NOVEL(FFW)
□再会
1ページ/1ページ
「もうすぐです」
ウパラはクオレを連れてセリアのいる場所を目指していた。
「ここを通るのね…」
人気のない墓地の側を2人が通り抜けようとした時だった。
鉄の蹄の音がして2人が振りかえると、暗がりから馬に乗った黒い騎士が現れた。幽鬼のような騎士が後退さる2人に近づいてきて、ウパラは悲鳴をあげた。
「ウパラ、大丈夫よ。私の後ろに隠れて」
クオレはウパラを庇いながら騎士に向き直った。
「あなたは一体誰?」
騎士は何も答えなかった。こんな時は相手よりも先に動かなければ、とクオレは呪文を唱えようとした。
「え…」
クオレは杖を握っていた手のひらをはたと見つめた。手のひらには沈黙の魔法文字が浮かんでいた。いつの間に術にかかっていたのかと愕然とした。
「…」
クオレは霧に包まれたように魔法を全て忘れていた。
私は何を言おうとしていたの。
クオレは言葉を思い出せなくて額を押さえた。
黒い騎士はあと数歩の所まで2人の側に近づいていた。この子だけでも逃がさないといけないと思い、クオレはウパラの方を振り向いた。しかし怯えるウパラに逃げるように言うこともできなくなっていた。
「どうかしたの?セリア」
門を出ようとして立ち止まったセリアにリシアが話しかけた。
「今誰かに呼ばれた気がして…気のせいかな」
セリアは見送りに来たセオドールに向き直った。
「リシアもいるから大丈夫と思うが、気をつけて」
そう言うと、セオドールはセリアを両腕で抱き締めた。
「はい、あの」
セオドールは腕を離すとセリアの頬を撫でた。
「お前はセシル王に似ているかと思ったが、それよりも私の母のセシリアに似ている。お前達の祖母に当たる人だ。セシル王は幼い頃に死に別れたから覚えていたかどうかは分からないが、お前にセシリアの面影を感じたのかもしれないな」
セオドールは戸惑うセリアの肩に手を置いた。
「お前は私にとっても娘同然だ。何かあったらまたいつでも頼って来なさい」
セオドールは2人が見えなくなるまで見送っていた。リシアはセリアと歩みながら、決意を改めていた。セオドールはリシアがセリアに付いていくと言ったとき止めはしなかった。 しかし菜園の薔薇の末路を見せた。
「これをやったのは彼女だ」
薔薇は黒く死に絶えていた。リシアは息を飲んだ。セオドールは静かに言った。
「あの子は心の底に計り知れない闇がある。それが何かは分からないが…。それに人を惑わす魔力も纏っている。その力を利用されたら良くないことになる。もしそうなったら私が止めないと…」
リシアは薔薇を見つめた。
「人は心に光も影も持っています…。私は彼女の心に光も感じました。彼女は悪い人間ではありません。私が彼女を誰からも守ります。利用させたりしません」
そう言ったリシアにセオドールは微笑みかけた。
「彼女の心はお前の方を向いていないようだが、それでも一緒に行くのか?」
リシアは赤くなった。
「私はそんなつもりでは…。ただ彼女の力になりたくて」
「ではそうしなさい。私よりお前の方が彼女についていった方がいい。私はお前の力を信じよう」
リシアは死んだ薔薇を両手で包んだ。手を離すと薔薇は元通りに赤い花を咲かせていた。
2人が宿に着くと、金髪の少年が入り口から飛び出してきた。
「姉上!」
「セルジュなの!?大きくなったわね」
セリアはセルジュに抱き着いた。セルジュは思わず体を退いた。
「姉上、体がすごく冷たい…」
「ああ…今は半分死人化しているから体温がないのよ。びっくりさせてしまったわね」
セリアは苦笑いした。
「大丈夫なの?」
セルジュは心配そうに言った。
「そうね。早く何とかしないとね…。それにしてもセルジュは兄上に似てきたわね。頼もしくなったわね」
セルジュは照れながら微笑んだ。
「姉上も…えっと…その…」
女の姉上に癖のない真っ直ぐな髪型以外はますます父上と似てきたなんて言うのもおかしいかなと思い、セルジュは言葉を詰まらせた。セリアは子供の頃から母上に似てなくて父上に似ているのを少し気にしていたようだったから、セルジュは複雑な気持ちだった。
「そう言えばクオレ達やウパラには会ったの?」
セリアは宿にクオレ達が見当たらなくて気になっていた。
「それが…クオレと小さな女の子が墓地の辺りで黒い騎士に拐われそうになったらしくて、偶然聖騎士達に助けられたようなんだ」
セリアとリシアは顔を見合わせた。
「2人は無事だったの!?どこにいるの!?」
「2人は聖騎士に保護されて無事なんだけど、クオレはショックでまだ何もしゃべれないみたいなんだ。それにクオレとアレクがエブラーナの王族だと知られてしまって、暫く身辺調査のために軍に拘留されることになったんだよ」
「そんなことになっていたのね…」
拐われそうになった2人が無事で良かったが、都合良く聖騎士が助けたことは腑に落ちなかった。
「あ、姉上、紹介するね。この方はミシディアの俺の兄弟子で、マリオンって言うんだ。バロンの高等研究所で魔法の指導をしてるんだよ」
黒装束の魔導師がセルジュの後から静かに階段を降りてきた。
「はじめましてセリア様。よくセルジュからお話は聞いていました。だから初めて会った気がしません…以前から知っていた気がします」
マリオンは笑顔をセリアに向けた。光を通さない漆黒の目と髪の青年だった。
「あなたは…」
マリーのことを何か知っているか聞こうとしたセリアの手をマリオンは優しく掴んだ。
「あなたは想像していた以上に美しい。本当に月の女神のようだ」
マリオンは跪いてセリアの手に口付けた。セリアは目眩がした。口付けされた所が一瞬火で炙られたように熱く感じられ、何を聞こうとしていたのかいつの間にか忘れ去っていた。
王室生活から何年も離れていたので、こんな大袈裟な挨拶を受けたのは久しぶりだった。
「この怪我はどうされたのですか…?」
マリオンはセリアの指の傷を辿って呟いた。
「籠手を外していたのを忘れて棘を掴んだもので…」
セリアは朦朧としながら答えた。
マリオンは一瞬秘密めいた笑みを浮かべた。
今、笑ったのか?
リシアはマリオンがセリアの傷を見て笑ったのに気付いて憤然とした。
「いえ…そうではなくて」
マリオンはすぐに悲しげな表情に変わっていた。
「誰のせいで大切な御身を傷付けるほど心乱されたのかと思って…」
「それは…」
甘い声が耳に伝わると、何もかも話したくなる衝動にかられそうだった。
「早く手当てしないと」
リシアはセリアの手を取って、マリオンから引き離した。
「そ…そうね」
セリアは我に返った。
「あ…この方はリシアと言って、セルジュと私の従兄弟に当たるのよ」
「俺たちの従兄弟!?」
セルジュは驚いて声をあげた。
「今日はいろんな人に会えて嬉しいな。宜しくね。リシア」
「宜しくね。セルジュ。私はセシル様の兄のセオドールの息子です」
「せっかく会えたけど、俺とマリオンは直ぐに高等研究所に帰らないといけないんだ。姉上も、身分証明のための検査を高等研究所で行うみたいだから、正式に通達があったら気をつけて来てね。俺達は先に行って待っているから」
「…私達は先に準備して待っていますよ。くれぐれもお気をつけて」
マリオンは言葉とは裏腹に冷ややかな目をセリアとリシアに向けて、セルジュと共にそこを後にした。
セルジュは数年の間のセリアとの隔たりも感じていた。相変わらず優しいのだが、苦労されたせいなのか近寄りがたい影のようなものがセリアにある気がしていた。
「姉上…早くもとの姿に戻られるといいのだけど」
セルジュはそっと呟いた。
日の暮れた軍の基地の裏門で、数人の聖騎士が馬車を待っていた。
「遅かったな」
ようやく着いた馬車の御者に聖騎士は代金を渡した。大きな荷袋を運び込むと、聖騎士は馬車の扉を閉めようとした。
「待ってください」
見張りの陸兵が聖騎士達に話しかけた。
「何を運んでいるのですか?」
「陸兵か…お前達には関係ない。」
1人の聖騎士が冷たく言い放った。
「そうはいきません。念のため荷物を点検させてください」
聖騎士は構わずに馬車の戸を閉めようとしたが、御者は既に他の陸兵に押さえられていた。
「荷物の中に人が入っています!」
目を離した隙に荷物は陸兵が外へ運び出していた。荷袋を開けると、眠っているクオレがいた。
もう1つの荷を1人の聖騎士が抱えてその場から逃走した。子供が顔を出してもがいていた。
「え…」
背中が何かに飛び乗られたように突然重く感じられて、聖騎士は荷を投げ出して倒れた。聖騎士が手を離した荷からウパラが転がり出た。
「至近距離じゃ俺達に敵うはずがないのに、逃げるなんて無駄だ。やっぱり陸平の変装をして見張っていて正解でしたね、団長。どこへ連れていくつもりだったんでしょうね」
逃げた聖騎士の背中を押さえたカインに、副団長が話しかけた。
「そうだな…。後で捕まえた奴らにゆっくり聞いておいてくれ」
ウパラは呆然とした目をカインに向けていた。
「かっこいい…」
「ウパラじゃないか。大丈夫か?怪我はないか?」
その声を聞いて、救護院によく寄付をしに来てくれるカインだとウパラはようやく気づいた。
カインはウパラを抱き上げた。ウパラの中で閃くものがあった。
「あの…カイン様って飛べるんですか?もしかして」
ウパラがカインに尋ねた。
「竜騎士だから飛べるが…どうかしたのか?」
助けられて混乱しているのかとカインはウパラが心配になった。
「もしかしてカイン様は姫を守って飛ぶことのできる騎士ですか?姫がその騎士の話をしてくれました」
カインの青い目が当惑に揺らいだ。
「姫って、セリアのことか?彼女に会ったのか?」
「そうです」
ウパラは頬を紅潮させて頷いた。
「…それなら多分俺のことだと思うが…彼女が何か言っていたのか?」
ウパラは目を煌めかせた。
「姫が話してくれたんです。カイン様のことが好きだって言っていました!」