NOVEL(FFW)
□忘れ得ぬ人
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「私を母上と間違えてるのね」
セリアの手を握った姫が微笑した。
「姉上…」
ダムシアンの竪琴の音が止んだ。
ローザと瓜二つの姫は、バロンの第一王女のセフィアだった。
その美しい指を飾る青いクリスタルにセリアは見覚えがあった。
「会うのはもう6年ぶりくらいね。バロンの内乱の時はダムシアンから助けにいったのに、あなたを見つけることはできなかったの。ごめんなさい。辛い思いをしたでしょう。」
「姉上こそ…ウィリアム様のこと、大変だったんでしょう。ここはダムシアン?」
花が咲いたように美しいセフィアの後ろから、ダムシアンの第二王子のヘンリーも姿を現した。
「目が覚めた?良かったね、セリア。」
屈託なく笑いながらヘンリーがセリアに話しかけた。
「セリア、ここはダムシアンではないのよ。バロンの領土内の宿場よ。私達、砂漠の光を手に入れて帰る途中に、カインに呼ばれたの。あなたが危ないから助けて欲しいって…。あんな取り乱したカインは初めてみたから、すごく心配したのよ。」
セフィアがセリアの手を離すと、その中で薔薇の花びらのような形をしたクリスタルが、砂になって崩れ落ちた。
「私達姉妹の絆が深かったからクリスタルの魔力が上手く引き出せたのよ。砂漠の光は病気や状態異常を治せるから」
セリアは溢れる砂を見ながらセフィアに話しかけた。
「姉上のお陰で助かったのね。ありがとう…でも、誰か別の人に使うつもりだったんじゃないの?ごめんなさい」
「いいのよ。また帰りに取りに行くわ。それにあなたが無事で良かった。ねえ、セリア。こんな危ない目に遭いながらバロンに行く必要があるの?あなたさえ良ければ一緒にダムシアンに来ればいいのに。…そうだわ、そうしましょうよ。ねえ、ヘンリー、いいでしょう?」
「え?姉上…」
セリアは眉を潜めた。
ヘンリーはにこにこして頷いていた。柔和だけど感情が読み取れないその笑みに、セリアは戸惑いを感じた。
「姉上、せっかくだけど、私はバロンで探さないといけない人がいるんです。他の王族やマリー様が無事か確かめたいし。セルジュもバロンに向かってるから守らないと。私はもう大丈夫です。」
セフィアは悲しそうな顔をした。
「止めても行くのよね…。分かったわ。今は息子のジョージが体調が悪いから、砂漠の光を持って帰らないといけないけど、良くなったら私もあなたの力になるわ。」
「ありがとう…姉上。それとヘンリーと二人で話がしたいのだけど」
セリアが見上げるとヘンリーは優雅に頷いた。
セフィアとクオレが部屋から出ていくと、ヘンリーがセリアに話しかけた。
「セリア、僕へのお礼ならいいよ。君が助かったのは姉君の魔力のお陰だし。僕の竪琴の魔力にも少しだけ感謝してくれるなら嬉しいけど」
「…その姉上とどうなってるの?」
セフィアの指には、亡くなったダムシアンの第一王子ウィリアムから贈られた婚約指輪がはめられたままだった。
ヘンリーは一瞬言葉に詰まった。
「…セリア、君アレクから何も聞いてないの?」
「アレクがどうしかしたの?」
「いや…」
ヘンリーは両手を上げて首を振った。
「せっかく君の姉君に僕との再婚の話をしたのに断られたよ。まあ今は仕方ないけど。ジョージのことも考えたらこうするしかないから、いずれは分かってくれると思うけど」
セリアはヘンリーの腕を掴んだ。
「姉上のこと頼む…。姉上の側にいて支えられるのはあなたしかいないから。姉上はまだ亡くなったウィリアム様のこと…」
ヘンリーはその言葉に驚いていた。
「君って優しいんだね…。君との婚約解消までしたのに。恨み言でも言われるかと思っていたのに…」
ヘンリーはセリアの手に自分の手を重ねた。
「ねえ、君って本当に僕のこと…」
好きだったの?と聞こうとしてヘンリーは言葉を止めた。
ドアが開かれる音がして二人とも 顔を向けた。
「セリアは気がついたのか?」
カインが入ってきて、ヘンリーはセリアの表情の変化に気が付いた。
「どうかしたか?」
カインが怪訝そうにギルバートとよく似た王子を見つめた。
「何でもありません、カイン様。僕は少しアレクと話してくるので、セリアのこと頼みます」
ヘンリーは掻き立てられる内心を隠して笑顔を心掛けた。
ヘンリーが出ていくとカインはセリアに話しかけた。
「眠れそうか?」
「夢を見るのが怖くなった。あんな魔法があるなんて、バロンの魔法技術はかなり進んでるのね…」
階段を降りたヘンリーはアレクを見つけて話していた。
「君、まだセリアに求婚してないんだね。君が彼女のこと引き受けてくれるって言うから、安心してセリアとの婚約解消したのに、何か問題あるの?君になら任せられると思っていたのに」
ヘンリーの言葉に アレクは眉を潜めた。
「今はそれどころじゃないだろうし、あいつに俺のこと好きになってほしいんだ。今はまだあいつは俺のこと好きじゃないと思うから。」
ヘンリーは首をかしげた。
「君みたいな真面目でいい奴の求婚を断る人はいないと思うけど…。それにセリアは王族の責任感あるから、例え他に気になる人がいても断ったりしないと思うよ。国交のためだし」
ヘンリーの言葉にアレクが首を振った。
「それじゃ意味がないだろ」
ヘンリーは笑って竪琴を弾いた。
「分かった。じゃあ、彼女に何か気の利いたこと言ってあげてね。例えば、君の煌めく瞳は紫水晶のようで、真っ直ぐな流れる髪は真珠、頬は石榴石みたいに美しい、こんな風に謳ってみて」
「無理だ」
「君の国じゃそんな習慣ないのかもしれないけど、それじゃ気持ちは伝わらないよ。彼女暫く見ない間にすごきれいになっていたし、君だってそう思うでしょう?それを素直に言葉に表したらいいんだよ。僕なんか子供の頃は毎日さっきみたいな詩を歌ってあげたよ」
「あいつはそれで喜んでいたのか?」
「面白いって喜んでいたよ。彼女の喜ぶ顔が見たくて僕は吟遊詩人になったんだ。君の国では王族は忍者だったよね。何かいい忍術ないかな」
「俺は忍術を習ったことはないから使えない」
アレクはきっぱりと言い切った。ヘンリーは溜め息つきたくなった。
「君達親子ってまだ歩み寄ってないんだね…。とにかく君達が早くなんとかならないとセフィア様も遠慮して話が進まないから、頑張ってくれよ。セリアは何かいろいろ抱えてるようだから、君が支えになってあげてね。僕も協力したいけど、今は兄上のかわりにセフィア様を守らないといけないから、セリアのこと頼んだよ」
「ああ、分かってる」
アレクは頷いた。
父親そっくりの二人の王子に懐かしさが湧いて、話しかけに来たカインはその会話を偶然聞いていた。
二人に気付かれずにその場を去ろうとしたカインの背中を誰かが引き止めた。
「カイン、待って!」
懐かしい声にカインの歩が止まった。
「カイン」
ローザによく似た姫が思い詰めた顔をして立っていた。
「カイン、妹のこと頼みます。そしてもし目的が果たせて、あの子が聖騎士にもなれたら、ダムシアンに来るように言って欲しいの。ヘンリーはまだあの子のこと好きなのよ。私のせいで迷惑かけてるの。だからあの子に、私のことは気にしないで、ヘンリーと一緒になって欲しいの。あなたから話してくれたら、あの子も言うことを聞いてくれると思うから…お願いできるかしら。」
「…分かった。話してみる。だけど君こそ大変だったんだろう。ダムシアンまで送ろう」
セフィアは首を振った。
「ダムシアンに来るとバロンへは遠回りになってしまう。アントリオンも大人しいから砂漠の光も私たちだけでまた手に入るわ。母上なんて父上に会うために一人で砂漠を渡ろうとしたことがあるのよ。私も母上みたいに強くなれたらいいのだけど…」
セフィアは寂しそうに言った。
「私、まだウィリアムを失ったことが信じられないの…。ジョージも守らないといけないのに。」
こんな時母のローザだったらどうするか、セフィアは会って聞きたかった。
青ざめたセフィアにカインは心配そうに尋ねた。
「大丈夫か?」
カインはセフィアを支えるように肩に手を置いた。
「ええ…早く立ち直らないとね…。カインはあの子を守ってあげてね。あの子、平気そうにしてたけど、このままだと本当に暗黒に捕われてしまう。私には分かるの。早く父上のように暗黒の力を捨てて聖騎士にならないと、あの子が危険だわ。」
「大丈夫だ。俺が付いてる」
「ありがとう。カイン」
笑い方もローザにそっくりの姫を見ていると、カインは遠い日のローザへの想いが蘇る気がした。