NOVEL(FFW)
□正義
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目が覚めるとバロンの王立学校の教室だった。もうすぐマリー聖騎士団長の講義だと思い出し、セリアは辺りを見渡した。しかしいつもの幼馴染みの王族達はどこにもいなかった。教室を出ると、マリーが歩いていた。
「マリー様」
マリーの足音だけが暗闇に響いていた。
セリアはてマリーの姿に違和感を感じた。彼女の目は布で覆われていて、両手には二本の剣を持っていた。前が見えているはずはないのに、真っ直ぐに歩いていた。
「マリー様?」
話しかけようとしたセリアを誰かが掴んで教室に引き戻した。
「あいつに話しかけるな。」
セリアは連れ戻したのは一瞬カインかと思ったが違った。相手はカインと違って緑の目と長い髪をしていた。
「ベリル…」
そこにいたのは3人の幼馴染みの王族達だった。
「あなた達何してるの…何かのゲームなの?」
赤い髪のルベリアが呆れた顔をした。
「夢の中でも寝ぼけてるの?セリア」
「夢の中?これって夢なの?」
夢にしては目の前の3人は鮮明だった。王立学校に通っていた頃の子供の姿ではなく、成長した姿をしていた。
「とにかく、マリーからできるだけ離れてここから抜け出す方法を探すぞ」
4人の中で一番高貴な血筋のアルマスが言った。
マリーの足音が近づいてきて、3人はセリアを引っ張って走り出した。
「離れるって、どういうこと?」
走りながら尋ねたセリアに、カインとよく似たベリルが答えた。
「マリーは正気じゃないようだ。攻撃された」
ベリルの左腕から血が流れていた。
「ベリル、大丈夫なの!?」
「夢の中だから目が覚めれば治っている筈だ。だが夢を現実にするクリスタルがあると聞いたことがある。もしそのクリスタルを誰かが操っているならまずい。夢で死ねば現実になってしまう。何とかしてそのクリスタルを壊さないといけないが俺たちは現実の世界では居眠り中だ」
セリアはさっきまでカイン達と一緒にいて、バロンの国境に入ってから眠りに落ちてしまったことを思い出した。
「私達、夢の中にいるの?これは魔法なの?」
「多分魔法でマリーの夢の中に引き込まれている。マリーの夢だから、俺達は魔法も使えないし、武器も持っていない。逃げるしかできないでいる」
セリアも暗黒の鎧を身に付けていないし、カインから貰ったクリスタルも身に付けていなかった。セリアはなぜ自分達がここに呼ばれたのか理由を考えた。
「お前、カインさんに会えたんだろ?せっかくバロンの外に逃げられたのに戻ってくるなんて運が悪いな。国境の外にいればこんな魔法にかからなかったのに」
ベリルはカインの親族で、カインに頼まれてバロンではセリアを見張っていたのだ。
「ベリル、私が死んでなくて国外にいたことも知っているのね」
「そのことだが」
ベリルはおもむろに言い出した。
「お前に謝らないといけないことがある。お前に暗黒の鎧をつけたのは俺なんだ」
セリアは思わずベリルを振り返った。
「今なんて言った?」
「まさかお前に暗黒の鎧が適合するとは思わなかったんだ。もう一人の男の方が重態で、そいつを救護班に運ぶ間のカモフラージュでお前に鎧を着けたんだが、戻ってきたらお前は死んだことになっていて、流刑地送りになっていた」
セリアは助けてくれたベリルに対し複雑な気持ちだった。
「国内には俺達王族をよく思わない奴等もいるから誰かが仕組んだんだろう。バロンは安全な場所じゃないからそのまま離れておけば良かったのに、なぜ戻ってきたんだ?」
ベリルがセリアに問いかけた。
「セレストを助けたくて。彼は生きてるのね?」
「多分な。だが救護班に預けた後はあいつは行方知れずで調査中だ」
「行方知れず…」
セリアはセレストに無事でいてほしいと思った。
「私、暗黒の鎧が適合するなんて、やはり生まれつき負の力を持っているのかもしれない…」
セリアは呟いた。
「生まれつきはないんじゃないのか。ゼロムスの子供でもない限り遺伝なんてあり得ないだろ。以前どこかで負の力を浴びた覚えはないのか?」
「思い出せないけど…」
セリアは子供の頃の記憶を思い出そうとしたが、どうしてもあいまいになってしまう部分があった。その隣からルベリアが話しかけた。
「あなたあのエブラーナの召喚士と一緒にいるんでしょ。あの女と召喚したゼロムスを探すつもりなの?自分だって大変なのに何で助けるの?放っておけばいいのに」
ルベリアはエブラーナのクオレのことを言っていた。
「そこまで知ってるの?あなた達」
「機密兵は情報網が広いんだよ」
ベリルが言った。
「私はただ、あんなか弱い子が一人でゼロムスに立ち向かうなんてそのままにしておけなくて…」
「か弱い女は幻獣神を召喚できたりしないわよ。エブラーナには2人も上級召喚士がいるのよ。ゼロムスのことなんてエブラーナに任せておけばいいのよ。幼馴染みとして忠告するけど、あまり首を突っ込まない方がいいわよ。あの女だってあなたを利用する魂胆があるのかもしれないわよ」
ルベリアがセリアに捲し立てた。
「そこまで疑うの?ルベリア」
「敵国の人間なんて信用しては駄目よ。ただでさえあなたは鈍いんだから」
「危ない!避けろ、お前達!」
アルマスが叫ぶと同時に剣が空を裂く音がした。
ルベリアが悲鳴をあげて倒れた。
「大丈夫か!?」
ベリルがルベリアを助け起こした。
「あいつ、剣を投げてきたのね…私としたことが」
ルベリアは負傷した足を押さえて座った。
「仕方ないな。俺が抱えてやろう」
「いいわよ。あなたも腕に怪我してるじゃない。これくらい我慢して走れるわよ」
起きようとして顔をしかめたルベリアの側で、アルマスが膝をついた。
「では、俺が抱えよう。それなら問題あるまい」
アルマスがルベリアを抱えあげたので、他の3人は言葉を失った。
子供の頃から気位の高かったアルマスが、人助けするなど考えられなかったのだ。内戦でいろいろあって、性格も変わったんだろうなとセリアは感心した。
「アルマス、性格丸くなったんだね」
「こんな時に何を言っている」
「す、すみません。アルマス様自らこんなこと…」
ルベリアはしおらしくなっていた。
マリーが投げた剣を拾い上げて、セリアはその重さによろめいた。
マリーがこんな重いものを二つも持っていたのかとセリアは恐れを感じたが、自分の力が下がっているだけだと気づいた。
以前暗黒の力に頼っていてはいけないと忠告されたが、今の状況で初めてそれを痛感した。暗黒の力がなくても戦えるよう自分自身の能力を上げなければならなかった。
近付く足音がして4人は身構えた。
「マリーの足音ではない」
アルマスが小さな声で呟くと、暗がりから白い法衣の青年が姿を現した。
「あ…」
「あなたは、あの時の…」
現れたのは、セレストと2人で祭りの日に出会った司祭だった。
司祭の青年はセリアと同じ銀髪と紫の目をしていた。
「大丈夫、敵じゃないよ」
セリアは王族の3人にそう言うと、青年に今の状況を説明した。
「私はリシアと言います。月の女神の教会で働いています。あなた方は王族だったのですね。良ければ怪我の手当てをしましょう」
リシアは怪我をしたベリルとルベリアに応急処置をして布でカバーした。
セリアはリシアに会ったことがあり信用していたが、他の3人は疑っていた。
「私も急に眠気がして気がつくとここにいました。さっき聖騎士団長のマリー様とすれ違いました。軍役についていた時にお会いしたことがあります」
「あなたは軍人だったのですか?」
リシアは頷いた。
「司祭になる前はそうでした。マリー様は話しかけても私のことはまるで気づいていないかのようでした。契約に背くものは断罪するとか呟いていました」
セリア達は顔色を変えた。王族達4人はバロンに反意を持たないよう契約の魔法に縛られていたのだ。
「やはりバロンに背いたと見なされたから俺達に魔法が発動したのか」
アルマスが呟いた。
「俺達は王族の復権を望んでいるからその活動が不利益と見なされたのかもな。もしくは…」
「私を助けたりしたから…?」
ベリルの言葉をセリアが続けた。
3人の王族は押し黙った。ルベリアが暫くしてセリアに話した。
「上層部には私達王族を実験体としか思っていない奴等もいるから、きっとこれも魔法の実験よ」
「とにかく、俺がマリーの気を引くから、そのすきにセリアはマリーの武器を奪え。抵抗してやむおえなければ殺すしか…」
ベリルの言葉にリシアが驚いた。
「殺すだなんてそんなこと…」
「そうよ…それにマリー様の夢の中なのに…」
話しているセリアの頭上で翼の羽ばたく音がした。
剣が上から振ってきてセリアは咄嗟に持っている剣で受け止めた。
翼の生えたマリーがいつの間にか側に来ていたのだ。
「マリー様!お止めください!」
セリアは剣ごと地面に振り払われた。
マリーはその上からセリアを踏みつけた。
「悪魔め…」
「マ、マリー様…?」
「私は正義だ。暗黒の悪魔は…断罪しなければならい」
操られているマリーはセリアの頭上に剣を振り下ろした。
「止めてください!マリー様!」
リシアが拾った剣でマリーの剣を止めていた。
「何故邪魔をする…お前は…招かれざる…」
リシアはマリーと剣を交わし合った。
「セリアさん、逃げてください!」
マリーの足元からかろうじて逃げたセリアは、マリーと互角に剣を交えるリシアに驚愕した。
「何してるのセリア!逃げるのよ」
ルベリアが叫んだが、次第に劣勢になるリシアをセリアは置いていけなかった。
「助けない…と」
セリアはよろめいて立ち上がった。
マリーはリシアの剣を払い落とすと、リシアを壁に押し付けた。
「マリー様!」
「何故邪魔をする。お前は聖なるものなのに…」
マリーはリシアに剣を向けた。その場にいた者達は息を飲んだ。
悲鳴を上げたのはマリーの方だった。
「セリアさん!?」
剣を拾ったセリアがマリーの片翼を切り落としていた。
「貴様…」
セリアはマリーが思わず落とした剣を拾い、もう片方の翼も壁に向かって刺した。
「あ、あいつ一体…」
様子のおかしいセリアに、3人の王族は近付けなかった。
「お前は私の大切な人達を傷付けた…」
リシアはそう呟くセリアに恐怖を感じた。
「私はお前が…お前達が憎い」
セリアの瞳に別人のような暗い影が宿っていた。
動けないマリーにセリアは剣を向けた。
「正義の私が…お前ごときに…!」
叫ぶマリーにセリアは剣を振り上げた。
「待ってください、セリアさん!その人を殺してはいけない!」
リシアがセリアの後ろからその手を止めた。
「放して…」
「その人は操られているだけです。どんな理由があっても人を殺してはいけない!あなが罪を負ってはいけない!」
リシアの手から暖かい温もりがセリアに伝わった。
セリアの手が一瞬止まったが、リシアの手を振りほどいて、マリーに振り下ろした。
「セリアさん!」
「マリー様、正気に戻って下さい!」
セリアはマリーの目隠しを切り落とした。
リシアとセリアは、マリーの瞳に映る人影を捕えた。それと同時に2人は魔力が高まるのを感じた。
クリスタルはリシアとセリアを写すと、破裂音と共に粉々に砕け散った。
ミシディアから来た黒魔導師の青年は、手のひらの上のクリスタルが砕ける瞬間にかろうじて顔を背けていた。それでも破片は頬を傷付けていた。
ダイヤモンドのように美しかった魔法の結晶は、砂のように青年の手からこぼれた。夢を現実にする希少なクリスタルだったが、その魔力は尽きていた。
「他人の意識の中でまで魔力を使えるなんて…興味深い。2人の絆か、月の民の魔力か?それとも…」
いずれにしてもマリーは使い物にならなくなった。更に強い契約の番人が必要だった。
「王族どもは一掃できるかと思ったが…悪運強い奴等だ…あの男が呼ばれて来るとは」
青年はクリスタルの破片を振り払った。
辺りが暗闇になったのでセリアは後ろを振り返った。
「リシア…」
そこには誰もいなかった。
「皆どこに行ったの」
セリアは倒れて目を閉じた。
リシアに止められなかったらセリアはマリーをどうしていたか分からなかった。そう思うとこのまま現実に戻るのが恐ろしかった。
暗闇で動けなくなったセリアの手を誰かが握った。
「カ…」
目を開けたセリアの側で、薔薇の花のように美しい女が微笑んでいた。
「気がついた?セリア。大丈夫?」
クオレが心配そうに腕の中にセリアに話しかけた。
「セリア…もう大丈夫よ」
セリアは現実の世界の光が眩しくて瞬きした。
「母上…」
ローザがセリアの手を握って微笑んでいた。
その美しい指には、青いクリスタルの指輪が煌めいていた。