NOVEL(FFW)

□黒い羽
1ページ/1ページ

「もう気分は良くなったわ。ありがとう。イレーヌ」

研究所でセリアを出迎えたのは、正騎士団長マリーの娘で、ルゲイエの孫にあたるイレーヌだった。
イレーヌは高等研究所の研究員だった。

「回復して良かったわね。
護衛の人たちもおかしな位慌てていたから早く知らせて安心してもらいましょう。
どうして急に倒れたりしたの?」

「いろいろあって混乱していたのよ。
そういえばアルマスはセレストをあなたの所に連れて行くと言っていたけど、
セレストは大丈夫だった?」

「大丈夫よ。操りの魔法にかかっていたけどもう解除したから、彼は私たちの味方よ」

イレーヌはマリーによく似た理知的な顔に笑顔を浮かべた。
金髪と灰青色の目は母譲りだった。

「マリー様のことはアルマスから聞いたの?ごめんなさい。
私たちマリー様を助けられなくて…」

イレーヌは俯いた。

「仕方ないわ。それにきっと母は強い人だから生きてると思うわ。
父もそう言っていたわ」

「イレーヌのお父様は元気?」

イレーヌの父はルゲイエの息子で、高等研究所の所長だった。

「母がいなくなって少し落ち込んでいるけわ。
早く見つかるといいのだけど…。
そういえば昔は父からセリアと私はよく似てるって言われたわよね」

「時々入れ替わっても気付かれなかったくらいにね」

二人は笑い合った。

「今はますますセ…背も高くなって私とは大分違うようになってしまったわよね、セリアは。
そういえば覚えてる?
ローザ様からもらった大切なものを暴動でお城から逃げる時に二人で隠したわよね」

イレーヌはセリアと二人だけしか知らない秘密を、
セリアが偽物でないか確かめるためにさりげなく尋ねた。

「母上からもらったトロイアの泉で採れた黄金で作った指輪よね。
玉座の後ろに隠したけどまだあるかしら」

セリアはイレーヌとの思い出を正確に記憶にとどめていた。

「願い事がなんでも叶う指輪だって言ってたわよね」

イレーヌは目の前の人間が小さい頃から知っているセリアで間違いないとは思ったが、
どこか違和感も拭えなかった。
心を闇に取り込まれた暗黒騎士の治療の際にも、別人のようになった騎士達を見たことがあるが、
セリアも状態が変化し始めているのではないかと心配になった。
セリアの首元で光るクリスタルに気付いてイレーヌは尋ねた。

「すごくきれいなクリスタルね。
今クリスタルのエネルギーについて研究してるから、とても興味があるの。
少し見てもいいかしら」

イレーヌはルーペを取り出してセリアのクリスタルに近づけた。

「全く不純物もなくて透明度も高い。こんな純度の高いクリスタルは初めて見たわ。
どこで手に入れたの?調べるために借りられないかしら?」

イレーヌは興奮した口調で言った。

「試練の山で採れたらしいわ。
カインから身につけているように言われているからこれは貸せないけど、
今度山に行った時に見つけたら取ってくるわ」

イレーヌは目を輝かせた。

「ありがとう。あそこのクリスタルは希少で滅多に取れないのよ。
もしあったら研究に使えるから助かるわ」

「そんなに特別な力があるの?」

「ええそうよ」

イレーヌは訊かれるのを待っていたかのようにクリスタルの資料を取り出した。

「4つの自然要素のクリスタルはとても有名だけど、他にもいろいろあってね。
例えば試練の山では、ずっと昔亡くなった賢者ミンウ様の意識体の確認情報が多数あるわ。
他にも試練の山では死んだ人の意識体が確認されたという話がたくさんあるの。
私はこれらの現象は皆クリスタルの力だと思うの」

イレーヌの見せた資料にはクリスタルのスケッチが多くあった。

「月のクリスタルには人の記憶を記録する力もあるし、
話すことのできるクリスタルもあるそうよ。
きっとクリスタルに残った記憶が意識体になって現れるのだと思うの。
けど人為的な実験にはまだ成功したことがないの。
だから現象についての証言しかまだないんだけど」

イレーヌは証言資料を開いた。

「どの場合も誰かが亡くなった人にもう一度会いたいと思ったら、
クリスタルの力によって意識体が現れるようなの。
それも片方だけが会いたいと思うのではなくて、
亡くなった人も強い思いを残していないとはっきり声や姿になって現れないようなの。
クリスタルのエネルギーが尽きたり、離れすぎると意識体は消えてしまうらしいわ。
心残りのことが解消されたら消えてしまった意識体の例もあるらしいの。
この現象が解明できたら、夢みたいな話だけど、永遠の命が手に入るかも知れない。
黒いクリスタルの方がエネルギーとしては強いけど、
通常のクリスタルの方が良い効果は大きいのよ。
もっと研究が進めばいいのだけど」

イレーヌは呆然と聞いているセリアに気付いて話すのをやめた。

「ごめん。何のことか分からないわよね。研究のことになるとつい我を失ってしまうの。

死んだ祖父にそっくりだって父にも言われるんだけど…」

「いいえ。とても面白かったわ。
もし私がそんな意識体だったら、
心残りなことを果たして早く消えたいと思うわ、きっと」

イレーヌは恥ずかしそうに笑った。

「ありがとう。あなたとアルマスだけがこんな話でもちゃんと聞いてくれるのよ。
だからつい話しすぎてしまって。アルマスも変な女だと思ってるんでしょうね。
研究に恋してるんじゃないかってからかわれたのよ」

「アルマスが?」

気位の高いアルマスがどんな顔をしてイレーヌの話を聞いているのかセリアには想像できなかった。

その時医務室のドアが突然開いて数人の聖騎士が入ってきた。

「もう回復されたのなら宿泊施設に戻られてください。
研究所護衛の私たち以外は武器の所持は禁じられています。
武器は預からせてください」

そう言った聖騎士の顔を見てセリアは思わず声を上げそうになった。

「セ…」

セリアは帯刀している剣を外すと、目の前のセレストに差し出した。
セレストは表情を変えずに剣を受け取ると、代わりにセリアの手の中に素早く何かを渡した。

「では戻られてください」

その場を離れて一人になってからセリアは手のひらを確認した。
糸の結びついている折りたたみ式の小刀をセレストから渡されていた。
もう一度手の中に隠して施設の廊下を通り抜けようとした時に、前方の暗がりで赤い火が灯った。
カラスの鳴き声がして上から黒い羽が降ってきた。
2羽のカラスが前方の青年の腕に留まった。

「このカラスたちはとても知性が高くて利口なのですよ。セリア様」

青年はミシディアから来た黒魔道士のマリオンだった。
青年の腕のカラス達は、感情のない目をセリアに向けていた。

「あなたにもう一度お会いしたかった。是非見せたいものがあるのです」

「見せたいもの…?」

揺らめく灯火とともに青年に案内され、たどり着いた場所は地下の保管室だった。
黒いクリスタルの剣が厳重に厚いクリスタルのケースの中に仕舞われていた。

「こんなところに保管されていたのね。なぜこれを見せたかったの?」

セリアはマリオンに尋ねた。

「触れてみたいと思いませんか?あなたならこの力を操れる」

マリオンは笑みを浮かべて言った。

「この黒いクリスタルの力があればあのゼロムスにも匹敵する力が手に入る。
この黒い結晶は彼の血液で、その生命と力の源です。
この力が手に入ればゼロムスすらも従えることが出来る。
この世界もあなたの思うがままです。
報復したいと思う相手に思い知らすことができる。あなたは選ばれた人間だ」

セリアはマリオンの言葉に何故か優しさと寒気を感じた。

「黒いクリスタルは人を傷つけるし、あまり良いものではないわ。私には制御できない。

私にはあなたが言うような力はないわ」

マリオンはそう答えたセリアを悲しそうに見つめた。

「あなたは自分が何者であるのか忘れてしまったのですね。
あなたは私と同じ、生まれつき暗黒の力を備えているのですよ。
あなたも気付いているはずです。なぜ受け入れるのを拒むのです」

「あなたと私が?」

セリアはマリオンの言葉に心がさざ波のように揺らぐのを感じた。

「あなたは自分の中の何をするかわからない強い憎しみの感情が怖いと思っている。
でも同時にその心に身を任せたいと思っている。
暗黒騎士でいられることをゲームのように楽しんで、より強い力を欲している。
何故認めないのです」

「私はそんなことを望んでいないわ…」

セリアは身をすくませた。

「そうでしょうか?忘れたのですか?あなたがしたことを。
私を呼び出したのもあなたではありませんか…」

セリアは何を言われているのか理解できなかった。

「あの方のせいであなたは本来のご自分を見失っている。
あの方はあなたの本心を認めようとしない。あなたを傷つけるだけだ」

「あの方って…」

「あの方はあなたを以前愛していた人の身代わりにしているだけです。
自分に都合の良い役割演技を押し付けているだけです。
本当のあなたは違うのに。あなたは私達側の者だ。
私だけがあなたの心を理解してあげられる」

セリアは以前マリオンが触れた指の黒い傷が痛むのを感じた。

「あなたの言葉は…」

セリアは朦朧とした頭を庇う様に手で覆った。

「なぜそんなに私の心に響くの…」

マリオンはぐらついたセリアを腕に抱きしめた。

「あなたも私と同じなら分かるの?
暗黒騎士になってからの私は、心が凍りついたように何の喜びも感じなくなってきている。
私はそれが恐ろしい」

「それが暗黒の力なのです。不思議ではない。
暗黒に染まった者は皆一様に最初は恐れますが、その方が良かったと気付くのです。
さあそのクリスタルを渡してください。そうすればあなたは…」

マリオンはセリアの手に自分の手を添えて、弾かれたように体を離した。

「なぜそんなものを持っているのです…」

セリアの手にはセレストから受け取った小刀があった。

「何を言っているの…?」

マリオンは苦痛に耐えるように表情を歪ませた。

「まあいい。あなたはその指の傷がある限りどこにいても私からは離れられない。
いずれ私達側に戻る事になる」

青年はそう言うと背を向けて去っていった。
後にはカラスの羽が散らばっていた。

正気に戻ったセリアは辺りを見渡した。

「私は一体…」

「セリア、ここにいたの?」

階段からイレーヌが降りてきた。

「あなたのデータに不自然な点があると判断されてしまったから、
このままここにいると捕まってしまうかもしれないわ。
施設の地下道がバロンの地下水道と繋がっているからそこから逃げて。
先に護衛の人たちとセルジュ君は逃げてもらったわ」

イレーヌはセリアが聖騎士に没収されていた剣を渡した。

「セシル様の遺体は偽物だったから、きっと生きてらっしゃるはずよ。
あなたのデータは誰かがすり替えたのか、
もしかしたら暗黒騎士になってから以前とデータが変化してきているのかもしれない。
いずれにしてもあなたが偽物のはずがないわ。
地下道に入ったらセレストの渡したナイフを使って北東のバロン城を目指して。
あのナイフはトロイアの金属で出来ていて磁力があるから方向が分かるはずよ」

「あなたは大丈夫なの?」

「ここにはセレストもいるから大丈夫よ。それとさっきは渡せなかったけど」

イレーヌはそう言って白衣のポケットから小さな鍵を取り出した。

「母のマリーが、いなくなる前に私に預けたの。
自分の身に何かあったらこの鍵をあなたに渡して欲しいって…」

「分かったわ。ありがとう」

セリアは鍵をしまうと、イレーヌに見送られて地下道の入口に入った。
地下道は光のない暗闇だった。
暗闇の方が見えやすくてセリアは先へ進んだ。
しばらく進むと、足場が壊れていて行き止まりに当たった。
下を覗くと思ったより更に深い底に足場が見えて、足がすくんで目眩がした。

「セリア、そこにいるのか?」

足下からカインの声が聞こえて、小さな白い灯がその姿を映し出した。

「受け止めるから飛び降りろ」

その言葉に背筋が凍る気がした。

「ごめんなさい。高いところは苦手で…。
どこに落ちるか分からないから上手く受け止めてね」

セリアは混乱した心を落ち着かせるように目を閉じた。
すぐ側で着地音がして目を開けるとカインが登ってきていた。

「遅いから心配した…大丈夫か?」

セリアが落ち着かない心地でいると、カインが宥めるように抱きしめた。
セリアは体を強ばらせた。

「…あなたはまさか消えたりしないわよね…」

更に混乱したセリアは唐突に不安を言葉にしていた。

「…何を言っているんだ?」

カインは心底不思議そうにセリアを見た。
セリアがイレーヌから聞いた話をカインにすると、カインは可笑しそうに笑った。

「俺は君がいなくなったりしない限りは消えたりしない。大丈夫だ。
降りるから目を閉じろ」

その様子を見ていたリシアは声をかけられないでいた。
リシアは二人を見ていると胸が痛んだ。
同時に影が心に入ってくるのを感じた。
あの人さえいなければ、と思いかけてその暗い感情を振り払った。
どんな形でもセリアに力になりたい気持ちに揺らぎはなかった。
リシアは二人と合流するために暗がりから歩みだした。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ