NOVEL(FFW)

□教会
1ページ/1ページ

ウパラはセリアに頼まれた宿を目指して小走りにかけていた。慣れた道だったので、セリアの仲間に彼女の無事を伝えたら、日の沈むまでには帰れそうだった。

「どこへ急いでいるんだい?」

ウパラが声をかけられて振り返ると、黒魔導師が立っていた。

「私は宿へ…」

ウパラは話しながら、そういえばどこへいくつもりだったのだろうかと、急に記憶が霧に包まれたように曖昧になった。

「君の行く宿はあっちだよ。そこに青い髪の少女が1人で待っているから、救護院に一緒に連れていくといい」

魔導師は少女の向かい側の通りを指差した。

「そ…そうでした…」

ウパラは今から行く宿を思い出してその場を後にした。

「マリオン、一体何の話していたんだ?」

見知らぬ少女と話していたマリオンにセルジュが話しかけた。クオレだけを宿に残して、他の3人は町の中で行方の分からなくなったセリアを探していた。

「少し道を聞かれたんだ。私もまだバロンに来て間もないから、道は分からないと答えたよ」

マリオンはセルジュに微笑んだ。


救護院では、セリアはリシアにこれまでのことを話し終わっていた。

「リシア様、魔法で人の心を簡単に操ったりできるのでしょうか?魔法の効果は一定時間は効いても永遠ではないはずです。セレストのように長期間操られるのは普通の魔法では考えられない。もしそんなことができるとしても、治すことはできるでしょうか…?」

「そうですね…」

リシアはセリアに窓の外の菜園を見せた。

「確かに魔法の効果は限られているけど、例えばあの花…少量なら鎮痛剤や睡眠薬になる。ですが大量に接種すると心を失う効果があって記憶を失うこともあります。魔法と併せて使えば魔法の効果はかなり長くなる。ダムシアンが原産で、種から育てましたが、栽培が難しくてバロンではここにしか生えていません。俗称は忘れ草といいます」

リシアの指差した花は橙色の禍々しい色彩をしていた。

「治せる方法があるとすれば…試練の山のような高地に咲く花に、万能薬の元になるものがあるんです。それも栽培が難しくて成功したことがないんですが…試練の山に行かれるなら取ってきたらいいですよ。これは星の花、もしくは思い出草と言われてるんですよ」

リシアは薬品棚の瓶に保管している花をセリアに見せた。星の形をした紫色の花だった。

「万能薬…」

これがあれば、もしセレストがまた魔法にかかっても治せるかもしれないと思った。花はセリアの瞳と同じ赤みがかった紫色をしていた。

「セレストさんも無事だといいですね。そういえば…竜騎士団に私の友人もいて、孤児院で兄のように接してくれていたアゼルと言う者がいるんです。竜騎士は世襲の方がほとんどなのに、彼は優秀で単独でも竜騎士になれたんです。数年前から急に連絡がとれなくなってしまったんですけど、ご存じないですか?」

セリアはその名前に覚えがあった。

「友人…?アゼルと?」

アゼルと言う名の竜騎士が数年前セリアの前で命を落としていた。

「アゼルと言う名前の竜騎士は私を殺そうとして、逆に討たれました。同じ名前の者もいるし間違いかもしれませんが…」

リシアは悲痛な面持ちでセリアを見つめた。

「竜騎士団にはアゼルと言う者は一人しかいませんでした」

セリアは息を飲んだ。

「何故彼はあなたの命を狙ったのです?」

「彼は私がバロンに何か不利益をもたらすと言っていました。それが何かは分かりませんが…」

リシアはよろめいて壁にもたれ掛かった。

「すみません。ショックで気持ちが整理できない。少し1人にしてください。…教会に行きます」

リシアはそう言うとセリアを残して部屋を後にした。残されたセリアは菜園に出て、忘れ草と呼ばれた花を眺めた。リシアを傷つけたのがいたたまれなかった。その名の通りに悲しみを忘れさせてくれるのだろうかと花に手を延ばした。

「それは毒草だぞ」

声と共に白い騎士が門を飛び越えて入ってきた。セリアは騎士はカインかと思ったが、違っていた。騎士は長い金髪を後ろに振り払った。

「またカインさんと間違えたんだろ?その顔は」

「まあね…。黙っていればそっくりでかっこいいのにね。どうしてここに来たの?ベリル」

ベリルは緑の目の色と髪の長さ以外はカインとほとんど区別がつかなかった。

「誉め言葉と受け取っておく。お前には夢で助けてもらった恩もあるし、伝えておこうと思ってな。セレストは無事だから心配するな。それとこの救護院にはこの前夢であった男がいただろ?もう会ったのか?お前と似てたから従兄弟か兄弟じゃないのか?」

「…本当に従兄弟だったわ。彼の父はセシル王の兄よ」

「はあ!?本当に従兄弟だったのか!?冗談で言ったんだけどな…」

ベリルは屈託なく笑った。 セリアはセレストが無事だと聞いて安堵した。

「あとな、カインさんが聖騎士団に拘束されてるらしい。マリー様の殺害容疑とエブラーナのスパイ容疑がかかってるらしい」

セリアは冷水を浴びせられた気がした。

「カインに容疑が!?間違いでしょう!?…それにマリー様が死んだなんて…」

「まあ落ち着け」

ベリルは叫ぶセリアの肩に手を乗せた。

「議長も無罪を押してるし、すぐに疑いは晴れるさ。マリーだって死んだとは限らないし。それよりお前の生存証明のために高等研究所でデータ照合するらしいから、近いうちに呼び出しがかかるらしいぞ。俺は竜騎士団にカインさんのことで相談されてるから、軍の基地に行く。俺達が何とかするから、お前は大人しく高等研究所に行くといい。」

「本当に大丈夫なの…?」

セリアは疑わしそうにベリルを見た。

「大丈夫だって。それにあの人ならいざとなったら自分で脱出するだろうから心配するな」

「確かにそうね…」

カインに限って危害を加えられることはないと思うが、心配は尽きなかった。

「それと気になってるんだが、カインさんの縁談のことなんだか、お前もう話しはしてもらったか?あの人も変わってるよな。白魔導師とかにしておけばいいのにな」

ベリルは笑顔でセリアに尋ねた。

「え?」

セリアは耳を疑った。

「縁談!?カインは結婚するの!?」

裏返った声でセリアは聞き返した。

「まだ聞いてないのか?あの人遅いなあ。だから良くないんだよな。他の男にまた取られるかもしれないのに。まあ、他の国の王子達も勇気あるよな。俺だったらあの人と張り合おうなんて恐くて無理だけど」

ベリルは眉根を寄せた。セリアの顔は強張っていた。

「…知らなかった。カインに直接聞いてみる」

暗い声で呟いたセリアに、ベリルは顔色を変えた。

「お前から聞いたりなんか絶対するなよ!俺が言ったなんてばれたらあの人に本気で怒られるからな。知らないふりしてろ。いつかあの人から言うだろうし」

「…そうなの?」

セリア以上に狼狽えるベリルをセリアは不思議に思った。

「お前、今まで気付かなかったのか?本当に鈍いな。誰に似たんだかな」

ベリルはセリアに呆れて言った。

「そう言えば、何か言いたそうだった…」

ベリルに言われてみると、カインの様子は今まで何となく変だった。話していて急に黙ったり、何か言おうとして止めたりすることが時々あった。縁談なんて大切なことを言えないくらい気を遣わせていたのかと、セリアは申し訳なかった。

「お前もあんまり迷惑かけずに早く聖騎士くらいにはなってやれよ。その暗黒騎士の姿だとあの人がかわいそうだろ。でもあの人も普段はクールだけど一度決めた相手には一途で重そうだから、お前も大変かもな。がんばれよ」

ベリルはそう言ってセリアの背中を励ますようにたたいて去っていった。セリアはそのままよろめいた。

「カインに縁談なんて…」

セリアは陰鬱に呟いた。暗闇に放り出されたような気分だった。カインが独りでいるのは王家への忠義を尽くすためだと思い込んでいた。カインは容姿も優れていて身分も高く、バロンの女兵士達にも人気がある。よく考えたら今まで独りでいた方がおかしいのだ。セリアに起こる災難に巻き込んで縁談を邪魔していたのないかと申し訳なかった。気がついたら側の薔薇の花を強く掴んでいて、慌てて離した。蝋のように白く細長い指に、赤い筋が伝い落ちた。いくら鈍いからと言ってカインのことに気付かなかったのは不覚だった。暗闇がセリアの心を曇らせた。カインの相手は白魔導師ではないようだか、まだ見たこともない相手に冷たい感情を抱いた。自分の心に腹黒い嫉妬があるのを初めて意識していた。

「父上…」

父のセシル王は、嘘をついたり、信頼を裏切ったりしてはいけないといつも言っていた。ベリルには悪いが、やはり嘘をついて知らないふりをするなんてできないとセリアは思った。

「やっぱり次に会った時、はっきりカインに聞いてみよう」

今まで気付かなかったことを詫びて、早く聖騎士になってカインに心配かけないようになろうとセリアは思った。そして、少し寂しいがカイン達を心から祝福できるようになろうとセリアは思った。
気持ちを入れ換えたらセリアは教会に入ったリシアが心配になり始めていた。もう随分出てこないのだ。セリアはリシアの様子をうかがいに教会を目指した。教会の側には手入れされた大きな墓碑があった。

『戦で犠牲になった者達の魂よ安らかに』

墓碑にはそう刻まれていた。 セリアが教会の扉を静かに開くと、リシアが祭壇に祈りを捧げていた。天窓から明るい光が幾重にも反射してリシアを照らしていた。セリアは暗がりからその姿を見つめた。暗黒騎士になってから光や聖なる力とは対極の存在になってしまったが、リシアの澄んだ姿を見ると心が洗われるようだった。振り返ったリシアにセリアは話しかけた。

「さっきはすみませんでした。リシア様」

「いえ、私こそすみません、動揺して。今アゼルの魂の冥福を祈っていました」

跪いていた場所からリシアは立ち上がった。

「教会の側の墓碑を見ましたか?」

「ええ…」

セリアは頷いた。

「父のセオドールがあの墓碑を作ったんです。父は時々何日も教会にこもって祈りを捧げてる。きっと辛いことがあったんでしょうね。今は分かる気がします」

リシアは俯いた。

「私はアゼルが人を殺そうとするなんて信じられない。彼は優しい人でした。きっと何か圧力があったんだと思います。私はそれが何か知りたい。良かったら私もあなたと同行させて下さい。白魔法も使えるから足手まといにはならない筈です。」

「ありがとうございます。でも、私はあなたを危険に巻き込みたくはない…」

セリアの言葉にリシアは微笑した。

「しばらく実戦からは遠ざかっていますが、剣の稽古も毎日父としていますし、危険はありませんよ。」

「…本当にいいのですか?」

セリアは確かめるように尋ねた。リシアは頷いた。

「あなたは私にとっては大切な人だ。少しでも力になりたい。…それにあなたは暗黒騎士ですが、心までは闇に染まっていない。そんな人は初めてだ。私はあなたのことをもっと知りたい」

リシアは祭壇のクリスタルに触れた。

「この教会はこのクリスタルで結界が張られていて、邪悪な者は近づけないんです。月の女神がここに置いていったと言い伝えがあります。これを見ていて急に何かに呼ばれてあの夢の中に入れた。あなたも触れてみるといい」

クリスタルの中には、月光のような白い光か煌めいていた。セリアはクリスタルに触れて、美しいと思ったが特に何も起こらなかった。

「それと、もう敬語はやめよう、セリア。私たちは同い年くらいだろうし」

「…そうね」

2人は微笑み合った。


セオドールは戻ってきた菜園で、出掛ける前まで赤く鮮やかだった薔薇が、呪われたように黒く死に絶えているのを見つけた。憂いを帯びた目で暫くそれを眺めた後、教会の扉を開けた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ