NOVEL(FFW)

□祈り
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闘技場では観客の大半がカインに掛け金をつぎ込み始めた。先ほどの試合でアレクにかけていたクオレには既に持ち金はなかった。護衛の仕事をして旅費を得なければならなかったが、今はカインと暗黒騎士の試合がどうなるかに興味があって会場に残ることにした。

「ねえ君…」

隣から話しかけられてクオレは顔を向けた。外見上同い年位の少年が、いつの間にか隣に立っていた。少年の金の髪が日の光に輝いていた。

「君魔法使い?さっき魔法を使おうとしてなかった?魔法で不正するとばれたら罰金になるから気を付けた方がいいよ。俺の魔法の先生も魔法を使ったのがばれて暫く出入り禁止になってるんだよ」

「そ、そうなんだ。気を付けるわ。教えてくれてありがとう」

先ほどのアレクのために魔法を使いかけたが止めておいて良かったとクオレは思った。

「俺はセルジュって言うんだ。これからバロンに向かうつもりなんだけど。君は良くここには来てるの?」

クオレは少年をどこかで見たことがある気がしたが思い出せなかった。

「私はクオレ。エブラーナの召喚士なの。身内が試合に参加してるから来たんだけど、ここに来るのは初めてでよく分からなくって。セルジュはよく来ているの?」

「俺の魔法の先生が賭け事好きだからよく連れてこられるんだよ。その人一応ミシディアの賢者様なんだけど…面白い方なんだ。そうだ、もしこれから賭けるなら、皆カインに賭けてるけどあの暗黒騎士にかけた方がいいよ。今なら狙い目だよ。きっと暗黒騎士の方が勝つから」

少年の言う通り大半がカインに賭けている今、暗黒騎士が勝てばかなり稼げるはずだった。しかし連戦で消耗した名もない暗黒騎士よりも、諸国に名高い竜騎士カインの方が遥かに有利に見えるので、暗黒騎士に賭けるのはリスクが大きかった。

「せっかくだけど、私はさっきもう賭け金がなくなってしまったの。私もバロンに行かないといけないから旅費を真面目に稼ぐことにするわ。賭け事は向いてないみたい」

「それは大変だね。何とか力になれたらいいけど…。とりあえず俺は今から暗黒騎士に賭けてみるね。不思議なんだけど俺が祈ったらその人は絶対勝つんだよ。」

そう言うなり少年は指を組んで、青い目を閉じて祈り始めた。

壇上ではカインの猛攻に暗黒騎士は立っているのがやっとの様子だった。遂にカインが騎士の冑を槍で破壊し、騎士はそのまま地に倒れた。
会場に歓声が起こり、カインが倒れた騎士に近付いた時だった。倒れた騎士は起き上がるなり、一瞬でカインを場外に飛ばすほどの剣撃を放っていた。
静まり返る会場の中で、壇上に残った騎士が膝をついた。騎士は剣を支えに肩で息をしていた。

「ほらね。俺が祈るといつもいいことが起こるんだよ。」

セルジュはクオレを見ながら微笑んだ。

「すごい。あなたの言う通りになった。どうして…。」

クオレは呆気にとられていた。

「俺の母さんも祈るといいことが起こる人だったんだ。そうだ、随分もうかったから、クオレちゃんにあげるよ。困ってたんだろ?良かったら使いなよ」

セルジュが賭け札をクオレに渡した。

「え!そんなのいいのよ。せっかくセルジュが稼いだのに」

いきなりの申し出にクオレは驚いた。

「大丈夫だよ。俺はまた稼げばいいし。それに先生から困っている女の子には優しくするようにって教わってるから。俺は急ぐから先に行くけど、クオレちゃんがまたバロンに着いたら会おうね」

「あ、ありがとう。本当にいいの?じゃあ今度はあなたが困ったときは私が助けるわ」

「うん約束だよ」

セルジュはそう言ってその場から去っていった。
なんだかむず痒い心地がしながらクオレは手を振って見送った。
壇上では、場外から先に立ち上がったカインが、跪く騎士に近付いて何か話しかけていた。
騎士がカインの差し出した手を取って立ち上がると、長い真っ直ぐな銀髪が肩から流れ落ちた。
騎士の姿を見てクオレは自分の目を疑った。

「セシル様…!?」

騎士は昔見たバロンのセシル王にそっくりだった。
しかしセシル王だとしたら年齢が合わない。騎士はどう見てもまだ20歳前後だった。
混乱している クオレに、戻って来たアレクが追い討ちをかけた。

「クオレ、あれは王女だ!どうなってるんだ!」

「え!お、王女!?何でこんな所に!?」

言われてよく見れば、セシル王と思ったのは間違いで、髪も王より長いし、背の高いきれいな女の人だった。

「に、似てる!!それにまるで…」

親しげに話している2人はまるで…。

「これじゃいけない!アレクも早く行って挨拶しないと!とりあえず行きましょう!」

アレクは王女と気付かなかった上に試合で負けてしまっていた。このままでは王女のアレクへの好感度は絶望的だった。クオレがアレクを押して2人の元に行こうとした時だった。
会場の入り口から竜の咆哮が響いた。
一瞬で会場は静まり返った。

「た、大変です。竜が地下の警備を破って上がってきました!!反対側の出口から逃げてください!!」

警備の者の叫び声で会場は大混乱になった。
入り口では明らかに狂暴化している竜がゲートを破壊しながら入ってきた。

「クオレ、先に逃げろ!俺はあいつを押さえる!」

「一人で戦う気なのアレク!?無茶よ!!私も…」

竜は押さえようとする警備の者達を羽で吹き飛ばすと飛び上がった。

「あ、熱い…まさか!?」

クオレは竜が炎の息吹を溜めるのを感じた。
竜はクオレ達のいる方向に火を吐いた。
思わず頭を屈めた2人の目の前で、炎は氷の破片になって2人に降り注いだ。

「な、何で!?」

何が何だか分からないクオレの側にカインが降り立った。

「大丈夫か?お前達?」

2人の前に飛び込んだカインが、白い牙を放っていた。

「は、はいカイン様!!私達エブラーナのアレクとクオレです。リディア王妃とエドワード王の子供です。覚えてますか!?」

クオレは思わず叫んでいた。

「あの2人の?お前達がか。そういえば似ているな」

竜は壇上の王女の前に地響きを立てて降り立つと、牙を出した顔を近づけた。

「セリアが危ない!」

壇上に向かおうとしたアレクの肩をカインが止めた。

「大丈夫だ。心配するな」

カインが言った通り、竜は大人しく王女の臭いを嗅いで、足許をくるりと回った。王女はその顔を撫でると頬を寄せて呟いた。

「アルカード…お前は保護区にいたはずなのに、密猟されたのね。」

アルカードはセリアが幽閉されていた塔から逃げるときに出会った竜騎士の竜だった。

会場を後にしようとしていた支配人に気付いたカインは、その後ろに飛んで追い付いた。
支配人は恐る恐る後ろを向いた。

「こ、これは何のことだか私には…」

「お前とはゆっくり話す必要がありそうだな」

カインは笑顔で支配人の肩に手を乗せた。

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