弾丸を放った。
魔物は鋭い悲鳴を上げて倒れた。

「やった!当たった」

うずくまってもがく魔物から、黒い影が霧のように散っていった。
セルジュは予想外の効果に驚いていた。

「え…!あれ人間!?」

魔物だった生物が、苦しみ呻きながら人間の姿に変わっていった。
その姿を見たリシアは、セルジュが止めるのも構わず走り出した。

「リシアさん!危険です!戻って…」

魔物だった人間の側にリシアは膝をついた。

「アゼル!君なのか!?どうして?」

死んだはずのアゼルが撃たれた肩を押さえて、消え入りそうな息をしていた。

「リシア…?」

アゼルは上体を起こすとリシアにすがりついた。

「すまない…私は暗黒の力に負けてしまった。
君もあの王女に近づいてはいけない。…彼女は危険な存在だ。君だけでも逃げてくれ…」

「何を言ってるんだ…ア」

アゼルに尋ねようとしたリシアは、不意に背後から暗黒の瘴気を浴びて倒れた。
体の内側を引き剥がされるような、吐き気のする衝撃だった。

「リシア!?」

叫んだアゼルも錆びた鎖に拘束されて息もつけなくなった。
リシアの背後から、全身黒い鎧に覆われた暗黒の騎士が重い足取りで現れた。
騎士は拘束したアゼルを騎乗していた馬に乗せると、ひらりと跨った。

「ま…待て…彼を離せ」

リシアは倒れたまま手を伸ばした。
馬の轡を引いた騎士は頭上からの風の衝撃で唐突に地面に振り落とされた。

「カインさん…」

リシアの前に降りたったカインがリシアに話しかけた。

「大丈夫か?リシア。」

「私は大丈夫です。それよりアゼルを助けてください!カインさん」

「彼なら大丈夫だ」

そう言われて、アゼルの方を見ると、拘束された鎖をセリアが解き始めていた。
カインが黒い騎士を引き止めている間に、セリアはアゼルを助けようとしていた。
鎖を砕きながら、セリアは俯いたアゼルの顔を見つめた。
数年前自分を殺そうとした竜騎士の青年に間違いなかった。
その時戦ってアゼルは死んだと思っていたので、その青年がこうして側にいるのに驚いていた。
セリアはリシアの悲鳴を聞いてカインたちの方を振り返った。

「え…」

カインがいたはずの場所で、青い目のカエルが飛び跳ねていた。

「…黒魔法?!」

魔法に強いカインが変化の魔法に捉えられるなんて信じられなかった。
鎖を離して剣を身構えたセリアに、黒い騎士がまっしぐらに向かって来たので、その剣を受け止めた。
その黒い兜の隙間から、微かに灰青色の瞳が見えた。
はりつめた空気のどこからか、懐かしい歌声がしてセリアは目を見開いた。

「ヘンリー…?」

子供の頃、ひそひ草を通して、ダムシアンの王子のヘンリーがセリアのために毎夜歌ってくれた眠りの歌だった。
この歌を知っているのは、ヘンリーと自分の二人しかいないはずだった。
セリアはあたりを見回したが、ヘンリーの姿はなかった。
まさか目の前の黒い騎士が歌ったのかと考えながら、糸が切れたようにセリアは眠ってその場に崩れ落ちた。
黒い騎士は、何故か倒れたセリアの側で躊躇するように身動きをしなかった。

「セリア…」

リシアは絶望的な気持ちでその様子を見つめた。
カインは歌でカエルに変えられてしまい、セリアも眠りについてしまったようだった。
セリアの持っているクリスタルの魔法の解除効果もすぐには発動しないと聞いていた。

黒い騎士がおもむろに剣を構えた時、その足元をすり抜けて、青い目のカエルが倒れたセリアの顔に近寄って口付けた。

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