NOVEL(FFW)

□月の女神
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セリアは流刑地から闘技場送りになり、勝ち続ければいずれ任務で赴いたカインと会えるだろうと思っていた。直接戦うことになるとは思ってもみなかった。暗黒の力を身に付けた今なら互角に戦えるかもしれないと思い、試してみたい気持ちはあった。しかし実際相対すると歯が立たなかった。 カインの攻撃を受けて遂に倒れた後、気がつくと泉の側にいた。打った頭を押さえながらセリアは起き上がった。

「ここは一体…」

気を失って夢でも見ているのかと思ったが、泉の光景には見覚えがあった。

「誰かがあなたの無事を祈っています」

白いヴェールを纏った女が側に来て言った。

「あなたは…誰?」

女はヴェールを上げた。若い女のようだったが、瞳は悠久の時を感じさせる深遠な光があった。

「私はこの世界では月の女神か、泉の妖精と呼ばれている。…誰かが祈って私をあなたのもとに呼びました。その者に感謝しなさい。私ならあなたを助けることができる」

女はそう言ってから悲しそうな顔をした。

「あなたが暗黒の姿でいるのは私には悲しいことです。あなた自身がその姿を変えようとしない限りはあなたは捕らえたままになる。セシル王のようにその力を捨てる選択をしなければいけません」

「力を捨てる?」

セリアは聞き返した。
暗黒の鎧を得てからずっと、もとの持ち主のセレストに守られて戦っている気がしていた。その力を捨てるなんて思いもよらなかった。

「この力は特別なものです。他の者は分かりませんが…、私なら操れる。非力な私でも大きな力を得られるのに、捨てなければならないのですか…?」

「自分のものではない大きな力だから代償も大きいのです。いずれ知ることになった時にはもう遅い。今はまだその試練の山のクリスタルが守ってくれていますが、既にあなたの心は蝕まれ始めている。」

セリアは首にかけたクリスタルに触った。力では劣る自分が生き延びるためには、暗黒の力は必要だとセリアは思っていた。それまで聖騎士を目指していたことが意味がなかったのではないかと思えるほど、暗黒の力はセリアに馴染んだ。いつしかこの力を操ることが楽しくすらなっていた。そのような考え方が危険なのだろうかとセリアは戸惑った。

「あなたはいずれまた私と会うでしょう。それまで無事でいてください。あなたは一人で戦っているわけではない。いつも側にはいられないけれど…私もあなたの幸せを願っています。」

女はセリアの傷を回復させた。

「あなたは一体…」

女が消えて、闘技場で意識が戻ったセリアはカインを場外に押し出していた。 さっきまでいた場所は、以前セレストが故郷のトロイアだと言って刺繍していた景色と同じだと思い出した。
場外から戻って来たカインがセリアに話しかけた。

「やはり君なのか。どうしてその姿をしている?何があった?セリア」

セリアはカインに助け起こされた。

「バロンでいろいろあったんです。ここにいればいつかあなたに会えると思っていた。力を貸してください。カイン」

「分かった。後でまた話そう。まずはここを出てバロンに向かわないと」

セリアはカインの姿に違和感を感じた。

「カイン、髪切ったの?」
長かった金髪がすっきり短くなっていたのでセリアは不思議に感じた。

「不自然か?」

「いえ、似合うし、ベリルと区別がつくからいいと思う。ベリルはカインとそっくりだから見分けがつかなくて…」

ベリルはカインの親族だったから、外見はよく似ていた。

「ベリルには機密兵の仕事の合間に時々君を見守ってくれるよう頼んでおいたんだが、あいつと会ったんだな」

「カインが頼んでいたんだね」

セリアはバロンにいた頃ベリルに助けられたことがあった。

「やはり君と離れるべきではなかった。これからは俺が側にいて君を助けよう。」

「ありがとう。カインが一緒にいてくれるなら心強い」

それからクオレとアレクも出会って、共にバロンを目指すことになった。

クオレはカインに会ったことを手紙に書いて、青い鳥にリディアの元へ届けさせた。 その返事があり、クオレはカインに見せた。手紙はカインに宛てたものだった。

「リディア様は何と書かれていますか?」

「お前達のことを頼むと書いてある。リディアは心配しているがお前達はいいのか?」

「はい、私達は大丈夫です。ありがとうございます。試練の山までお供します」

カインとセリアは、バロンに戻って、セレスト達のことを調べた後、 デビルロードを通って試練の山に向かうことになっていた。クオレはもともと常人よりも寿命が長いが、カインはクオレのように異星人ではない。それなのに永遠の命を持っているかのようだった。クオレがカインにその力の秘密を尋ねたら、試練の山で授かったと言っていた。試練の山は訪れる者に必要な力を授ける聖地だった。セシル王や賢者テラも聖なる力をそこで授かったそうだった。クオレもゼロムスを倒す力を得られるかもしれないと思い、2人についていくことにした。セリアも暗黒の力を捨てて聖なる力を授かるために試練の山に向かうそうだった。バロンの領土に入った頃からセリアは気分を悪くすることが多くなっていた。

「ごめんなさい。急に眠気を感じることが多くなって…どうしてしまったんだろう」

竜にもたれるセリアは顔色が悪かった。

「ずっと戦っていたから疲れが出たんだよ。急がなくていいから少しずつ進もう」

クオレがセリアに心配そうに話しかけた。

「大丈夫か?セリア」

アレクがセリアに話しかけたので、セリアはアレクの瞳を見た。

「アレクの瞳は太陽の光の下だと緑色なのね。」

暗黒騎士になってから、昼が夜のように感じられて、光の下の方が体調が悪かった。アレクの太陽に反射する緑の瞳を見て、今が昼だったとやっと思い出した。

「月の光だと青くて、火の明かりだと赤くなるよね。不思議な目だよね」

クオレも呟いた。

「セリア、聖騎士になったらエブラーナに来てみない?バロンみたいな都会ではないけど、いいところだよ。四季もあるし、自然もきれいなんだよ」

アレクも頷いて言った。

「今からの季節だと蛍が見れる」

「そうだね。2人ともありがとう」

何故かエブラーナにしきりに誘う2人を不思議に思いつつもセリアは頷いた。
竜のアルカードがセリアに顔を寄せたので、セリアはその顔を撫でた。

「アルカードの主人は何て名前だったんだろうね。私は彼の名前も知らなかった」

「アルカードの竜騎士はアゼルと言う者だ。バロンの孤児だったらしい」

カインがセリアに話しかけた。

「アゼル…そんな名前だったのね」

「バロンに着いたら君が生きていることを公にして、君にそんなことをした者を探す」

「でもカイン、私が死んだことにしていた方が動きやすいのではないかな…?」

「君が死んだことになったままだと、本当に君に何かあっても見過ごされてしまう。生きていることを公にした方がいい。それに早く聖騎士にならなければ君の体はもたない。暗黒の力は人の生命力を蝕む。」

セリアの心に陰が生じた。人が暗黒の力を操るのはやはり不可能なのだろうか。セシル王はどうやって暗黒の力を乗り越えたのだろうか。今会うことができたら聞きたかった。
護送されるときにセシル王の遺体が見つかったという話を聞いたが、本当かどうかも確かめたかった。今までもセシル王の偽物は何人か現れたことがあるから、恐らくは間違いと思うが心配だった。

「カインも暗黒の力は捨てた方がいいと思う?私は迷いがある。力はあればあるほど強みになるから。やはり光と暗黒の力って共存できないものかな」

「どちらかが強まれば必ずもう一方は弱まる。相反する力だ」

カインの言葉にセリアはため息をついた。

「そうだね」

「それに暗黒騎士の姿だと目立ちすぎてしまう。君はせっかくそんなに…」

美しいのに、と言おうと思ってカインは言葉を止めた。
セリアの紫の瞳が不思議そうにカインを見上げた。

「せっかくそんなに美人なのにもったいないよ。ね、アレク」

「そうだな。聖騎士の方がいいと思う」

言葉を詰まらせたカインの側で、クオレとアレクが先に言った。

「あ…ありがとう。2人は仲が良いのね。そう言えば私、闘技場で倒れたとき、月の女神に会った。祈りに呼び出されたと言っていた。クオレ、祈りの力でも召喚はできるの?それともクオレが魔法を使ってくれたの?」

クオレはセルジュのことを思い出した。

「セルジュっていう男の子が、セリアが勝つように祈ってくれていたのよ。その子はミシディアから来て、バロンに向かうって言っていた。」

「セルジュ…祈り…?」

セリアは唐突に頭痛がした。
祈りの力で奇跡を起こせる人間は、セリアの知る限りでは2人しかいなかった

「どんな人だった?クオレ…?」

「15、6位の男の子で金髪で青い目をしていたわ。」

セリアは全身の力が抜けていった。

「それは…弟のセルジュかもしれない…」

「セリア!?」

セリアはクオレの腕の中に倒れた。

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