NOVEL(FFW)

□救護院
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今日何度目になるか分からないが、リシアが治療室のドアを開けた。救護院の前で倒れていたセリアを救助したのは数時間前だった。寝台で眠るセリアは起きる気配はなかった。リシアはのぞきこんで、大きな怪我がないことを確認して安堵した。真っ直ぐな銀髪が乱れて頬にかかっていた。首まで黒く覆われていて、白い肌が見えるのは、花を散らしたような顔だけだった。 触れると消えてしまいそうに感じられて、リシアはただセリアを見つめていた。

「本当にきれいな方ですよね。」

掃除をしていた少女がリシアの側で話しかけた。誰もいないと思っていたリシアは慌てて顔を上げた。

「い、いたんだね。ウパラ」

ウパラと呼ばれた少女は床を掃きながらリシアと話した。

「姫なのにどうして男の格好されてるんでしょうね」

倒れているセリアを見つけたのはウパラだった。リシアを呼んで2人で運ぶ時、リシアはきれいな方だと呟いていた。黒い鎧の騎士に対して言う言葉には思えなくて、この人はおかしくなったのかとウパラは心配したが、よく見たら騎士は見たことがない位美しい女の人だった。

「何か事情があるのかもしれないね。起きたら聞いてみよう。」

少女もセリアの顔をのぞきこんだ。リシアは騎士のことをバロンの王女だと言っていた。確かに身分の高い者らしい筋の通った品格はあるが、どこか儚い雰囲気もあった。

「早く目覚めるといいですね。リシア様は王女と以前お会いしたことはあるんですか?」

リシアは以前から王女を知っているようだったので、不思議に思いウパラは尋ねた。

「うん、一度は月の女神の祭の時で、二度目は夢の中だった。」

「夢ですか!?夢で見るくらい想っていたのですね!?それは恋ですか?」

普段は清貧を重んじる真面目なリシアが、そのようなことを言うのはウパラにとっては事件だった。

「君、大人びたことを言うんだね、ウパラ…」

リシアは呆れてウパラを眺めた。

「セオドール様が貸してくれた絵本に恋とはそういうものだと書いてありました。」

ウパラはリシアを真面目に見返した。

「まあ、その時は夢を操る魔法のせいだったんだけどね。また見に来るけど、彼女が目覚めたら教えてくれよ。ウパラ」

リシアは笑ってウパラを撫でた。

「分かりました」

ウパラはリシアが出ていった後も床掃除を続けた。横たわる王女は、美しすぎるから、人ではなく妖精が化けているのかもしれないと思えた。床から顔を上げたウパラは箒を手から落とした。いつの間にか王女が起き上がって辺りを見回していた。

「…あなたが助けてくれたの?」

王女は人の言葉を話したので、ウパラは疑いを捨てた。

「私はウパラです。王女様。ここはバロンの救護院の一つです。あなたはここの門の前で倒れていたから、私とリシア様とでここに運びました。」

セリアはリシアと同じ紫の目の色をしていた。

「ありがとう。助けてくれて。リシア様って、私と同じ髪と目の色をした方よね?」

「そうです。」

「お礼を言わないと」

立ち上がろうとしたセリアををウパラは引き留めた。

「大丈夫です。リシア様は心配してまたすぐこの部屋をのぞきに来ますから、ここで待っていてください。…それより、あなたはお姫様なのですよね。本物のお姫様は初めて見ました。歌や踊りはできるのですか?」

「…え…まあ少しは」

子供の頃は武芸の稽古がほとんどだったが、舞踊も少しは習ったことがあった。

「やはりそうなのですね。セオドール様が貸してくれた絵本にお姫様が出てくるんです。すぐ持ってくるから待っていてください」

ウパラは絵本を取りに部屋の外へ出ていった。

「セオドール様…?」

セオドールはセシル王の兄かもしれない方だった。ここにいるのなら、直接尋ねられるかも知れなかった。一人になった部屋でセリアは墓地であったことを思い出していた。

アルマスが倒れたセレストを運び去ろうとした時に、セリアはその足を掴んでいた。心の底から沸き上がる感情を抑えられなかった。アルマスは掴まれた苦痛に顔を歪めた。

「なぜ…彼を殺したの」

周囲の風が暗くざわめいた。

「待て…この男は死んでいない」

言われてセレストをよく見ると、微かに息をしていた。自分を燃え尽くしそうだった感情が静かに治まった。

「まあ軽傷でもないがな…」

アルマスはセリアも担ぎ上げた。

「何で彼を攻撃したの?ひどい…」

セリアが尋ねると歩きながらアルマスは答えた。

「お前も倒れていたし、一撃でこの男の動きを止めないとこちらに余計な被害が出てしまうだろう」

アルマスは面倒そうに話した。

「お前は王室育ちで軟弱だから戦いには向いていない。諦めて国外に出て行った方がいい。だいたい女が騎士で戦うなんて無茶だ」

セリアは体を動かそうともがいた。

「女だからってバカにしないでよ。それにルベリアだって兵士じゃない」

「あいつは召喚の才能があるし特別だ。お前よりも強いし」

セリアは言い返せなかった。

「だいたいこの男はお前を殺そうとしたのに、敵を助けようなんてお前は甘いんだよ。平和な時ならそれでもいいが、上に立つものは敵には恐れられるほど冷酷でないと、気付いたときには全て奪われてしまうぞ。お前の父のセシル王のように」

セリアは眉をひそめた。

「まあ、王制も結局いずれ滅びる制度なのかもしれないがな」

アルマスは遠くを見つめるようにして呟いた。彫りの深い怜利な顔に寂しい表情が浮かんだ。アルマスは前のバロン王の親族で、若い時の彼ととそっくりだとよく言われていた。セシル王がいなければアルマスが国王になっていたかもしれないが、そんな不満は聞いたことがなかった。 アルマスは不意にセリアを斜めに見つめた。

「あの人はなんでお前みたいに鈍いやつがいいんだろうな…。縁談なら他にいくらでもあるだろうし、そこまで王家に義理立てしなくてもいいのに。そんなに王妃の血筋がいいのか。それにしてはお前はローザ王妃には似ていないが…」

アルマスは首をかしげて呟いた。セリアには意味は分からなかった。

「とりあえず救護院に置いていくから、手当てしてもらうといい。お前には夢の中で助けてもらった借りもあるしな」

「…セレストをどこへ連れていくつもりなの?」

セリアはセレストが心配だった。

「イレーヌの所だ、あの人は味方だ。この男も治してもらうから心配するな。」

イレーヌは聖騎士団長マリーの娘で、高等研究所の研究員だった。

「この男、傷病時のデータから俺達と同じ王族だと分かった。うまく治せば操っていた者が分かるかもしれんし、味方にして利用できるかもしれん。お前は余計な手出しはするなよ」

アルマスは朦朧とするセリアを門の前に降ろすとセレストを連れ去った。


気がつくと救護院の中だった。アルマスは約束を破る人間ではないから、とりあえずはセレストの身は安全なはずだった。

「持って来ました。この絵本です」

ウパラが息を切らして部屋に戻ってきた。セリアの膝に乗せられた本は、金粉がまぶされたように鮮やかな絵本だった。

「これがお姫様というものですよね」

開いた絵本には、豪華なドレスの姫と、魔物に変えられた王子が描かれていた。

「…なんだか私、姫よりも魔物みたいだからがっかりさせてしまったかもしれないわね…」

セリアは絵を見つめて呟いた。

「大丈夫です。愛の力でこの王子のように元の人間の姿に戻るんです。問題ありません」

「そ…そうね…ありがとう」

セリアは子供の勢いに押されていた。

「姫は王子さまの恋人はいるのですか?愛の力で助けてもらわないと」

ウパラはセリアの隣に座った。

「恋人はいない」

「え…?絵本と違う…」

ウパラは落胆した瞳をセリアに向けた。

「う…いや…憧れている人ならいる、かな」

ウパラは目を輝かせた。

「どんな方ですか!?王子さまですか?」

「王子様ではないけれど、聖なる騎士様なの」

ウパラは食い入るようにセリアを見つめた。

「姫を守る騎士ですね。かっこいい方ですか?どんな方ですか?」

「そうね…。一緒にいる時は助けてくれるし、頼りになるし、それに」

セリアはその姿形を思い浮かべた。

「それに、飛んでる姿がかっこいいの。風みたいにさわやかで」

ウパラはセリアの話しに聞き入っていた。

「いつも姫を守ってくれるんですか?」

「いつも一緒にいられる訳じゃないけど…、離れている間も無事でいて欲しいと思うし、また会いたくなる。無事に戻ってきてくれたら嬉しいと思えるの。」

ウパラは嬉々として尋ねた。

「いつからそんな風に憧れてるんですか?」

「初めて会った時からずっと」

そういえば初めて会ったのはいつだったろうかと話しながら考えた。

「それは恋ですか?王女」

セリアは目を丸くしてウパラを見つめた。

「大人びたこと言うのね、ウパラは」

ウパラは笑みを浮かべていた。

「でも…あの方は聖なる騎士だから、暗黒騎士の私とは…」

セリアは目を伏せた。
扉の開く音がして、2人は顔を向けた。

「あ、目が覚めたんですね、王女」

リシアが部屋に入ってきた。

「あの…ありがとうございます。休ませてもらって。それに夢の中でも助けもらったし」

セリアの礼に対してリシアは笑顔を浮かべた。

「あの時はお互い無事でよかったです。それとここは寄付でなりたっている無料の救護院なんです。いくらでも休まれてください」

「ありがとうございます…。それで、聞きたいのですが、ここにはセオドール様はいらっしゃるのですか?セオドール様はセシル王の兄君に当たる方かもしれないんです」

「セシル王の兄?」

リシアは驚いて聞き返した。

「セシル様のご親戚だと聞いたことはありますが、兄だなんて…。あの方はここの領主で私の父親ですが…あまり自分のことは話したがらないし、自分から人前にも出られないので…。もうすぐ戻って来られるから、一緒に聞いて見ましょう」

「はい…でも、待たせている仲間がいるので私は一度戻らないと…心配させているだろうし」

そう言ったセリアにウパラが話しかけた。

「王女様、私が仲間の方に無事だと伝えてきますからセオドール様に会われてください」

「そうですね。ウパラ、そうしてあげなさい。でも暗くなる前に帰って来るんだよ。最近は人さらいがいて物騒だから」

セリアはリシアにも促されて、ウパラに連絡を頼むことにした。

「ありがとう。お願いするわ。でも、彼らにはここへは来ないように言ってね。用がすんだら私があちらに戻るから 」

「わかりました」

ウパラは宿の場所を聞くとそこへ向かった。リシアはウパラを見送るとセリアに話しかけた。

「私はバロンで孤児として育ってそのまま軍に入ったのですが、数年前セオドール様が私の父親だと言って探しに来られたのです。それで軍を出てセオドール様についてここに来たのです。ずっと親はいないと思っていたからまだ慣れなくて…。あの方は威厳もあるし、威圧されてしまって気軽に父さんとも呼べないんです。親子なのに変なんですけど」

リシアは恥ずかしそうに頭をかいた。

「それに、私の母親はトロイアにいるそうなのですが、名前は教えてもらえないんです。」

「なぜです?」

セリアは不思議に思った。

「多分トロイアの高位の神官の方だと思うんです。トロイアの神官は表面的には結婚が禁じられてますから、公に結婚するなら、ミシディアの賢者様達みたいに奥様が神官職を辞さないといけないでしょう。それができないのだと思います。セオドール様に聞いたら否定もされなかったし…でもあなたが私のいとこなんて…」

リシアは何故か残念そうにしていた。

「でも…まあ、いとこでも…。それはそうと、どうしてここの門の前で倒れていたのですか?」

「私の友達が魔法で操られて…」

セリアはここに来るまでのことをリシアに話すことにした。

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