NOVEL(FFW)

□裏切り
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「そろそろ閉門の時間です。急がれてください」

門番が通行人に話しかけていた。 カインだったら塀を飛び越えられるだろうから心配ないと思い、セリアは歩を進めた。

「王女様…」

背後から話しかけられて、セリアは振り返った。

「あなたは…」

豊かな黒髪の女が立っていた。

「サラ…。もう釈放されたのね。」

サラは訓練生の時に出会った歌手だった。

「あの時は危険な目に遭わせて申し訳ありません。私はもう暫く取り調べを受けます。王女はできればここには近付いてはいけません。早く国外に逃げてください。でないと…」

サラは周囲を見渡した。

「…どうしたの?まだカインも残っているから国外には出ていけないわ。なぜそんなこと言うの?」

いぶかしむセリアにサラは向き直った。

「あの方なら大丈夫です。必ずここから出て、王女のためならどこにいても助けに来てきてくださるはずです。心配されないでください。だから…」

サラは背後から視線を感じて凍りついたが、振り返らなかった。

「…もう閉門してしまいます。呼び止めてすみません。早く外へ行かれてください。…せめて高等研究所には近づかないで下さい。あそこは危険です」

サラに追い立てられてセリアは門を後にした。

見送るサラに、黒魔導師の青年が歩み寄ってきた。

「なぜ彼女にあんなことを言ったんだ?」

サラは俯いた。

「本当にこんな方法しかなかったのかと思って…。」

「今さら後悔しているのか?この国の王政を転覆させるのにお前の歌声も役にたったというのに」

サラは青年の言葉に胸を締め付けられた。

「本当のことを話せば王女なら私たちのことも分かってくれるかもしれないわ。それに…王女の力は人間が扱えるものではないわ」

「彼女なら我々に理解を示すかもしれないが…他の王族達はおさまらないだろう。彼らは代々我々の邪魔をしてきた。それにあの竜騎士…」

青年は心の奥底で暗い炎が燻るのを感じた。

「彼女に試練の山のクリスタルを渡しているようだ…。」

青年の憎しみのこもった声にサラは不安な顔を向けた。青年は一転して穏やかな声でサラに話しかけた。

「何も案ずることはない。お前が彼女に渡した王妃のクリスタルはマリーの手に渡り、マリーの白魔法の力を利用して解析することができた。我々の思い通りに事は運んでいる。」

青年はサラの側を通りすぎて門へ向かった。

「それにお前が彼女に言ったことは悪くはない。近付くなと言われたらそうしたくなるものだ。彼女はじきに自ら我々の元に来るさ」


門の外セリアはクオレとアレクに落ち合っていた。高等研究所では、セシル王の遺体の解析が行われているはずだった。公の発表もないので、遺体はセシル王の偽物だったのだろうと思われるが、一度確かめにいくつもりだった。セリアはサラに止められてかえって気になっていた。

「月の女神ってね。幻獣かもしれないと思って調べたんだけど」

セリアの弟のセルジュが呼び出した女神は、自分を月の女神だと名乗ったそうだ。それがクオレにはずっと気になっていた。

「エブラーナにも言い伝えがあるんだよ。前世の罪を償うために月から来たお姫様でね、求婚してくれた誰のものにもならずに最後は月に帰ってしまうの」

もちろんクオレはセリアにはそんな風になって欲しくなかった。義弟のアレク王子と一緒になってエブラーナに来てほしかった。しかしセリアは恋愛どころではなさそうだから、アレクが遠慮して今のところ何の進展もなかった。今はセリアと仲が良くて隙のないカインも軍の所要で留守だった。その間にアレクとセリアが互いの事を理解し合う絶好の機会だとクオレは内心喜んでいた。

「エブラーナにはそんな言い伝えがあるのね」

「月の光みたいに手の届かない存在の例えなんだろうねきっと。セリアの見た女神と繋がりがあるかは分からないけど…。あ、そうだ。せっかくだから3人でバロンの町を見て回ろうよ」

クオレはそう言うと、先に商店街に向かって走り出した。ダムシアンのヘンリー王子は以前会った時に王室認可の交易許可証を渡してくれていた。その為交易目的ということにすればどの国にも入国しやすくなっていた。それでもデビルロードの使用許可がおりるまでは2、3日かかる為、クオレはバロンの観光もするつもりだった。

「あいつ、エブラーナから離れて旅するのが初めてだから調子に乗ってるんだ。迷惑かけてすまない」

アレクがセリアに話しかけた。

「私の方こそ、ここに着くまでの道のりで2人には助けてもらってばかりだったわ。2人には申し訳なくて…」

「気にするな。いつでも頼ってくれて構わない」

「ありがとう、アレク。感謝してるよ」

アレクは優しい微笑を浮かべて頷いた。アレクは幼い頃は病弱だったから、立派に成長したものだとセリアは感心していた。エブラーナのご両親も喜ばれるだろうと思った。

「わあ、バロンにはこんな大きな兎がいるんだね。かわいい。」

クオレは占い師の出店の前で立ち止まっていた。

「兎?どこにいるんですか?」

占い師は周囲を見回した。

「あ、王女様!?覚えてますか?僕契約の魔法をかける仕事をしていた者です」

側に来たセリアに占い師は話しかけた。

「あの時の魔導師なの?」

3人の目の前の占い師は毛並みのいい兎の姿をしていた。占い師は、王族たちにバロンに逆らえない魔法をかけて縛った魔導師だった。

「僕、あれから任期が終わって転職したんです。やっぱり王女様が亡くなったという噂は嘘だったんですね。ご無事で良かったです」

「ありがとう…。あなたが辞めたなら、今は契約の魔法の管理は誰がしているの?」

「最近ミシディアから新しく来た魔導師の方が管理していますよ。とても優秀な方らしいですよ」

「そうなんだ…」

以前夢を操る魔法でマリーを利用してきたのは、その者かもしれないとセリアは思った。

「そうだ。ねえ、せっかくだから占いをしてもらおうよ。私は恋占いをして欲しいな。お願いしていい?」

クオレが占い師に話しかけた。

「分かりました。任せてください。このクリスタルは試練の山で採れた特別な魔力のあるものなんです。今までこれで占ったことは百発百中なんですよ。」

占い師は得意気に台の上のクリスタルに手をかざした。 クリスタルには燦々と輝く太陽が映っていた。

「良かったですね。太陽みたいな素敵な方とすぐに出会えますよ」

「太陽?わあ、嬉しいな」
クオレは目を輝かせた。

「良かったな。クオレ」

アレクも微笑んだ。

「でも、太陽の光が強いと陰も濃くなるみたいだから気を付けてくださいね」

喜ぶクオレには占い師の続きの言葉は耳に入っていなかった。

「ねえ、セリアもこれから結ばれる人を占ってもらおうよ」

「そうですよ。王女様も是非遠慮なさらずに」

「いえ私は…」

小動物のような愛らしい目で占い師とクオレにじっと見つめられて、セリアは断れなくなった。

「う…やっぱり私も少ししてもらおうかな…」

「分かりました。王女様も占いますね!」

占い師はクリスタルに再び手をかざした。

「王子さまとか映ってないですか?」

「クオレ、邪魔しちゃダメだぞ」

待ちきれなくてしゃべるクオレをアレクが制した。
クリスタルを真剣に覗き込んでいた占い師は、暫くして狼狽え始めた。

「おかしいな。何も映らない。こんなこと初めてだ…。すみません」

クオレは呆気にとられた。何か映ったらアレクとこじつけるつもりだったのに、あてが外れてしまったのだ。

「いいのよ。気にしないで。これからの努力次第で未来は変えることはできるわ」

セリアは優しく笑った。

「はい…でも良かったら、これから先気を付けた方がいいことも占っていいですか?お代はいりませんから」

占い師は不吉な兆しではないかと心配になっていた。

「じゃあお願いするわ」

セリアがそう言うと占い師はクリスタルを覗き込んだ。結晶内の暗闇で、燃え上がる火が見えた。

「火に気を付けて下さい。王女様…」

「分かった。参考にするわ」

セリアはあまり重く受け止めていないようだったが、クオレには胸騒ぎがしていた。

「ねえ、占い方を変えてみようよ。アレクと2人で相性占いしてみようよ…セリア?」

セリアは人混みの中を見つめていた。急に黙ったセリアにクオレは話しかけた。

「どうかしたの?」

「セレストがいたの…。追いかけるから2人は先に帰っていて」

言うなりセリアは人混みの中を走り出していた。

「え、ちょっと待ってセリア!1人で行ってはだめよ!」

クオレとアレクもすぐに追いかけたが、慣れない町ですぐに見失ってしまった。

「どうしよう…見失ってしまった」

残された2人は辺りを見渡した。

「あれ、クオレちゃん?」

側を通った少年がクオレに話しかた。 クオレは少年に見覚えがあった。

「セルジュ!?」

「すっごい偶然だね。また会えるなんて。覚えててくれたんだね」

少年はセリアの弟王子だった。

「セルジュ、この方は誰なんだ…?」

セルジュの隣にいる黒魔導師が呟いた。

「この子は闘技場で出会った子です」

セルジュは黒魔導師に話しかけてからクオレの方を向いた。

「クオレちゃん、この人はミシディアの俺の兄弟子なんだ。すごく優秀な黒魔導師なんだよ」

黒魔導師の青年はフードを捲った。黒髪の青年の頬にまだ新しい傷があった。

「初めまして。私はミシディアから来た黒魔導師のマリオンです。今はバロンの魔法の管理と、研究の手伝いをしています」

クオレは青年の端正な顔には不釣り合いな傷痕に、思わず目を奪われていた。

「…私はクオレ、こちらがアレクと言います。エブラーナの者です。」

マリオンはクオレに手を差し出して握手した。エブラーナにはあまり握手する習慣がないので、クオレは違和感を感じた。

「今セルジュのお姉さんとはぐれたから探してるの。一緒に探してもらえないかしら。私達バロンの町には詳しくなくて困ってるの」

「姉上と一緒にいるの!?」

セルジュはクオレに聞き返していた。

セリアが人混みで見かけた数人の聖騎士団の隊列にセレストの姿があった。隊列は軍の基地を目指しているようだった。後を追っているうちに、末尾にいたセレストは1人で隊列から離れたようだった。セリアには理由は分からなかったが、セレストはそのまま人気のない墓地に入っていった。

「ずっと付いてきているようだが何の用だ?」

セレストは歩みを止めると、後ろのセリアに話しかけた。セレストは聖騎士の姿をしていた。自己を犠牲にして他人を庇ったセレストは、暗黒を消し去って聖騎士になれたのだとセリアは思った。

「セレスト、聖騎士になれたんだね。無事で良かった。ずっと探してたのよ」

話しかけたセレストはどこか様子がおかしかった。

「君は誰なんだ?なぜ僕の名を知っている?」

セリアがセレストの言葉が信じられなかった。疑いの目でセリアを見つめるセレストは、冗談を言っているようにも見えなかった。

「忘れたの?バロンの王女のセリアよ」

セレストは剣の柄を握った。

「王女は死んだはずだ。偽者か?」

「私も助かったのよ。偽物じゃないわ。分からないの?一緒に戦ってくれるって約束したじゃない」

「約束?…でたらめを言うな」

セレストがそう言うと、セリアの足元がぐらついた。ホールドの魔法を使われたと気づいたときには、セリアは地面に倒れ付していた。

「セ…セレスト!?どうしてこんなことするの…!?」

倒れた拍子にセリアの外套が外れていた。

「暗黒騎士か…。近頃町に心を失った暗黒騎士が現れて人を拐っている。君がそうなのではないか…?だとしたら僕が戦うのは君とだ」

セレストは剣の切っ先をセリアに向けた。

「あなたはセレストでしょう!?…訓練の時はいつも私を助けてくれた…。今度は私があなたを助けるためにバロンに戻って来たのよ…」

セリアは地に伏したまま動けなかった。
近付いて来るセレストの足音は、次第に重くなった。

「…君は誰なんだ…?」

セリアの目の前に来たセレストの足元に滴が落ちた。
どうにか顔を動かして見上げたセレストの瞳からは、涙が流れ落ちていた。

「なぜ涙が出るんだ…。君を見ていると…」

セレストは目を押さえた。
セリアの胸のクリスタルが熱をもってホールドを解き始めた。

「セレスト、…あなたきっと何かの魔法で…」

魔法で操られているとしたら、セレストにもクリスタルを使えば元に戻るかもしれないとセリアは思った。

「…僕に君は殺せない…」

セレストは心の中で凍りついていた部分が溶けていくような気がした。

「何とか魔法を解かないと…」

セリアは指に力を込めようとしてもがいた。

「…そんな聖騎士ごときにやられるとは、いつまで経っても情けないな」

声がして、高貴な白い騎士が2人の来た方向から平然と歩いてきた。

「王女の称号持っていながら…」

セリアはその声には聞き覚えがあった。

「アルマス…?」

アルマスはバロンの王族の中では最も身分の高い者だった。偶然通りかかって助けに来てくれたのかとセリアは思った。

「お前は王族か?その女を助けるつもりか?」

セレストは険しい目をアルマスに向けた。

「俺が用があるのはその女ではない。お前だ…。セレスト」

アルマスはそう言って、独特の剣の構えをした。セリアはそれに気づいて叫んだ。

「止めて!セレストを殺さないで!」

アルマスの一瞬の動作の後に、セレストは 声もなく地面に崩れ落ちた。すぐ側に倒れたセレストを、セリアは呆然と見つめた。セレストは息をしていなかった。

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