NOVEL(FFW)

□約束
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「無事で何よりでした王女。王女が亡くなったのは誤報だったと改めさせます」

バロンに着いたカインとセリアは議長と面会していた。議長は二人に対して優しく語った。

「ですが、王女はそのお姿ではバロンの民に示しがつきません。セシル王のように暗黒を捨てて聖騎士にならなければいけません。暗黒は人の心を蝕みます。私は暗黒騎士の制度には反対していますが、軍部の要望もあり撤廃できないでいます。私はできるだけあなた方の力になりますから、バロンでの目的が果たせたら試練の山に向かわれてください」

反論はなかった。

「…分かりました」

呟くセリアに対して議長は言葉を続けた。

「暗黒を捨てると言うのは自分の心の闇と戦うことです。その方法は各々で違うようですが、あなたならきっとできるはずです。もしできなければ、王女と言えどバロンには戻れないと思ってください。」

議長は立ち上がって窓から街を見下ろした。

「近頃黒い騎士が人をさらう事件が起こっています。恐らくは理性を失った暗黒騎士の一人でしょう。捕え次第処分することになります。あなたはそのようになってはいけません。」

議長は振り返って、2人に近付いた。

「私はこの国に残り、軍部の対立や、分裂を煽る勢力を抑えなければなりません。あなた方に反目する者達もいるでしょうから、どうかお気を付けてください。あなた方を見ていると昔のセシル様とカイン様を思い出します。王女は王ではありませんが…私はあの頃まだ見習いの書記でしたが、団長のお二人に憧れていました。私はあなたの方が議長にも適任だと思っているのですよ。カイン様、あなたさえ良ければ…」

「俺は軍人だから政治には向きません。あなたのようにバロンをよく知る人間の方が相応しい。俺がいない間はこの国のことを頼みます。」

カインは議長の手を取って微笑んだ。
寂しそうに頷く議長を残して二人は門に向かった。

門の外では飛空挺の演習が行われる準備が始まっていた。

「カイン。聞きたいんだけど、」

飛空挺の起こす風でセリアの長い銀髪が舞い上がった。

「心の闇と戦うってどういうこと?カインはどうやって聖なる力を得ることができたの?…私にもできるだろうか」

離陸し始めた飛空挺を見ながらセリアが呟いた。

「それは不意に現れるんだ。心の隙が生じたときに。否定せずに認めて受け入れることができればいいんだ。大丈夫だ。君なら絶対できる。俺も付いている」

「…ありがとう。頼りにしてるよ。カイン」

「ああ、任せておけ。…それで話は違うが、君の姉君にも頼まれたんだが、君は落ち着いたら行きたい国はあるか?」

「行きたい国?カインも一緒に?」

将来の夢のことでも聞かれているのかと思ってセリアは聞き返した。

「俺が一緒に行けるかは分からないが…エブラーナやダムシアンなどだが…」

カインは公務で忙しいから自由な時間などないのだろうとセリアは思った。こうしている間も本当は各地で必要とされているのだ。そのカインに今このように同行してもらえるのはありがたかった。

「私はできれば月に行ってみたい」

「…月?」

思ってもいなかった返答に、カインは思わず聞き返していた。

「カインは父上達と一緒に月に行ったことがあるんでしょう?どんな所だった?」

セリアは興味深そうに話した。

「月は荒涼として何もなかった。魔物も強いし。だが月から見るこの星は美しかった」

「私も月からこの星を見てみたい。兄上が魔導船に乗って行く時、私も一緒に行きたかったの。その時は私はまだ小さいし、行ってはいけないと止められてしまったけど、私もいつか魔導船で月にいってみたい。」

「セオドアが戻ってきたら今度は俺からも頼んでみよう。もっと強くなって、俺も一緒だったら月に行くのも許してもらえるさ」

「本当に?…ああ、でもカインは忙しいだろうから無理しなくても…」

「大丈夫だ。必ず一緒に行く。約束する」

セリアの心に希望が宿った。

「ありがとう。その約束を希望にするよ」

久しぶりに見た笑顔にカインは安堵を感じた。

「それで話は逸れたが…君の将来の行き先のことなんだが。俺は国の関係も大事だか、君の気持ちも大切だと思っている。他の国に行かなくても、バロンに残ってもいいと思うんだ。バロンには他の王族もいるし、俺もいるし」

「…一体なんのこと言っているの…?」

セリアは不思議そうに首を傾げた。
カインは暫く考えて、セリアの瞳を見つめた。

「エブラーナとダムシアンの王子が…君を…」

見つめた瞳にはカインしか写っていなかった。紫の光に吸い込まれそうな気がしてカインは何故か言葉が出なくなった。

「カイン様」

声がしてカインは正気に戻った。
聖騎士団の副団長が側に立っていた。

「聖騎士団のことで火急の相談があります。少しお話をしたいのですが」

「分かった。セリアは先に行ってくれ。門の外でアレクとクオレが待っている。…それと以前渡したクリスタルを持っているか?」

「持っているよ?」

セリアはカインからもらったクリスタルのネックレスに触れた。試練の山で採掘された希少なクリスタルだった。

「それを絶対に離すな…俺がいない間も君を守ってくれる」

「…分かった。先に行って待っているよ」

聖騎士団副団長は冷めた目でセリアを一瞥するとカインと共に軍部の方へ去っていった。
副団長は銀髪と紫の瞳をしていて、セリアと同じように月の民の血族であるのは間違いなかった。訓練生の頃から一度も言葉を交わしたことはないが、聖騎士からさらに遠くなった暗黒騎士を認めていないのだろうと思った。
セリアは飛空挺の起こす強い風に飛ばされないよう足を踏みしめた。外套を翻すと門の方を目指して歩き始めた。


「それで話と言うのは何だ?」

カインは随分遠くまで軍の暗い施設内を歩いてきた気がした。

「あなたと王女にマリー様殺害の容疑がかかっています。敵国エブラーナに情報を流している疑いも」

カインが振り替えると、聖騎士の姿はなかった。深い暗闇が周囲を包んでいた。手を延ばした先で、冷たい鉄格子が行く手を阻んでいた。行き先を魔法で操作されていたことにカインは気付いた。

「どういうつもりだ?」

「あなたこそどういうつもりです。あれは王女を名乗る魔物です。マリー様はあの娘のせいで死んだのです。その娘に手を貸す裏切り者には当然の報いです」

見えないどこかから聖騎士の声がした。
カインは鉄格子を握りしめた。

「マリーはあいにく死んでいない。我が竜騎士団が既に救出し、安全な場所に移動させた。」

「竜騎士団があの場所に入れるはずがない…」

聖騎士は揺らめく灯火と共に姿を現した。

「…やはりマリーは生きているのか」

聖騎士はカインの意図に気づいて、忌々しげに睨んだ。

「さあ、今生きていたとしても今後は分かりません」

聖騎士は来たときと同じ方向に身を翻した。

「あの娘が処罰されたら今度はあなたの番だ。」

遠ざかる足音を聞きながら、カインは鉄格子に手を這わせた。いつの間に魔法が使われたのか全く気づかなかったことに驚いていた。
解錠の魔法を唱えようとしたとき、後ろの暗がりから声がした。

「あなたが油断したわけではありませんよ。竜騎士カイン様」

振り向いたカインの前に赤紫の炎が灯った。

影から黒魔導師の青年が姿を現した。青年はミシディアの装束を着ていた。頬に浮かぶ傷以外は表情も見えなかった。

「お前は誰だ…」

「私はたくさんの名を持つ者です。罠と知っていて敵の内情を探るためにわざと付いて来たのでしょう。違いますか?確かに少しの魔力ではあなたを留めるとこは不可能だ。しかしここは何重もの魔力の檻を重ねています。外へ出るには時間がかかる。その間に我々の目的は遂げさせてもらう。あの娘…どこから派生した力なのか薄々気づいているのでしょう?だから側にいようとしている」

青年は口許に笑みを浮かべた。

「あの娘は魔性の者です。意図せずとも見るものを虜にし、月の光のように心を狂わせる。あの娘をめぐって王子達が争い合えば、国家間の戦争が起こる。我々には望ましい。心を乱されたものは操りやすい。あなたならよくご存知でしょう」

「お前達は何をするつもりだ」

カインは顔色一つ変えずに青年に尋ねた。

「悪魔とは美しく魅力的な外見をしているものですよ。カイン様」

カインは魔力の及ぶぎりぎりの距離を青年ととった。

「あの娘は我々の最高傑作です。災いと嘆きをもたらすものにして、我が分身…。返してもらうまでです。閉じ込めておいた方がましだったといずれあなたも後悔するでしょう。彼女が我々の仲間になれば、あなたの首を狙うことも有り得るのですよ」

「彼女は俺の大切な友人達の子供だ。お前達のものではない」

「そうですか…私にはあなたも惹かれているように見えましたが」

青年はカインの周囲を歩き始めた。

「あなたさえ望めばバロンの王座も手に入るのですよ?それとも、王妃と同じ姿をした哀れなダムシアンの姫の方がお望みなのですか?」

青年の声は周囲の闇に反響した。

「それとも円卓の騎士のように、まだ王妃自身をお望みですか?王も王妃も我々の思い通りにできるのですよ」

カインは黙って青年に意識を集中させた。その存在は掴めそうですり抜けていくばかりだった。

「それとも望むのはその全てですか…?強欲な方だ」

離れているのにその声はすぐ近くからしているかのようだった。

「人の心は弱いものです。カイン様。あなたをめぐってあの二人の王女を憎み合わせるのも面白い。あなたがより大切に思う方を奪ってもいいのですよ。気持ちを揺さぶりさえすれば人は容易く操り人形になる」


青年は歩を止めて、青白い指をカインの前に開いて見せた。

「なぜお前がそれを…」

青年の手の内には薔薇の形のクリスタルがあった。カインが昔ローザに贈った髪飾りだった。

「言ったでしょう。王も王妃も既に我々の手の内なのです」

カインは槍を握りしめた。

「セシルとローザはお前達に負けるほど弱くはない」

目に見えるものではなくて、本体を捕らえるためにカインは辺りに集中した。

「なぜ心を閉ざすのです。カイン様。昔のように愛する人を奪われるのが恐いのですか?…それともまた愛する人を傷つけてしまうのが恐いのですか?我々になら、あなたの気持ちを解ってあげられる」

カインには青年の優しい言葉が次第に夢見心地に聞こえ始めた。

「我々ならあなたの願いを叶えて差し上げれる。さあ、本当に望むものを言ってください」

青年の手の上のクリスタルにカインは手を延ばした。閉じた目の奥で誰かの姿が脳裏をよぎった。

青年は慈愛に満ちた笑みを浮かべた。

カインの手は、クリスタルを通り越して青年の腕を掴んでいた。
捕らえたと思った青年の装束は、火に包まれた。灰がカインの足許に散らばった。
炎はそのまま円を描いてカインの周囲に広がった。

「どうやら本当に以前のあなたとは違うようだ…」

炎の円の外で青年は呟いた。その声には憎しみがこもっていた。

「あなたを殺すこともできず、心を奪うこともできそうにない。この魔法の檻も破るのは時間の問題でしょうが、我々には十分だ」

青年は呟くと幻のように消えていった。
カインはできるだけ早く抜け出すために、精神を集中させて目を閉じた。

回廊を通りながら、青年はカインに捕まれた腕を撫でた。まだ震える腕に青年は眉をひそめた。実体をもう少しで捕らわれそうになり、逃れられて胸を撫で下ろした。清らかな強い光に、微かに残った人の心を見透かされそうだった。こんなことは初めてだった。急がなければ、と青年は門を目指しながら思った。

「それは本当なのですか…?」

竜騎士団の副団長は聞き返した。
聖騎士はカインが裏切りのために身柄を拘束されたと伝えに竜騎士団の陣営に来ていた。

「あなたが信じたくない気持ちは分かります。しかしカイン様は以前にも心を惑わされたことがある。今回も事実が判明するまで彼が人に危害を加えないよう監視する必要があります」

言われた竜騎士は疑問を感じていた。

「以前はそのようなこともあったかもしれませんが、私の知る限りではカイン様はそのような弱い方ではありません。公正に調査をされてください」

団長に続いて扱いにくい男だと聖騎士は内心舌打ちした。

「調査員に判断は委ねられます。その間はあなたが団長代理を勤めてください」

聖騎士が去った後、竜騎士は不安を抱く部下に言った。

「あの男は嘘を言っている…。何かが起こっているのかもしれない。」

団員は一様に同意見だった。

「機密兵と接触しよう。彼らなら何か知っているかもしれない」

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